イチルにプレッシャーをかけたくない。
だが、それ以上に俺は心のどこかで恐れているんだ。優しいけれど、どこか達観していて冷めてもいるイチルが、世界のために生きるのを諦めてしまうことに。自ら死を選ぶことに。
ホーリエに知られたくない。
あの時、涙まで見せて跪いた彼の誓いが本気だと知っているから。『盾となり、剣となり、あなたのために生き、死ぬ。』迷わずに言い放たれたその言葉を、彼はきっと守るだろう。
だから、
(イチルを大事に思ってはいる。…でも、それ以上にホーリエを愛してるんじゃないの?)
恋人であるオーツェルドならば。
頑なに拒絶するだろうホーリエを連れていけるのは、恐らく彼だけなんだろう。
ひどいことをしている自覚はある。無理矢理ホーリエを連れていって、適当に理由をつけてイチルを騙さなければならない。だが、悲劇を防ぐためにはどうしてもこの一歩が必要なんだ。
「それは…っ、」
…なのに、この男は隻眼にも関わらず、俺が思っているよりも多くのことが見えているらしい。
「言えねぇんだろ」
きらり、と黒曜石の瞳が煌めいた。
「氷と光の始祖に会って以来、お前の様子がおかしいんだよ。物思いに耽っているような、だが、硬直した…、焦燥と不安が混ざった表情」
「っ、」
「嫌なことを知らされたんじゃねぇの?」
それも、と言葉が一度途切れた。
「イチル関係」
きっぱりと迷いなく放たれた言葉は、とっくに確信が持たれたものだった。出任せや鎌をかけるためのものではなく、思わず肩を揺らした俺にオーツェルドは驚愕の表情も見せずに静かに呟いた。
「やっぱりな」
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。