ノクターン | ナノ ノルウェー・ドラゴン
賢者の石[23/29]
「やあノア、今日はグリフィンドールを応援するんだって?」


 昼食中に突然声をかけられ、ノアはポカンと前の席を見た。
 いつの間にか山盛りのサンドウィッチの向こう側に気取ったドラコが座り、せせら笑っている。


『どうして?スリザリンが優勝するためには、ハッフルパフに勝ってもらわなきゃでしょ?』
「そのはずなんだけどねえ。君は今朝、ポッターに“頑張って”って言っていたんだろ?いったいどういうつもりだ?」

(言ったっけ?)

 首をかしげているうちに、狙っていたカツサンドをクラッブに奪われる。仕方なくハムタマゴに手を伸ばすと、ドラコに睨まれた。会話に集中しろということらしい。


『あー……うん。言ったかもしれない、です』


 朝一で会ったハリーがあまりに青い顔をしていたから、かわいそうになって挨拶ついでに声をかけたような気がする。確か「ノアはすごく元気そうだね」と言われて、『今日はスネイプ教授が審判をする日だからね』と返事をして、逆効果になっちゃって私の馬鹿ーっと反省したようなしていないような。

(正直浮かれすぎててよく覚えてないのよね)

 だってスネイプ教授がほうきに乗るのだ。膝を曲げてほうきにまたがり、手を揃えて柄を握って……絶対にかわいいに決まっている。ホグワーツ生万歳。ハリーよ狙われてくれてありがとう、だ。


『ねね、カメラ持ってない?』
「は?」
『万眼鏡でもいいよ。持ってたら最初の5分だけ貸してほしいな』
「何をする気だ」
『そりゃ、記録に残すに決まってるじゃないですか』
「ハリー・ポッターの最後の飛行を?」


 ドラコが鼻を鳴らし、開幕戦でのハリーの様子を真似る。すぐにゲラゲラと笑い声が上がった。気を良くしたドラコは「日刊預言者新聞が高く買ってくれるかもしれないな」とさらに続け、スリザリンのテーブルでは“ハリーが何分間ほうきに乗っていられるか”の賭けが始まった。

* * *

 それから1時間後、全校生徒がクィディッチ競技場に集まった。教員席の中央にはしっかりダンブルドアの姿もある。これで安心して観戦に集中できると腰を下ろしたのもつかの間、ノアはドラコにスタンドから連れ出された。

(嘘でしょ試合見たいのにー!)

 行き先はわかっている。グリフィンドールの観客席だ。「証明してもらおう」とかなんとか偉そうに言っているあたり、今朝の応援の件はまだ許されていないらしい。


「僕がやつらとの付き合い方を教えてやる」
『ありがとうでもまた今度でいいです』
「いいや。こういうのは早いほうがいい」
『でもハリーはもう更衣室に行っちゃったんじゃないかな?』
「ウィーズリーとグレンジャーが残っているはずだ」

(なんで今日に限ってそんなにはりきってるの!?)

 確かにいろいろ教えてほしいとは言った。それを実行してくれるのは嬉しい。でも今はそれどころじゃないのだ。


「ああちょうどいい。ロングボトムも揃っている」


 ロンの隣にネビルの姿を見つけ、ドラコがニヤリとした。
 グラウンドにはもう選手が入場してきている。ぶすっとしたスネイプが選手達に向かって何か言っているようだが、大歓声と実況でかき消された。


「さあ、プレイボールだ」


 いつもとは違った緊張感を伴ったロンの後ろ頭をドラコが小突いた。


「ああ、ごめん。気がつかなかったよ」


 ドラコはノアたちに向かってニヤッと笑った。ノアはクラッブとゴイルと一緒になって『ははは』と事務的な笑い声を出しながら空中に双眼鏡を向けた。
 ちょうどスネイプがスムーズな動きでブラッジャーを交わすところだった。いつもは後方にしか広がらない真っ黒いマントが、風に煽られてあっちにこっちにとはためいている。


「僕ら、ポッターがどのくらい箒に乗っていられるか賭けたんだ。誰か、乗るかい?ウィーズリー、どうだい?今のところの最短は、ノアの“5分以内”だ」


 今度は誰も笑わなかった。ロンも、ノアも、違った理由でスネイプに釘付けだった。


「グリフィンドールの選手がどういう風に選ばれているか知ってるかい?」


 しばらくして、ドラコが話題を変えた。上空ではスネイプが試合を止めてペナルティー・シュートを与えるジェスチャーを取っている。
 嫌味を続けるドラコとネビル、ロンの間でピリピリムードが漂っていたが、ノアは止めることもなく身を乗り出した。貴重な5分間は残りあとわずか。一瞬たりとも見逃すわけにはいかない。

(わー、わー、手を上げてるー!かーわーいーいー……っと、もう終わりかぁ)

 ハリーがスニッチを見つけ、急降下を始めた。猛スピードで上空から突っ込んでくる赤い塊に観衆は息をのみ、大歓声を上げた。
 始まったドラコとロンの喧嘩に気づく者はいない。全員空中に釘付けで、観客席のイスの下で行われている取っ組み合いの音は、ハリーを応援するたくさんの声にかき消された。


「やりました!ハリーがスニッチを取りました!新記録です!こんなに早くスニッチを捕まえるなんて前代未聞です!」


 グリフィンドールの勝利を告げるリー・ジョーダンの声が会場に響き渡り、スタンドがドッと沸いた。ノアは二重の意味でため息をつき、地面に転がる5人を見た。
 ロンは鼻血を出し、ドラコは目に青あざをつくり、ネビルは気絶している。クラッブとゴイルも含め、全員がボロボロだ。

(そういえば喧嘩って規則違反なんじゃなかったっけ?)

