だが、僅かに目を細めて眩しそうにその光景を見ることはあっても、あと一歩で鍛錬場に踏み入れることはなくて、イチルは立ち尽くした。
(…イチル?)
イチルが目を伏せる。
ポケットに入っていた俺の位置からは、その目元に影が差したように見えた。だが、それは本当に一瞬のことで、見間違いだったと思うほどすぐにいつもの無愛想な顔に戻った。
出入り口に王子様が立っていれば人目が集まるわけで、ざわめきが広がっていけば奥から一人の男が出てきた。
焦がしたブラウンの髪を後ろに撫でつけ、剣士にふさわしい鋭い眼光をしていた男は、イチルの姿を確認すると鳶色の目を限界まで見開いた後、早足で近付いて来て地面に片膝を着いた。
その男は他の奴らと同じような漆黒の軍服をしていたが、襟元に燃えるようなルビーの飾りがあった。多分、この人が団長だと思う。
「いかがなさいましたか、イチル様」
男らしくて低い声。威圧感があったものの、そこに敵意は見当たらなくて優しい響きをしていた。
その声に我に返ったように、周りにいた若い騎士達も次々と膝を折っていく。片膝を着き、右手を心臓の上に当てながら頭を下げる姿勢に、イチルの指が小さく震えたのを感じた。
「用はない。見に来ただけだ」
「見に、でございますか」
「俺に構うな。続けろ」
「…仰せの通りに」
その騎士が立ち上がる。間近で見た男はイチルより頭一つくらい高い身長をしていた。
男の後ろから蹄の音がした。同時にひょこっと姿を現した生き物は輝く純白の立派な馬だったが、背中には普通の馬が持つ筈もない一対の翼があった。
今は折りたたまれているが、力強く羽ばたけば空を翔けることだって容易だろう。
(…ペガサス…!!)
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。