咲いてはいけない花
“初恋は実らない”
そんな迷信を信じた事はないが、傍らに居た彼女が自分のもとを離れた時に何故だか納得してしまったのも事実。想いを告げていなかった。自分が何度挑んでも勝つことができなかった彼女を神がかり的な存在にすり替え長年の思いすら昇華させてしまったのだろうか。
しかし、だとしたら今自分の中にある不思議な感情は何だろう。
「・・・・」
回復したピカチュウを膝に乗せ、他の手持ちも外に出してやると各々がクリアに気付き、嬉しそうな様子で近寄っていく。けれど今は夜で、彼女は登山に疲れたのか体を丸め、静かな寝息を立てて休んでいた。それに気付いたカント―御三家は身を固くし、洞窟内を揺らさないよう大柄な体でそろりそろりと戻ってきた。良い子たちばかりだ。
「――――――、―」
外は吹雪が轟々と吹き荒れる。
洞窟内は奇妙な静寂に包まれていて思わず出た自分の声が静かに木霊した。
「クリア」
数年ぶりに呼んだ名前は、不思議なくらい耳に馴染んだ。
無防備に寝顔を見ることができるのは嬉しいが、男として意識されていないのかと思うと少しばかり悲しいような。
突然現れた時は、一瞬誰だか分からなかった。あんなにあどけなかった少女が、こうも“女性”に変わるものなのか。自分と大差なかった体型は、胸は膨らみ腰がくびれ、身体全体が丸みを帯びて柔らかく、しなやかになった。ただ愛らしさを感じさせた笑顔は華やかに、不覚にもどきりと反応してしまう妖艶さを宿らせていた。
自分がいない間に、こんなにも変わってしまうのか。
昔と何一つ変わらないのは、自分だけ。
輝いている世界を、頂点から一人で見下ろしていた。
変わりたくなくて、変わるのが怖くて同じ場所にとどまっているだけなのに、周りがどんどん変わっていくせいで自分だけだ残されていくような気がした。
雪山に籠る毎日に心も擦り切れて、失うものも取り上げられて、残ったものといえば。
クリアが来てくれなかったら。
本当に、噂通りのまま、死んでいたかもしれない。
「ああ、そうだ」
眠りについている彼女を見て、分厚い氷が解けて行くような、心底の緩やかな変化に息をついた。
「変わっていなかったんだ」
あの時から。
子供の淡い淡い恋心は憧れに。
激しい羨望が薄れていくと同時に、求めていたモノがこんなにも近くにあるのだと痛感し、なんだか肩の荷が下りたように爽快な気分になった。
色づき始めた花
(これで、ようやく)