 場違いなことを考えながら、ドラコに手を貸す。そしてそのままギュッと手を握り、口の端を釣り上げた。

 
『私の勝ち』
「は?」
『5分以上ほうきに乗ってなかった、でしょ?』


 ノアは満面の笑みで、ポケットからクラブ紹介のチラシを取り出した。

* * *

 怪我をするわ予定通りにいかなかったわで、おもしろくないドラコは、それからしばらく膨れていた。ノアがハリーの勝利を喜ぶような態度を取ったことも相まって、事あるごとに絡まれる。


「僕はまだお前を認めたわけじゃないからな」


 そう言ってドラコがあちこち連れまわすものだから、パンジーからの視線が痛い。ついでに言うとセオドールからの視線も痛い。「嫌なら断ればいいのに」と冷ややかに言われたが、ノアがドラコの誘いを断ることはなかった。

(だって楽しいんだもん)

 これもコミュニケーションのひとつなのだとわりきってしまえばどうということはない。気取ったドラコの自慢話を聞き、ハリーたちに絡みに行き、たまにスネイプ先生のところに告げ口に行くだなんて、スリザリン生してます!という感じがする。

 とはいっても、さすがに一緒になって悪口を言うのは憚られるため、ノアは全力でスリザリンのいいところをアピールすることにした。
 反論してくるハリーたちに『こっちの悪口ばっかり言ってるけど、グリフィンドールにはいいところないのー?』と煽って話題をすり替え、自慢合戦をすることは、いつしかノアの1番の楽しみになっていた。

 ドラコがこれで満足するはずもなく、イースター休暇になると何か弱みを握ってやろうと躍起になってハリー達をつけまわし始めた。
 これで開放されると思いきや、今度はパンジーに話しかけられる毎日が始まる。よくわからないが、褒めまくったことでドラコのことを語る仲間として認められたらしい。ドラコとノアの仲が怪しむようなものではないとわかったとたんに、今日はドラコとこんなことを話した、こんな姿が見れたと得意気に話してくる。

(ちょっと調子に乗りすぎたかも……)

 パンジーとドラコについて語るのも楽しいし不満はないが、ずっと一緒というのは不便だ。顔色が悪くなる一方のクィレルと話がしたいというのに、なかなか1人になることができない。
 唯一の逃げ場は図書館で、宿題が終わらないことを理由にして避難することもしばしばだった。

(あ、ハグリッドだ)

 ドラゴンの血の利用法について調べていたとき、ハグリッドが大きな体を小さく丸めて図書館に入ってきた。こそこそしているようだが、森番をしているときの格好のままだから、どうしても目立っている。

(ドラゴンチャンス到来!)

 話しかけようと立ち上がったノアは、ドラコと鉢合わせてギクリと身をこわばらせた。


「どこへ行くつもりだ、ノア。まさかあいつらのところじゃないだろうね」


 “あいつら”と細いあごで示された先には、ハリー達がいた。まさかドラゴンが見たいと言うわけにはいかないノアは、急いで言い訳をでっちあげた。


『他の生物の血の利用方法も調べたいと思って』
「へぇ、それじゃ僕も見に行こう」

(うぐっ)

 まだドラコに感づかせるわけにはいかない。ノアは仕方なく別の本棚に行き、ユニコーンの血について書かれた本を引き抜いた。


「なんだ?あいつら、怪しいな」


 僕もと言ったわりにドラコは本にまったく興味を示さず、棚の影からハリーたちの様子を窺っていた。ノアが首を伸ばしてみると、ちょうどハグリッドが「しーっ」と指を口に当てるポーズを取るところだった。あれは確かに怪しい。
 ドラコはいいネタを見つけたとばかりにニヤニヤと笑い、以前にも増してハリー達の様子を探るようになった。


『――わ、わたしも見張る!』


 しばらく葛藤していたノアだったが、ついに誘惑に負けて名乗りを上げた。50点減点は怖いが、今まで稼いだ分を考えればどうってことない。なかったことにするには少ないくらいだ。
 そんな言い訳をし、ドラコと一緒にハグリッドの小屋を覗く。ノーバートは、咳をするように小さな炎を吐き出した後、ハグリッドのもじゃもじゃのヒゲをジュッと焦がした。


『見た?見た?今のすごくかわいかったよね。いいなー、私も撫でたい』
「ドラゴンを見たことがないのか?あんなの今のうちだけだ。すぐにこの家より大きくなる」
『ミニマム薬を与えながら育てれば大丈夫じゃない?』
「虐待だろ」
『……ドラコ優しいね』


 意外な反応に目をぱちくりさせると、ドラコの青白い顔にパッと赤みがさした。


「僕はそういうつもりで言ったんじゃ――」
「誰だ!?」


 つい出た大きな声に、屋内のハグリッドが反応する。ドラコはサッと窓から離れ、ノアを連れて意気揚々と城に駆け戻った。
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