「元あった場所に返してきなさい」
イチルが俺を宿屋に連れて入った途端、ホーリエの容赦のない一言が飛んだ。
部屋に入った瞬間に、マーメイドは俺だと気付いて目を丸める。だが、他の人に気付かれないように唇に人差し指を当てると、頷いてくれた。
オーツェルドは口を半開きにして俺に釘付けになっていて、それを見たホーリエの機嫌がスカイダイビング並に急降下していく。当たりの空気が凍りはじめた。ちょっと寒い。
イチルは苦笑いで、その表情すら今の俺に向けるものよりずっと優しい。
「どうせどっかでコロッと絆されて連れ帰って来たんでしょ?うちでは面倒見られないから」
犬猫のような扱いだ。
…そういえば、俺が小学生だった頃、弟が産まれる直前、捨てられた仔犬を屋敷に連れて帰ったことがあった。両親に許可を取るのが怖くて、広い庭の隅でこっそり餌をやっていたんだ。
そのうち父さんにバレて、だが、呆れた後に一緒になって仔犬を隠してくれた。二週間してようやく仔犬に気付いた母さんの前で、まるで共犯者のように二人で言い訳をして仔犬を庇ったんだっけ。
結局、母さんが折れて、仔犬は飼うことになった。
今思えば、赤ちゃんが産まれる直前に犬を飼ったなんて、両親は随分と妥協したものだ。
いや、そんな過去の話は今思い出すべきじゃない。今はこの嘘を信じさせるんだ。
「俺は別に同行しなくたっていいんだよ?俺の情報にこの場でお金さえくれれば」
「…情報?」
「初めまして、俺は情報屋をやってるの」
不信感を明らかにした表情を気にもせず、部屋の中央へと歩いていく。余裕があると見えるように意識して微笑めば、不信感が警戒へと変わった。
「聖剣の情報を金貨一袋でどう?」
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。