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ヒーローの宿命
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雪解けの湿った季節が終わり、夏を待つ爽やかな陽気が続いていた。
5月の始めが終戦記念日だということで、毎日その当時の話が耳に入ってくる。
明るい話題も、暗い話題もあった。

“不死鳥の騎士団”という組織名が直接出ることはないが、闇払いとは別に、闇の魔法使いと戦っていた人達がいたことはみんな知っていた。
新聞や人伝いに話を聞くたびに、一緒にいた人達がいかに勇敢で優秀で、死と隣り合わせの仕事をしていたのか、改めて思い知った。

レナが戻ってからたった1年。
決着がつくまでに、たくさんの騎士団員が亡くなっていた。
とりわけフレッドのことはショックだった。
学生が多数犠牲になったという話も胸が痛む。
リーマスが無事だったことが奇跡のように思えた。


「あれってルーピンじゃない?狼人間の」


リーマスのことを考えながら歩いていたら、どこからかその名前が聞こえてきた。
即座に反応したレナは、いやいやまさかと首を振った。
自分が今いる場所は、勤め先のエントランスホールだ。
リーマスがいるわけがない。
それでも気になって周囲を見回すと、壁に肩を預けるようにし寄りかかっている長身の男性の姿があった。


『リーマス!』


レナはすぐに駆け寄った。
白髪混じりの髭の下に緩やかに弧が描かれ、目尻にしわができる。
レナが好きな、柔和な笑顔だ。


『どうしたの?仕事……ではないよね?』
「早く終わったから一緒に帰ろうと思って来てみたんだ」
『うそっ。いつから待ってるの?言ってくれればよかったのに!』
「教えたら驚いてくれないじゃないか。もう終わりかな?」
『えっと、まだ片付けが残ってるから……あと20分くらいかかっちゃいそう』
「いいよ。待ってるよ」
『急ぐね!』


走って自分のフロアに戻ったところで、周囲の視線が自分に向いていることに気づいた。
彼氏を会社に連れ込むなんて!と怒られると思ったが、そうではなかった。
彼らの関心は、突然現れた魔法省の有名人にあった。


「どこで知り合ったの?レナってこっちに来てまだ1年も経ってないでしょ?」
『昔、ちょっと、お世話になったことがあって……』
「へー!すごい!」
「え?何?サクラってルーピンと知り合いなの?」
「ルーピンってあれだよね?人狼なのにマーリン勲章もらった人」


最初に話しかけてきたのが声の大きな魔女だったため、フロア内がリーマスの話題一色になった。
それぞれが近場の人と、リーマスについて噂話をしている。

レナはさっさと切り上げて逃げようと思ったが、帰り支度を整えたところで「で?なんでそんな人がこんな場所にいるの?」という話になった。
注目が集まり、ごまかせないと思ったレナは、ぼそぼそと恋人なのだと告げた。

「えええっ」という大合唱が起こった。
「なんで?」「うそでしょ?」という追撃から逃れるために、レナは『おつかれさまでした!』と叫んでフロアから飛び出した。


(やっぱり恋人には見えないかー)


レナの知らないうちに、リーマスはイギリス中の魔法使いが知る英傑の一角になっていた。
人並みに魔法が使えるようになった程度では、釣り合いっこなかった。
レナは途中でトイレに寄り、できる限り身なりを整えてからエントランスホールに出た。


『お待たせ』


精一杯大人っぽい表情と動作でリーマスの元に向かったが、努力は一瞬にして露と消えた。
「おつかれさま」と言ったリーマスが、おもむろに額にキスをしてきたことで、レナの平常心はどこかに吹っ飛んだ。

額を手で押さえて数歩後ずさり、左右を見る。
見られてる、と思ったら、顔から火が出そうなほど熱くなった。


「どうしたの?忘れ物?」
『違っ、い、いま、キキキ、キス――っ』
「うん。ダメだったかな?」
『だって、ここ、会社っ』
「……ああ、知られたくないか。ごめん」


リーマスが眉を下げた。
きっと違うことを考えているんだろうなと思った。
案の定リーマスは「私のような者が恋人では……」と小さな声で自虐を始めた。


『違うから。もしそうだったら、最初に帰してるから』
「そう?それじゃ、周囲の目を気にしなくてもいいよね」


コロッと一瞬で笑顔に戻ったリーマスが、レナを引き寄せて再びキスをする。


(やられた!)


