ずるいのはお互い様
今日もまた、雪が降る。
シロガネ山は年中雪が積もっていて、夏は肌寒く冬は吹雪が吹き荒れる極寒の地になり、屈強な野生ポケモンさえ生きて行くには困難とされる、ジョウトとカントー地方の中間に位置する山だ。
此処に足を踏み入れることができるのは、両地方に点在するジムリーダーに認められバッジを与えられた強者だけ。しかし、そんな強者でさえこの地に生息するポケモンに手を焼き、頂上を諦め逃げ帰ると言われている。
そんな山に、手持ちのポケモン達と共に三年もの間籠り修行に明け暮れている少年がいた。
「ピカチュウ、そろそろ終わろう」
いつにも増して荒れる天候に、少年は帽子のツバをくい、と上げながら言った。
この様子だと明日は洞窟から出られないかもしれないな、と寄ってきた相棒を抱きながらぼんやりと思った。
この山に籠もって何年経っただろうか。
三年、いや今年で四年目か。
今年の冬は例年以上に厳しいようで、ここ数日の間は止まない吹雪のせいで食料調達にも行けない状態が続いていた。こういう時はグリーンが頂上まで荷物を運んでくれたりするのだが、この天候ではそらをとぶなんて使えやしない。かといって徒歩で来たら何日かかるか分からない。これ以上酷くなるようであれば、山が閉鎖される可能性も・・・
ふむ。
食料はあと僅かしか残っていないため、これ以上分配を減らしたら手持ちの体力がなくなってしまう。
うむうむと悩んでいると、激しい吹雪の音の中から、雪を踏み潰すような音が聞こえ、思わず身構えた。
野生ポケモンか――――?
いや、彼らは自分たちがここに居ることを知っているため近寄ってこないはずだ。なら、誰だ?
警戒を緩めずに洞窟の出入り口を睨みピカチュウを出すと、向こうはこちらに気付いたのか、猛スピードでやってきているらしく黒い影がどんどん濃くなってきた。
痛いほどの沈黙を突き破り、なだれ込むように影が転がりこんできて、先制攻撃をしかけようと手を挙げた瞬間だった。
「!!!っいたいたいたいたいたいたレッドぉぉぉぉお!!やっぱり生きてた!!!よかったやっと見つけたぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
洞窟内に反響する声が耳に響く。
それは、今しがた転がり込んできた塊から発せられていた。
ポケモン・・・・・?
違う、人間だ。
立ちあがって服についた雪を払い落とす人物に見覚えというか―――なんだか懐かしいものを感じる。
ふるふると頭を振り、僕の姿を見つけてパっと表情を変えて破顔する。
「っっっほんと、良かった・・・!!」
ぼんやりしていた記憶が、どんどんはっきりしていく。
鼻先が付きそうなほどの距離になった時、足元に居たピカチュウが泣いた。
柔らかそうな、赤みがかったブラウンの髪に自分が持つ物と同じメーカーの帽子、赤いコート。微笑みも昔の面影を残している。唯一変わったものといえば、伸びた身長と大人びた顔つき、体つきくらい。
「・・・あれ・・・え、っと、クリア?」
クリアは僕やグリーンと同じく図鑑を所有するひとりで、マサラタウンを出た時期も同じ。昔から何をするにもどこへ行くにも一緒だった。いわゆる幼馴染ってやつ。
それで、僕の初恋の相手。
どうやらグリーンもそうだったみたいで、クリアが僕と旅したいって言った時の表情といったら・・・可哀そうだった。オーキド博士に「ええと、わしの孫の名前はなんじゃったかな?」と言われてショックを受けた以上の反応だった。
彼女は、バッジを「なんか綺麗だよね、収集家の魂を揺さぶられる」という理由で集め始め、ジムトレーナーとジムリーダー達を叩き潰した過去を持っている。
セキエイリーグに興味をもっていなかったため、セキエイに行かなかったらしい。最後のバッジを手にしたのち、チャンピオンになった僕を見ることもなく他の地方へ旅立ってしまった。
ちなみに、僕は一度もクリアに勝てたことがない。
今はどうだか知らないけれど、リーグ挑戦前日も勝てなかった。もしクリアがリーグに挑戦していたら、結果は分からなかった。でも、惚れた相手だからといって手加減なんかしない。いつだって全力でやって、負けてきた。
余談はここまでにして、他の地方に居るはずのクリアが何故ここに?
僕の言いたいことが分かったのか、彼女は背負っていたリュックを地面に下ろして、自分も岩に腰掛けた。
「いやぁ、私カントーを出たあとシンオウとホウエンまわってたんだけど、次はジョウトに行こうと思って定期便に乗ってきたの。ほら、ジョウトって隣りじゃない?だから久しぶりに二人の顔見てからスタートしようかなーって思ってたんだけど・・・
マサラ戻ってナナミさんに聞いたらグリーンはトキワのジムリーダーになってるし、レッドは行方不明で、死亡説も出てるし?なんか気になっちゃってさ!ついでに探しに来ちゃった!!」
「死亡説・・・?」
「ありゃま、知らないの?カント―じゃ結構有名みたいだよ?他の地方でも尾ひれついて色んな話になってよく聞くし・・・」
「それは、どうでもいいかな」
「ふふ、レッドらしい。まぁこうやって確かめに来て、レッドが生きてるって分かったし。噂って案外アテにならないもんだね」
おどけるように言うと、クリアはリュックから大きな袋を取り出して僕に差し出した。
「これは?」
「食料!ポフィンとかポロックも作ってきたからしばらくは持つはずだけど・・・こんな山じゃあキノコも果物も実らなそうだし、困ってないかなって思って!」
彼女はいつの間にエスパーになったのだろうか。
「ポフィン・・・?」
「あ、そっか。ポフィンとポロックはポケモン用のお菓子で、コンテストとかの前にポケモンのコンディションを整えるために食べさせたりするの。今はトレーナーじゃなくてもお菓子としてあげてる人が多いかな。あ、安心して!一応トレーナーも食べれるポフレも持ってきたから!」
「・・・あり、がとう」
「ううん、レッドの役に立てたならよかった」
へへ、と照れくさそうに笑うクリア。
“レッドの役に立てたなら”何て言われたら体がどうしようもなく熱くなる。この幼馴染はいつもどこか余裕があって、焦ったり泣き叫んだりしたところを見たことがない。それは自分にも言えることだが・・・クリア程じゃあない。
「ねぇ、クリア」
僕のピカチュウと戯れている彼女に声をかける。
「なぁに?」
「バトル、しようよ」
そう言うと、彼女はちょっと困ったように眉を下げた。
「えっと、明日じゃダメ?」
「・・・・・・まぁ、明日なら。1on1でいい?」
「うん。大丈夫」
久々のバトルだ。
シロガネ山の頂上に来れる実力の持ち主なんてめったにいない。彼女なら自分を負かしてくれるだろうか。今までずっと勝ち続けてきた、けれど、それにも少々疲れてきた。
いつものような、圧倒的な差で、もしかしたら。
「楽しみ」
僕を、完膚なきまでに叩きのめしてくれるだろうか。
僕の声があまりにも無機質で冷たかったのか、彼女の体が揺れたのを見逃さなかった。
熱を孕んだ野獣の瞳
(それはどこまでも貪欲に、全てを喰らいつくすまで止まらない)