(ん?)
ふと視線を感じた。
突き刺さるような強い視線じゃない。遠くにいる人がよこしてくるような弱いもので、そこに込められた感情まで察することはできなかったが、確かに誰かが俺達を見ていたんだ。
(誰?)
部屋の中を見渡した。
部屋にいるのは俺とイチルと雛だけで、窓の外やドア向こうに人がいる気配もない。
『あれ?』
「…タク?」
だが、目を引きつけるものがあった。
壁にかかった一枚の絵画だった。こんな安宿にかかっているくらいだから貴重な絵じゃないことは一目瞭然で、どこにでもあるような絵。だが、安い割には悪くない絵だと思う。
夜の静かな森を描いている。
黒に近い濃い紺色の夜闇に包まれた森は静かで、風がないのか木々は靡いていない。
だが、紺色一色ではなく、夜空高くには真ん丸な白い満月が浮かんでいる。雲はなくて星が僅かに見えた。少しだけ光沢のある葉と木の幹が月の光を白く反射し、立体感を出している。
濃い色合いの絵なのに雰囲気の暗さはなく、むしろ見ていると心が落ち着いて凪いでいく。写真のないこの世界では精密な絵だった。
だが、それはただの風景画でしかなくて、たったの一人でさえ描かれていないんだ。
『イチル、視線を感じるんだけど、』
「え?」
『…あの絵から』
「嘘だろ?風景画だぞ」
だが、間違いなく感じるんだ。
一度イチルを見た。訝しげな眼差しで絵を眺めた後、イチルは俺を見て首を傾げた。
そして、やはり気のせいとは思えない視線を感じた俺は再び絵を見た。その時、その絵には明らかな異物があった。先程まではなかったもの。
(えっ!?)
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。