祝福されない恋をした

それから数日間、吹雪が収まることはなく、クリアと僕はたまにポケモンバトルをしながら、会えなかった三年間の溝を埋めるように一緒に居た。といっても僕から話すことはあまりなく、ほとんど彼女の話に相槌を打つ程度なのだが、それでも彼女が絶えず笑っていることから少なくとも不快には思われていないようで安心した。





「じゃーん、見て見てレッド!これなーんだ!」

「ポケモンの、たまご?」

「そう!」



いきなりリュックに手を突っ込んだと思ったら、クリアは満面の笑みを浮かべてそれを僕に差し出してきた。というか、押し付けてきた。

受け取ったたまごを持ち上げたり振ってみたり軽く叩いてみるが、何の反応もない。





「あっははは、シロガネやまの麓で拾ったんだけど、あちこち迷って歩き回ったからあと少しで生まれると思うよ」

「落ちてた?」

「違う違う。ゴルバットが餌として食べようとしてたから思わず・・・だからどこから持ってきたのかも、何のポケモンが生まれてくるのかも知らないんだー」

「へぇ・・・」

「ねぇレッド、もしそのたまごが孵ったら育ててみない?」

「気が向いたらで、良ければ」




正直、クリアが育てた方が良い子に育つと思うけど。
その言葉だけで満足したらしい彼女は、ゆっくりとした動作で僕の手にあるたまごを見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。





「クリア」

「なぁに?」

「今は吹雪だから来ないけど、いつもは僕への挑戦者がくる。もちろん今まで負けたことはないけど、もし、僕が負けたら・・・・・・・その時は」






僕はらしくもなくクリアに向き合って、彼女の手をとった。
一瞬だけ握った手が氷のように冷たくて驚いたけれど、僕は自分の帽子を上げて、きょとんとした表情をする彼女の目を見た。




ところが。













「レッドさぁぁぁああん!!!!」と。


空気をぶち壊す、聞き覚えのある声が洞窟に反響して僕らの耳を劈いた。



ああなんてタイミングの悪い。
声の主がまったく知らぬ赤の他人ならまだ無視していられるが、相手は僕が出てこなかったら遠慮なく今僕らがいる洞窟最奥にまで来てしまうだろう。それは嫌だ。

彼女を他の男に見せたくない。


僕はクリアの手をしぶしぶ離すと、絶対に出てこないよう言ってから“彼”のいる出入り口まで向かった。











「レッドさぁん・・・出てくるの遅いですよ」

「・・・チッ」

「え、舌打ち?この吹雪の中此処まで足を運んだオレに対して何か労う言葉は「ない」さすが頂点・・・へへ、あれなんだろう目から汗が止まらない。くっそやっぱりコトネも連れてくるんだった」




出入り口には、帽子の上や肩に雪を乗せた少年が鼻水をたらしながら立っていた。
せっかくいい雰囲気だったのに、なんて恨みごとは言わないでおこう。



「何か用」

「ひっど!!!
いやまぁ、もう今更なんで分かってますけどね」

「・・・」

「っひ、あああああああ!今、話しますから!!絶対零度なんて人間が使っていい技じゃないの分かってます!?ああんもうっ、だからって黄色い悪魔出さないで下さい!!!」




ピカチュウの入ったボールを仕方なく腰に戻すと、ヒビキはほっと一息ついてから言った。








「レッドさん、これは真面目な話なので、ちゃんと聞いてくださいね」













「下山して下さい!」


ヒビキと会ったのは数カ月前―――まだ春先で、吹雪もあまり酷くない時期だった。彼はジョウトとカント―両方のバッジを全て集めリーグに挑戦し、チャンピオンとのバトルに勝ってシロガネ山に僕がいることを聞いたらしい。で、シロガネ山の頂上にいる僕に挑戦者としてバトルを申し込んできたのが始まりだった。

まぁ、結果は僕の圧勝。
そんな簡単に越えられるほど僕がここで積んだ修行は温くない。勝てなかったのが相当悔しかったのか、彼は下山しては登り下山しては登りを繰り返して僕にバトルを挑んできた。ちなみに僕の全勝。最後らへんはヒビキが泣いていた。力尽きたはずの手持ちのポケモンたちに、よしよしと慰められていた気がする。




「ここ最近のシロガネ山の様子は、各地で結構ニュースになっているんです。異常気象なんですよ。頻繁に雪崩は起きるし地盤が緩んでしまって地割れはできるし、岩雪崩は起きるし、野生ポケモンは地割れに落ちて大怪我するし山に入ったトレーナーは引き返してくる。雪崩に巻き込まれて行方不明になったトレーナーやポケモンもいます。幸い麓の近くで起きた雪崩だったので、地元警察の対応も早くて事なきを得ましたが・・・危険なんです」

「それで?危険なんて承知した人間以外、ここは立ち入らないはずだけど」

「天災なんです、防ぎようがありません。出来るのは、巻き込まれないように事前に逃げる事くらいです。ということで、シロガネ山にはしばらく立ち入らないよう、トレーナーは即刻下山せよと協会から命令が出されました。ちなみに強制です」



ヒビキは真剣な顔で、僕に頭を下げた。




「レッドさんは、強いです。こんな山に何年も籠っていられるなんて並の人間じゃあできません。そんな貴方にとっては雪崩や地割れなんてものともしないでしょう。どんな環境でもレッドさんは屈しない、それは分かっているつもりです」




そこまで言われるようなことをした覚えはないが。




「でも、レッドさんは人間なんです」

「・・・お前は僕を何だと思ってたんだ」

「あ、いえ、別にポケモンとか言ってませんけど、でも普段は化け物みたいだか、っ」

「ふぅん、そう思ってたんだ」

「ご、ごめんなさい」




妙な沈黙が僕らを包む。
今更だし、別に・・・気にしないけど。




要するに、ヒビキは僕を心配して此処まできてくれたらしい。




「分かった」

「・・・・・・・え、マジっすか」





別に、僕はシロガネ山の頂上で修行を続けることにこだわっているとかではないから、構わない。
協会が指示を出したなら登ってくるトレーナーはいなくなるし、バトルする相手がいないなら僕がここに居る意味はない。







それに、今はクリアがいる。
僕だけなら無茶もできるが、彼女がいる以上無理はさせたくない。女の子、それが大切な人なら尚更。






「ちょっと、待ってて」




さぁ、荷物をまとめて下山しよう。
僕は事情を説明するために、彼女がいる奥へと歩みを進めた。
























「――――クリア?」





なんで、なんで、どうして。
彼女はそこにいなかった。動かないで、出てこないで待っててって言ったのに。

彼女の帽子と、赤いコートに包まれたたまごが、まるで彼女が最初からいなかったように、先ほどまでそこに座っていた人物の場所に、置いてあった。


だって、だって、おかしいでしょ。

僕とヒビキはずっと出入り口のすぐ近くで話していたんだよ、そう、誰かが通ったならすぐに気付くはずなんだ。反応できなかった?いや違う。人が通った気配なんてなかった。



どうして?









クリアが出て行くところを、僕たちは見ていないのに。









クリア、と呟いた僕の横で、ヒビキが目を見開いて固まったことに気付かなかった。



















消えたあの子

(彼女は帰ってこなかった)




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