ノクターン | ナノ 禁じられた森
賢者の石[24/29]
 ハリーたちの規則違反を密告したノアとドラコは、ハリーたち共々おしかりを受けた。しかも、マクゴナガルに怒られた後に寮監のスネイプに引き渡されるという二段攻撃だ。
 同じ罰を受けるよう告げるスネイプの目は冷ややかで、そこには失望の色すら見える。覚悟していたとはいえ、苦労して築いてきた優等生像が崩れてしまうのは辛いものがあった。


「先生は父上に手紙を書かれるかもしれない」


 ドラコもすっかり意気消沈していた。
 マクゴナガルに減点を言い渡されたときは不服そうに眉をひそめ、「スネイプ先生に言うべきだった」とグチグチ文句を言っていたのに、やってきたスネイプが判定をひっくり返さないとわかるや否や、別人のように大人しくなり、寮に戻ってもショックのあまり合言葉すら言えないでいる。


『私がドラコを連れ出したってことにしていいよ』


 あまりにしょんぼりしているものだから、ノアは見かねて声をかけた。


『期待してる親もいないし、もともとボッチだし、冷たい視線も楽しめるし、大丈夫、大丈夫』
「……この世の終わりみたいな顔してよく言うよ」


 ドラコはブツブツ言いながら談話室に入り、蚊の鳴くような声でおやすみを言って部屋に帰っていった。 

* * *

 翌朝、寮の得点を記録している砂時計の周りにちょっとした人だかりができた。何が起こったんだとあちこちで騒がれ、たったひと晩でルビーとエメラルドが著しく減った理由は瞬く間に学校中の生徒が知るところとなった。

 ノアにとって幸運だったのは、エメラルドの減りのほうが少なかったこと、結果だけ見ればスリザリンが1位に浮上したこと、そして、グリフィンドールの点数を減らした人物の中にハリー・ポッターがいたということだ。

 生徒達の関心はいつだってハリーが1番。生き残った男の子がやらかした失態をなじったり笑ったりする者はあっても、影の薄いノアを責める者は誰一人としていない。そればかりか、スリザリン生の中にはノアとドラコの行いを褒め称える者までいた。


「肉を切らせて骨を絶つというやつだよ」


 思ったほど悪い結果にならなかったと知ったドラコは、あっという間に息を吹き返した。自分達の減点を棚にあげ、ハリーが通るたびにはやし立てるメンバーの1人として生き生きと学校生活を送っている。
 ノアはノアで、失った信頼は成績で取り戻すしかないと試験勉強に勤しみ、その一環と称して闇の魔術の防衛術の教室へ足繁く通った。


『こんにちは、クィレル先生。質問があって来ました。いま大丈夫ですか?』
「ど、どうぞ……ひ、久しぶりですね」


 近くで見るクィレルはずいぶんやつれて見えた。顔は病気にかかったかのように青白く、いつも以上におびえているように見える。
 おそらく原因はヴォルデモートだろう。四六時中闇の帝王が後頭部にいるのでは、気の休まるときがないに違いない。そうでなくても、他人の魂を寄生させだなんて、体力が著しく奪われそうだ。
 ただ、本当にそれだけなのか――。

(私が余計なことを言ったからじゃないといいんだけど)

 ノアは他に生徒がいないことをしっかり確認してから、単刀直入に聞いた。


『クィレル先生、私にオブリビエイトしました?』
「ど、どうしてそんなことを?」
『スネイプ先生にクリスマスの晩に何をしていたか聞かれたんです。でも私、記憶がなくて……クィレル先生と一緒だったんですよね?』
「……ええ」


 わずかな間の後、クィレルは静かに頷いた。


「ここで、クリスマスパーティをしましたよ」
『それだけ?』
「ええ。それだけです」
『どうして消しちゃったんですか?』
「あなたが私と親しいことを知られるのは、あなたのためにならない……少なくとも、今は」


 クィレルは青白い顔にうっすら笑みを浮かべ、ずれたターバンを直すようなしぐさをした。


「2度聞いてくることはないでしょうが、もし聞かれても知らぬ存ぜぬで通しなさい」
『……私、そのときに何か変なことを言いました?』
「何も」
『先生――』
「何も心配はいらない」


 わずかに口角を上げたクィレルが、ノアの頭をひと撫でする。その手がひどく冷たく感じたのは気のせいではないはずだ。ノアが見上げると、クィレルはふいっと視線を外した。


「さあ、勉強に戻りなさい。試験が近い」
『クィレル先生が記憶を返してくれたら戻ります』
「残念ながらそれは無理です。しかしパーティくらい、また来年もできる」
『そう……です、けど……』


 クィレル先生に来年なんてない。そう告げるわけにもいかず、ノアは唇をかんで俯いた。


「1位を取るのでしょう?余計なことを考えていては、グレンジャーには勝てませんよ」
『でも……じゃあ、ここで勉強してもいいですか?』
「いけません」
『どうして?』
「こ、これ以上、スネイプに睨まれるのは、ご、ごめんです」


 急にどもりだしたクィレルは、仕事があるからといってノアを追い出しにかかった。

(大人ってずるい)

 先生に出て行けと言われたら、生徒は従うしかない。あの様子ではノアが何か余計なことを言ったのは確実なのに、それ以上聞くなという雰囲気を打破する手立てをノアは持っていない。
 記憶を消さなければいけないようなものは何なのか――。言いようのない不安に狩られつつも、どうすることもできないノアは、気を紛らわせるように一心不乱に勉強した。

