俺は並盛中学校の屋上から、彼女が転入していった教室を観察していた。
殺戮現場を目の当たりにしたあの日以降彼女を探していたら、案外簡単に見つけることができた。
並盛中学校の編入生、だってさ。
両親は幼少時に他界、親戚もおらず高級マンションで一人暮らし。
銀行口座には毎月数十万のお金が振り込まれている。
成績は上の上。
運動神経も悪くない。
人間関係についてはこれらからだが、上辺としてはこれからだろう。
ただ、過去の記録がないのは疑問点。
「零崎一賊との接点が全くないのもおかしい」
何故零崎名を名乗ったのだろう?
外見は、いたって普通の少女であるというのに。
こうやって観察しているが、特に目立った行動はしていない。
沢田綱吉、山本武、獄寺隼人に取り入ろうとしていることくらいだ。
自分から厄介事に首を突っ込んでいるような・・・ああ、馬鹿だからか。
あの三人は、それなりに顔が良い。
ただのミーハーだったのか、つまらんな。
「まぁいい。これから少しの間、俺の玩具になってもらうとしよう」
「相変わらず悪趣味なことしてんな、兄貴」
「おや、いたのか我が愛しの妹」
「気付いてた癖に何言ってやがるんだか。ん、おぉ、あの女か?可哀そうにな」
隣りに立った潤は、目を細めてあの少女をとらえる。
途端、げぇ、と声をもらした。
「なんだありゃ、厚化粧だな。気持ち悪っ」
「オヒメサマなりの背伸びだろう、可愛らしいじゃないか」
「兄貴、あんなのよく構う気になるな。何かされたのか?いくら零崎名使ったからって零崎に
手ぇ出した訳じゃないんだろ?それにあんなんに構ってる時間がもったいねぇ」
「くくくっ、嫌なことだから構うのさ」
喉の奥で低く笑えば、潤がびくりと体を揺らした。
感の良い妹だから、俺がこれから何をしでかすか分かったんだろう。
「俺はね、潤」
自分が楽しくなるためならどんなことだってする人間なんだよ。
―――――哀川潤は、自分の兄が怖かった。
突然消息を絶った兄が自分の前に姿を現した時は、心臓が止まるかと思ったほどだ。
加えて、狐のような、悪魔のような笑顔。
父親も狐面をかぶっているが、それともまた違う気味の悪さ。
兄の方が厄介だ。
人類最強の自分なんかより、よっぽど強くて恐ろしい。
破天荒な兄。
けれど、いつだって自分には優しかった。
それがまた、怖かった。
「我が愛しの妹よ、あの子はオヒメサマだから、手荒に扱っちゃだめだよ」
あぁ、あの少女はいったい何者なんだろう。
兄の“オヒメサマ”は自分ただ一人だけだったのに、怖いと思っていたのに、自分には構わないで欲しいと願っていたのに、この虚しさは何なんだろう。
彼の横顔は、いつものように楽しげに歪んでいた。
意地が悪い?いいじゃないか、俺を楽しませてくれたらご褒美をあげるよ