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相合傘
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イギリスに来て約半年。
新しい生活にも仕事にもだいぶ慣れてきた。

毎日のように降る雨には参ってしまうけれど、魔法を使えば毎日違った柄の傘をさせると思えばそれも帳消しだ。
新品の傘を買って、早く雨が振らないかなとワクワクするあの気持ちがしょっちゅう味わえるなんて、やっぱり魔法は最高だ。

変身術万歳。
マクゴナガル先生万歳。


『ねえねえ、リーマスの傘にも――って、リーマスは傘使わないんだっけ』
「そうだね。持っていないかな」
『やっぱりかー』


魔法使いは傘をささない人が多い。
ローブにフードがついているため、防水呪文をかければそれで済んでしまうのだ。
さすのは基本的にお偉いさんや子どもで、杖を使う頻度が高い大人は手が塞がるのを嫌がるらしい。
リーマスのようにとっさに杖を抜く必要が出てくる仕事に就く者なら、なおさらだろう。


「レナは好きだよね、傘」
『あ、いま子どもっぽいって思ったでしょ』
「思ってないよ」
『嘘だー。ニヤニヤしてるもん』


魔法界で売っている傘のほとんどが大きくて黒いものだとレナは知っている。
ピンクのストライプとか、ネイビーに白の水玉の傘をさすなんて稀なのだ。
職場でも驚かれるし、1度リーマスの前で折り畳み傘を取り出したら「おもちゃみたいだね」と笑われたことがある。

さっきだって、控えめなフリルをつけることに成功した傘を見せびらしたレナにかけられた言葉は「上手だね」だった。
親が子どものお絵かきに対して言うようなセリフだ。
近くにいたらきっと頭をなでられていただろう。


「ああそういえば、マダム・ロスメルタから手紙を預かってきたんだった」
『はいはぐらかしたー』


いつもそうだ。
リーマスは分が悪くなるとすぐに話題を変える。
好きなだけレナでからかって遊んで、1人で楽しんで、満足したら素知らぬ顔で次に移るんだから本当に性質が悪い。
悔しいことに、レナはいつだってそれに乗ってしまうのだけれど。


『って今ロスメルタさんって言った!?』
「たまたま三本の箒に行く用事があってね。レナのことを話したら怒っていたよ。どうして挨拶に来ないんだって」
『嘘どうしよう!』


大変だ。
そのうち行くつもりでいたなんて言い訳にならない。
あんなにお世話になったのに、今の今まで顔を出していなかっただなんて。

というかリーマスってばいつの間に三本の箒に行ったの。
言ってくれれば私も一緒に行ったのに。
いや違う。これはレナ自身の意志で行くべきだったものだ。


「ははっ、冗談だよ」


ひと通り反応を楽しんでから、内ポケットから封筒が取り出される。
誰もが憧れる大人の女性からの手紙は、ほんのりいい香りがした。


「マダムはなんだって?」
『わっ』


手紙に夢中になっているうちに、いつの間にかリーマスが背後に移動していた。
覗き見なんて趣味が悪い。
というか背中にぴったりくっつき、脇から腕を回して一緒に手紙を掴むというその堂々とした覗き方はどうなんだ。
抱きしめられているようで心臓に悪い。


「怒ってはいないみたいだね」
『当然でしょっ』
「行っておいでよ」
『うん。来週行ってくる』
「来週?ずいぶんと急だね」
『だって早く会いたいじゃん』


成長したレナを見て、ロスメルタは何て言うだろうか。
マダムの指導に恥じない大人の女性になれているだろうか。
なんてことを考えていたら、急に緊張してきた。


『あ。服どうしよう!』
「たくさん持っているじゃないか」
『その中から何を着ようって話』
「どれを着てもレナはかわいいよ」
『そういうことじゃなくて!』

(というかなんでキス!)


ちゅっ、と音がした側頭部から顔に一瞬で熱が広がり、レナは逃げるようにクローゼットへ向かった。

イギリス人にとってはさらりと褒めながら頭にキスするなんて普通のことなのかもしれないけど、レナは日本人で、相手はR.J.ルーピンなのだ。
あのパーソナルスペースをガチガチに固めていたリーマスがと考えるとドキドキが止まらない。

笑いをかみ殺したような声が聞こえてきているあたり、全部わかった上でやっていそうだ。
そう考えると平常運転。
いや、からかいのレベルがだいぶグレードアップしている。

冷静さを取り戻すために服をいくつか引っ張り出し、あーでもないこーでもないとやっている間も、リーマスはずっと背後から見ていた。


「まるでデートに行くみたいだね」
『デートより重要よ』


女性の目は厳しいのだ。
ましてやロスメルタはレナがかつて無理を言って“大人の女性とは何たるか”を請うた相手。
何を来てもかわいいよと言ってくれるリーマスとは違う。


『ねえ、どっちがいいと思う?』
「どちらでも同じだよ」
『全然違うよ!こっちは知的路線で、こっちはセクシー路線だもん』
「どちらを着ても中身は同じレナじゃないか」
『だからこそ外見で――』
「そんなに服装が大事かい?」
『そりゃ……あ、あれ?なんかちょっと怒ってる?』
「そんなことないよ。そうだな、これなんかがいいんじゃないかな。一人前になったことを示すにはもってこいだ」