* * *

 夜中にベッドを抜け出した罰則は、試験を1週間後に控えた日の夜に行われた。
 不気味な夜だった。空には月が出ていたが暗く、普段は気にならないフクロウの鳴き声やコウモリの羽ばたきも、夜というだけで不穏な音に感じられる。ハグリッドに連れられて向かった森はますます闇に染まっていて、ひんやり湿った風がケモノの吐息のように一行の足元をさらっていった。

 
『な、なんか想像以上に怖いね……』
「当然だよ。森なんて、召使いが行くところだ。生徒に行かせるところじゃない――まあ、僕は怖くないけど」


 ドラコの声は恐怖で震えていたが、ハリーとロンが見ていることに気づくと、顔を引きつらせながらふんぞり返るという器用なことをしてみせた。


「よし、みんな揃ったな?そいじゃ、二手に分かれるぞ。傷ついたユニコーンを探すんだ」
「僕ら、ファングとがいい!」


 ハグリッドが説明を終えるや否や、ドラコがノアの腕をつかんで声を上げた。

(えっ、私も入れてくれるの?)

 思いがけないドラコの行動に、ノアは目をパチクリさせた。ドラコがノアのことも考えてくれるなんて、予想外の出来事だ。単純なもので、たったそれだけのことで先ほどまでまとわりついていた暗闇に対する恐怖が薄れた。


『ありがとうドラコ。スリザリン生の鑑』


 ノアは一緒の組に分けられたハリーが渋い顔をしているのにも構わず、ドラコの後にぴったりくっつき、『優しい』『紳士的』『ファングより頼りになる』とひそひそ声で褒めちぎった。

 そのまま30分くらい歩いただろうか。3人は点々と続くシルバーブルーの血痕を追って森の奥深くまで来ていた。生い茂る木々の間に細々と続いていた獣道も、ついに先細りとなって消えてしまった。
 ここからどうしようか、と立ち止まったところで、大きな樫の古木の枝が絡み合う先に、開けた平地が現れた。


「見て……」


 先を歩いていたハリーがドラコの行く手を遮って呟いた。


「ユニコーンだ」


 数メートル先の地面に、純白に光り輝くものがあった。既に息絶え、手足をだらりと地面に投げ出している。そしてその奥に、何かうごめくものがあった。

 頭からすっぽりフードを被った黒い影が、体を地面に伏せ、まるで獲物をあさる獣のようにゆっくりと近づいてくる。ハリー、ドラコ、ファングは恐怖で立ちすくんでいた。
 ノアも同じだった。ユニコーンの傍らに身をかがめ、傷口から血をすする姿は、気味が悪いなんていうものじゃない。わかっていたこととはいえ、間近で見ると迫力が桁違いだ。音が、匂いが、滴り落ちる銀の雫が、恐怖心をこれでもかとかき立てた。


「ぎゃあああ!」


 たまらずドラコが絶叫した。その直後には、ファング共々どこかへ行ってしまう。出遅れたノアは、額を押さえるハリーと近寄ってくる黒い影を交互に見て、静かに後ずさりをした。

 ノアが樫の木の太い幹に身を隠したそのとき、茂みを飛び越えてケンタウルスが現れた。マントを被った影が暗闇に消え、ハリーがケンタウルスに運ばれていく。ノアは2人を息を殺して見送ってから、そっと広場に出た。

(これがあれば、瀕死状態の人を救えるんだよね……)

 足元に横たわるユニコーンからは、まだドクドクと血が流れ出ている。
 口にすればたちまち呪われるという、禁断の液体――。ハリーは「永遠に呪われるんだったら死んだ方がまし」と言ったが、ケンタウルスが言うように、他の何かを飲むまでの間だけ生きながらえれば良いのだとしたら、それは、すばらしい薬となる。


「ノア!ノア!だいじょ……な、何やってるんだ」


 ハグリッドを連れ、戻ってきたドラコは目を見開いて驚いた。
 黒い影がいた辺り、ユニコーンの脇に、ノアはいた。かがんでひざまずき、白と赤の混ざる体に手を当てている。その手は、血に染まっていた。


「怪我をしたのか?」
『ううん。助けられないかなと思って』


 ノアは嘘をついた。
 賢いハーマイオニーに気取られないように十分気をつけ、ハグリッドがハリーの心配をしているうちに手を拭き、何事もなかったかのように寮へ戻る。
 そして翌日、ユニコーンの血を入れた試験管を持ってスネイプの元を訪れた。

 スネイプは最初、胡散臭そうな顔で試験管を受け取った。しかし細いガラスの中で波打つ銀色の液体が間違いなくユニコーンの血液であるとわかると、探るような目つきに変わった。


「これを、我輩にどうしろと?」
『薬になりませんか?』


 ノアは静かに聞いた。


『最初の授業で先生がおっしゃっていた“死にすら蓋をする方法”っていうのがずっと気になっていて……これとは違いますか?』
「これは薬にもなるが、毒にもなる」
『呪われるんですよね?純粋で無防備な生物を殺すから。でも、殺さなくても血は手に入りますし、大概の薬は使い方次第で毒になります。ユニコーンの血だけが特別っていうわけじゃないと思うんです』
「薬にしてどうする。またクィレルに唆されたのか?」
『純粋な学術的興味です』


 ノアはまた嘘をついた。


『クィレル先生はどこか悪いんですか?』
「……いや」


 スネイプはしばらくノアの目を見つめた後、試験管をくるりと回して材料が立ち並ぶ棚の一角にしまった。


「これは我輩が預かる。君は試験勉強に集中したまえ。満足のいく点を取ることができたなら、我輩の知識をいくつか享受してやる」
『ありがとうございます。頑張ります』


 ペコリと頭を下げ、ノアは寮へ戻った。
 試験まであと5日。出題内容がわかっていることと、試験管がもう1本あることは、ノアだけの秘密だった。
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