欲しいものはひとつ


まだ一緒に旅していた頃、彼女に「こだわりはないのか」と尋ねたことがある。

オーキド博士から図鑑をもらったはいいものの、大量にポケモンを捕獲する訳でもなく、かといって個人的に研究に没頭する訳でもない。ジムリーダーを倒す実力を持っている癖にバトルに対して特に執着を持っている訳でもない。
普通のトレーナーならここで頭にくるのだが、彼女の場合はなぜだか気にならないから不思議だ。きっと、彼女の傍にいるポケモンたちがとても幸せそうに笑っているからだろう。

彼女曰く―――「私はこの子たちが楽しそうにしてるのを見るのが好きだから」


バトルに出すポケモンは毎回違っていて、レベルやタイプのばらつきがあったり時にはひとつのタイプのみという偏りを見せたこともあった。強い、というより“上手い”といった方がいいのかもしれない。
捉われることのない強さ。種族の、というわけではなくて、一匹一匹の個性を活かし戦い方。それが彼女のスタイルで、どんな舞台であろうとどんな相手だろうと変わらない。









「ピカチュウ、行って来い」

「やっぱりその子?」

「・・・」

「そう急かさないでよ。じゃあ、ちょっと狡いけど、この子で」




彼女は一つのボールをベルトから外すと、開閉ボタンをかちりと押した。



「頑張って、フライゴン」

















「ピカチュウ、でんこうせっか」

「飛んで避けて!スピードは殺さないでそのまま潜ってから態勢を崩して!」

「チッ」




――――当たらない。
いや、最初に出したボルテッカ―は直撃したはず。なのに、効いていない。その証拠と言わんばかりに立ち上る黒煙の中から弾丸のような速さで姿を現したその緑のポケモンは、雪に覆われた地面へと潜っていったのだ。しかしポケモン自体のレベルがあまり高くないのか、それとも狙いどころを外したのか、あなをほるが命中したピカチュウにダメージはほとんど見られない。


「アイアンテール」


掠る。が、その程度で直撃とまではいかずに再び空へと舞い上がるフライゴン。
疲労の色が濃いような気がするが・・・
こちらの様子をうかがうように空を旋回する影は先ほどよりもスピードが落ちているように感じる。何かおかしい。

クリアは何をしている?
自分のポケモンの変化に気付かないはずがないだろうに。遠くにいる彼女に視線を移すが、俯いているため表情が見えない。








「フライゴン、じしん!」

「耐えろ、身代わり、かげぶんしん」

「惑わされないで!!」


影分身によって本物のピカチュウがどこにいるか判断できず混乱しているとクリアがすかさず声をかけ、フライゴンを導く。



「そのまま、でんこうせっか」



分身たちに囲まれるフライゴンは視線をせわしなく動かし、自分に向かって飛び込んでくるピカチュウの群れをキッと睨む。けれど、相手の懐に入り込んだのならもう遅い。










「なーんて、」










「ッピカチュウ、フライゴンから離れろ!!」

「ちょうおんぱ!!!」




これを狙っていたのか――ー
いくらすばやさに自信があるとはいえこれだけの至近距離で技を出されてしまえば避けきれない。真正面からちょうおんぱをくらったピカチュウは、ぐるぐると目をまわして地面に落ちた。
そこへ、たたみかけるようにクリアの指示が飛んだ。





「フライゴン、だいちのちから!!」










瀕死になったピカチュウを抱き上げたレッドは、クリアに背を向けてザクザクと雪道を歩いた。後ろには、慣れない雪に戸惑いながらも必死について行くクリアの姿。

やがて見慣れた洞窟に辿りつくと、すぐにピカチュウを休ませた。





「・・・さっきのポケモン、見せてくれない」

「フライゴン?いいけど」



ぱち、と燃え盛る炎に木を加えている彼女の背に、そう呼びかけた。




「はい」

快諾してくれた彼女はボールを僕に渡すと、再び火に集中しだした。
例のポフィン、というお菓子を作っているらしく辺りには甘い匂いが漂い始めている。焦げくさい匂いでないので、失敗はしていないのだろう。




「出していい?」

「いいよ。でも、吹雪の中はだめ。その子、ドラゴンとじめんだから氷にすっごく弱いの。さっきのバトルでも吹雪の中で無理させちゃったから、甘えさせてあげないとね」

「そう」




そうか。
だから、あんなに疲労が溜まっていたのか。
けれど辛い環境の中であれほどの力を発揮するとはなかなか根性のあるポケモンだ。地面に投げたボールから出てきたそいつは、やはり氷が嫌なのかクリアが起こす火の近くによっていき僕をじっと見ていた。





「・・・・・・・・・・・」





じっとじゃない。





「ねぇ、」

「どうかしたの?」

「もしかして、オスだったりする」

「うん、よく分かったね」





やっぱり。
昔からコイツの周りには男が集まる(いやポケモンの場合はオスだけど)。ポケモンに好かれるのはいいがそれが人間の男だと蹴散らしてやりたくなる。

そして、やはりというかバトルに負けてしまった。
未知数のポケモンだったとはいえ、あっさり負けたわけではないが少し情けない。





「この子、対電気用に偏った技覚えさせてたから無理ないかも。地中に潜っちゃえばピカチュウの素早さは意味ないし、飛んでる相手のところまで来たら思うように動けないって分かってるし、かみなりとかボルテッカ―無効化しちゃうから。じしんも使えるし。でも、レッドのピカチュウは、厳しいね・・・うん、ほんと、すごい。かなり鍛えられてるから、でんこうせっか掠っただけでまずかった。可愛いのに強いって怖いよねぇ」

「相変わらず、勝とうと思っていないんだな」

「トレーナー失格かなぁ」

「・・・いや」






フライゴンはいつの間にか岩陰で休むピカチュウの傍へ移動していて、僕たちは眼中に入っていないみたいだ。





「そうだ、あのねレッド」

「・・・?」

「ちょっと、ここにいてもいいかな?少し休んだら吹雪も収まるかなって思ったんだけど、弱まる気配もないから」




こてん、と首を傾げてこちらを見上げるクリア。
特に断る理由もないしもっと一緒にいたいと思い、無言で頷くと、ありがとうと柔らかい笑顔が返ってきた。穏やかな――――それでいて太陽のように暖かい。


自分とは正反対だ。
自分にはないものをもっているから、惹かれたのだろうか。










「クリアが望むなら、僕らはずっと一緒だよ」

















君が望むもの
(傍にいてほしい、だなんて)




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