はい決まり、と押し付けられたのは仕事で来ているスーツ。
わざわざ2着を示してどちらがいいか聞いたのに、なぜクローゼットの中から勝手に取るのだ。
しかも1番地味なやつを。


「せっかくだから私も一緒に行こうかな」
『え、どこに』
「三本の箒」
『なんで!?』
「付き添いだよ。姿くらましのね。出来れば楽だろう?」


まずい。
意地悪スイッチを入れてしまった。
二の句が継げないレナを見て、楽しそうに笑っている。

これはあれだ。
いつぞやの誕生日の再来だ。

* * *



レナのファッションショーが始まってかれこれ1時間。
最初のうちははしゃぐ姿をほほえましく思っていたのが、次第におもしろくなくなってきた。

久しぶりに会えたのにほったらかしにされた挙句、デートよりも重要だと熱弁されたんだから仕方ない。
少しくらいの意地悪は許されるだろう……とスーツを提案してみたわけなのだが。


(まさか本当に着るとは思わなかったな)


翌週、三本の箒を訪れたリーマスは、スーツ姿でバタービールを飲むレナを見て苦笑いした。
大人の色気も何もあったものではない。

しかし相手は酔っ払い。
あんなに隙のない格好をしているというのに、絡んでくる輩が絶えない。
レナはもう店員ではないのに常連たち呼ばれ、テーブルをまわり、愛想を振りまいている。

リーマスはいつかのように1人でカウンターに座り、その様子を見守った。
歓迎会がどうの、クリスマスにどうのと盛り上がる客たちの声がずいぶん遠くに聞こえる。


「いいんですの?」
「いいよ。私が出て行って水を差したら悪い」


ここまでついてきておいてと笑われそうだが、自分がそこまで小さな男だとは思いたくない。
しかしロスメルタは全てお見通しのようで、バタービール片手にリーマスの隣に座った。


「あの服、あなたのチョイスなんですって?」
「そうなんだ。だから評価はお手柔らかに頼むよ」
「もちろんですわ。彼氏の気持ちを1番に汲んだんですもの。満点ですわね」
「ああ……そういうことなら、私は0点だ」


つまらない嫉妬でレナの楽しみを奪ってしまった。
ロスメルタの言うとおり、リーマスの冗談を間に受けたというよりは、“大人の女性”とやらの格好でパブに来ることを心配したリーマスの気持ちを察してのスーツなのだろう。


「クリスマスパーティに行きたいと言ったら、そのときは真面目に似合うものを選んで送り出すことにするよ」
「あら、一緒に来ないんですの?」
「私が隣に並ぶことを好ましく思わない者は多いだろうからね」
「レナはどう思うかしらね?」
「レナだって同じだ。こんな場にスーツを勧める男なんて――」
「そうですわね。せっかく三本の箒に来たのにこれじゃお腹一杯食べられないって嘆いていましたわ」
「はは、色気より食い気か」
「あの子はそういう子だってわかっているはずよ」


ロスメルタは叱るような声で言い、ウインクと共にメニュー表を渡した。


「端から端まで頼むか、あの子を喜ばせたら、あなたにも満点を上げますわ」
「はは、ずいぶんとスパルタな先生だ」


降参だと手を上げ、席を立つ。


「レナ」


呼べばすぐに飛んできて、助かったというような顔で横に座る。
たったそれだけのことで、ひどくほっとする。

多くの目がレナを追い、リーマスを恨めし気に見てくるが、悪い気はしない。
あのときと今は違う。
自分にはもう職があり、堂々と嫉妬をすることが許される関係にもなった。


「雨も強くなってきたし、そろそろ帰ろうか」


送るよという意味だが、わざわざ別の意味にもとれるように言い、傘を持ってドアを開ける。
引き止める声がいくつもあがったが、レナは迷うことなく『また来ます!』と手を振った。


『貸してリーマス、傘は私が持つよ』
「レナがさしたんじゃ、私の頭まで届かないだろう?」
『そのくらい届きますー』
「それじゃ入れてもらおうかな」


傘を渡し、代わりに背中に腕を回せば、からかいの口笛や、落胆のような声、黄色い悲鳴が聞こえてくる。
その全てが今は心地いい。


「じゃあまた」


ロスメルタに軽く会釈をすると、肩を竦められた。
どうやら満点には程遠いらしい。
さてどうしたものか。

ロスメルタが求める回答はわかっているが、すぐに出したのではおもしろくない。
なんて思っていたのだが。


『あのね、クリスマスにみんながパーティを開いてくれるって』
「そっか。よかったね」
『リーマスはクリスマスも仕事?』
「どうして?」
『リーマスと一緒に過ごしたいからに決まってるでしょ』


拗ね気味に言われたら、点数なんてどうでもよくなった。


「仕事があっても会いに行くよ」
『えっ、無理しなくていいよ』
「私がそうしたいからするんだ」


だからパーティには行かないで欲しいなんて。
結局わがままを言って、その返事に喜ばされるのはリーマスのほうだった。

Fin.
ヒーロー→


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