レナはまんまとリーマスの作戦にはまってしまったことを悟った。
おっとりした笑顔を湛えているというのに、レナをつかんでいる手の力は馬鹿みたいに強い。


「そんなに見られたくないの?」
『だって恥ずかしいじゃん!からかわれるじゃん!』
「え?嫌なの?レナが?」
『からかわれるのが好きだなんて言った覚えないからね!?』
「そうだっけ?……でもそうだな、やめておこうか。レナで遊んでいいのは私だけだ」
『遊ぶって言った!』

(だからわざわざ目立つ場所にいたの!?)


権力を持ったからってやりたいほうだいになって――と思ったが、思い返してみれば、昔からリーマスはこうだった。
レナが三本の箒でバイトをしていたときも、誕生日プレゼントだとかいうわけのわからない理由で店にやってきて、レナが焦っているのを見て楽しんで帰っていったのだ。
それを考えたら、エントランスホールで留まっていてくれてよかったと思うべきなのかもしれない。


「レナ、聞いてる?」
『え?あ、ごめん、何?』
「今日、レナの家に行ってもいい?」
『いいけど、ご飯の材料がないから途中で買わないと』
「あるものでいいよ」
『せっかくならおいしいもの作りたいじゃん』
「レナが作るものならなんでもおいしいよ」
『そんなこと言ってもさすがにパンとスープだけじゃ――』

(――って、まだここ会社だった!)

『と、とりあえず外に出よ!』


赤いんだか青いんだかわからない顔でリーマスの手を引いて通りに出ると、「手と足が一緒に出てるよ」と笑われた。

* * *



レナの家はロンドンのマグル街にあった。
リーマスの家よりもさらに狭いリビングには備え付けのモダンな家具があったが、レナはこっそり魔法界仕様のランプや暖炉に変えていた。


「レナ、おいで」


ブラック邸にあったものをイメージしたソファに呼ばれ、レナは洗い物を魔法に任せてリーマスの隣に座った。
自然な流れで腰に手を回され、髪にキスをされるのは、何年経っても慣れる気がしない。


「仕事場に行ったこと、怒ってる?」
『ちょっとね。リーマスってば有名人なんだから、めっちゃ注目されたじゃん』
「何か言われたかい?」
『言われる前に逃げてきた!』


だから明日が怖い。
そう言うと、リーマスは申し訳なさそうに眉を下げた。


「もうしないよ」
『もう遅いよ。恋人だって言っちゃったもん』
「はは……悪かったよ」
『そうやってしょんぼりすれば許されると思ってー』
「ん、バレたか」


リーマスは笑い、むくれているレナの頬をマッサージするように撫でたりつまんだりした。
伸びるからやめてくれと訴えると、「じゃあ許して」と言ってくる。

どう考えても許しを請う態度じゃない。
しかし、顔を固定された状態で鼻や瞼にキスをされ始めたら、許すしかなかった。
半ば強引に許しを得たリーマスは、「よかった」と微笑んで最後に唇を重ねた。


『……何かあったの?』


赤くなった頬をさすりながらレナが問いかけた。
リーマスは不思議そうな顔をした。


「そう見えるかい?」
『リーマスが甘えてくるときって、だいたいそうだもん』
「理由なく甘えちゃいけないのかな?」
『そういうわけじゃないけど……』
「私としては、こちらから甘えなくてもいいくらい、レナに甘えてほしいところだな」


ニコニコ顔で言われ、何も言えなくなる。
都合が悪いことをはぐらかすくせは、今でも変わっていない。
おかげで付き合っているというのに、対等な関係には程遠い。
別々の家にいるから、以前よりも距離が遠く感じることさえある。

迎えに来るほど会いたいと思ってくれるなら、もう少し頼ってくれてもいいのに、リーマスの心のパーソナルスペースは今でも広い。


『私をからかうことで気がまぎれるなら、それでも別にいいんだけど』
「んー、私の仕事の失敗談を聞いたところで、レナは楽しくないだろう?」
『えっと、からかわれても楽しくないからね?』


楽しいのはリーマスだけだ。
話を聞くだけの方が、体力を使わないぶん楽に違いない。


『でもまあ、失敗談ならリーマスも言いにくいだろうし、無理に言わなくてもいいよ』
「言わなくていいって言われると、聞いてほしくなるなぁ」


リーマスは頬をかき、正面を向いて座り直し、長い息を吐いた。

* * *



抵抗を見せていた狼人間の残党が近隣の村を襲い、力で制圧するしかなかった、という話だった。

激しい戦いで、数人の犠牲者がでた。
その中にはまだ若い狼人間もいた。
村では幼い子どもも咬まれたというのに、主犯格の狼人間は逃がしてしまった――。

ポツリポツリと話すリーマスは、自分を責めていた。


「グレイバックの影響を強く受けている男でね、我々が人間として生きているのが許せないんだ。魔法使いとして生きられるなら、咬んだっていいだろうって言われたよ」
『何それ!ひどい。責任転嫁じゃん!』


そんなの後づけで、自分達の行為を正当化したいだけだ。
もしくはリーマスに対する個人的な恨みによる、見せしめ。


「だとしたら、やっぱり私の責任だ」
『リーマスは悪くないよ』


スパイを命じたのはダンブルドアだ。
誰かがやらなければならない任務だった。
つらい任務だったに違いない。
それでもリーマスは耐え、やり遂げた。

勲章をもらったのも、立派な仕事につけたのも、リーマスの今までの行いが評価されただけのことだ。
それを逆恨みして、人間を襲う口実にするなんて許せない。
リーマスはどんなに迫害されようと、魔法使い全体を恨むようなことはしなかったのに。


『リーマスは誰よりも優しいし、強いし、立派な英雄だよ』


レナは小さくなった背中に腕を回した。
抱き寄せた頭は、鳶色と白髪が混在していて、どちらが多いのか判断がつかない。
いつになったらリーマスの心に平穏が訪れるのだろうと思ったら、鼻の奥がツンと熱くなた。


「レナ、甘えついでに泊まっていってもいいかな?」
『い、いいけど……っ』


レナは声をうわずらせた。
この家にベッドは1つしかない。
しかも、シングルだ。


「大丈夫、何もしないよ」


優しく頭を撫でられて、赤くなる。


「それとも何かしてほしかった?」
『そ、そんなことない!』


反射的に言ってから、しまったと思った。
せっかくのチャンスを逃す手はない。
『してもいいけど』とごにょごにょ言うと、リーマスはふっと笑って「それじゃあ好きにさせてもらおうかな」とドキッとすることを言い、宣言どおりレナの意向を無視して抱き枕にした。

* * *



『何これ』『なんか違う』とぶつぶつ言っていたレナが寝てしまった後も、リーマスはしばらくレナの髪に指を通していた。

思い出していたのは、エントランスホールでの出来事だ。
レナを待っている間、リーマスは終始見られていたが、話しかけてくる人は誰もいなかった。
いくら英雄だなんだと言われたところで、自分はハリーやキングズリーのようにはなれない。
あくまで離れた場所で眺めるくらいがちょうどいいのだ。


(でもレナ、君は違う……)


うっかり見せびらかすようなことをしたことを、今となっては後悔していた。
聞こえてきた「なんで?」「嘘でしょ?」という言葉の前後に何がつくのか、容易に想像がつく。

そしてその反応は正しい。
リーマスとレナでは、つりあわない。


(どうして私の恋人だって言ってしまったんだ)


レナまで同じような目で見られるのは本意ではない。
だからといって手放せるわけではない。
隠す気がなかったとわかっただけでも嬉しくて、後悔した直後なのにもかかわらず、行ってよかったと思うほどだ。


(せめて、君に不幸が訪れないといいんだけど)


今後レナが陰口の中で暮らさなければならなくなるかもしれないと考えたら、やっぱり自分の行動は軽率だったと思わざるをえない。


(わかっていても私はまた同じようなことを繰り返してしまうんだろうな)


リーマスはため息をつき、腕に力を込めて目を閉じた。



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