あの人の面影



「お帰りなさいまし、ハイネ様」




マンションに帰ると、ノボリが玄関で三つ指をついて出迎えてくれた。








「本日はハイネ様は早めのご帰宅ということでしたので、舌に合うかどうか分かりませんがご夕食を作らせて頂きました・・・ッ!!ああ、なんということでしょう、ストッキングに泥が付いております!!ハッ、しかも微かに綻びが・・・まさか破けて!?ハイネ様の美しい足に傷が付いていたらどうしましょう!?雑菌が体内に侵入したら一大事でございます!!ああああハイネ様のご帰宅に合わせてお風呂に湯をはらせておいたのが役に立つとは!!

ささっ、お脱ぎ下さい
今、ここで!!」













・・・私は普通に立っていただけなのに、ストッキングの伝線を発見したらしいノボリが突然「脱げ!」って・・・

それじゃあ私着る服ないじゃない。

あ、だからお風呂にお湯はっておいたのね?
妙なところに気が回るのは流石と言いたいけど、ここ玄関だからご近所さんに丸聞こえじゃないかしら。








「ノボリ、顔を上げて」

「?・・・はい」







汚れが付いているのは裾部分。

床に膝をついているノボリは私の指示に何か期待したのか、カァっと顔を赤らめた。











「銜えなさい?」















上から見下ろす私は、床に膝をつくノボリの銀髪をくしゃりと撫でる。













「(あ、この体勢じゃあきついかしら)」







すとん、と私が床に座りノボリに汚れた方の足を出すと、おそるおそるといった様子で顔を近付け、肌を傷付けないよう少しだけ噛みついた。

ずる、と脱がそうとするものの、なかなかうまい具合に下がらないのかノボリは眉をしかめた。











「・・・私、お風呂に行きたいのよ。

ノボリは汚れが気になってるんでしょう?雑菌だか何だかが私の体の中に入ってくるのを防がなきゃいけないんでしょう?」

「ハイネ、様・・・ふ、っく」

「そんな中途半端なところを銜えてるから遅いのよ?」










棘を含むいい方をすれば、意味を悟ったノボリは耳を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに後退した。










「ん・・・ッ」









するする、とストッキングが下げられ、黒と真逆の白い肌があらわになる。


私も多少は恥ずかしいけれど、彼が顔を赤くして目に涙をため僅かに興奮したように息を乱す姿が見れるのだから気にしてはいられない。


私より色気があるんじゃないかしら、と思いながらほくそ笑む。

















「うふふ、ノボリ可愛い」

「ハイネ様・・・は、意地悪でございます」

「相手がノボリだからよ」

「・・・・・・本当に、わたくしだけでございますか?」










いじらしい質問に答えずに、笑みを深める。












「そうね、ノボリに対してだけよ。優しいのも意地悪なのも、厳しいのも怒るのも」

「・・・わ、わたくしもです」

「ノボリが可愛いから意地悪したくなっちゃうの」







同じ目線のノボリの顎を持ち上げ、鼻先に軽いキスを落とした。

びくりと身体を大げさに揺らす彼に笑いかけると、ハイネはその横を抜け、脱衣所の扉に消えて行った。








「ハイネ様・・・」








その場に残されたのは未だハイネの温もりが残るストッキングと、それを握りしめているノボリだけだった。

































少々熱めの湯に浸かり、ふぅとため息をついた。





「疲れた・・・」







久しぶりに会った依頼主と、「なかなか会えないから」という理由で軽く二時間はカフェで話に花を咲かせていた。

いや、話をしていたのはほとんど彼女だ。
私は相槌を打ってたまに意見を言うくらい。
今まで取引相手のことを気にしたことがないためどんな会話になるのだろうと思っていたが、女性特有の恋バナになる訳でもなく平凡な世間話ばかりだったことには驚いた。
大抵はあの街のショップは安いとか待ち時間が少ないとか、ジムリーダーがお忍びで来るパン屋があるとか、ありきたりなこと。


しかし、中には少し気になるものもあった。















「ポケモン愛護団体ねぇ・・・」








流石博士と繋がりのある人物と言うべきか、一般人は入手しにくい情報も世間話として出してくる。私も博士と顔見知りだから知っているだろう、と思ったのだろう。話を合わせてはいたが、初めて聞く話だった。社交性のない私には到底縁のない話しの寄せ集めだが。


本人はなんとも思っていないだろうが、この情報を私に話したことが協会に知られれば彼女はきっとタダでは済まない。

















「ポケモンのいない世界―――一緒にいるべきではない、ね」












ぷく、と水泡を一つ吐き出す。




アララギ博士はイッシュを代表する博士ではあるが、イッシュには古い伝説があるだけに、多くの学者や博士がいる。

しかし、その一人一人は独自の考え方を持っていて、似通っていても“まったく同じ”思想を唱える者はいない。イッシュ建設当時からずっとそうだったらしい。

イッシュは、他の地方より発展している。機械も、人も、生活の中に溶け込んでいる。
随分と進歩しているが、今まで人間とポケモンは寄り添い、助け合って生活してきたのだ。


・・・それなのに、最近になって“人間が関与しない方が彼らはし幸せなのではないか”と言う学者や博士が増えてきているらしい。そんな彼らが徒党を組み、何かとアララギ博士に反発しているとか。
















「馬っ鹿じゃないの」






人間とポケモンを切り離すなんて、絶対にできないのに。




ハイネは嘲るように水面を叩くと、バスタブに乳白色の液体を入れた。




























































そんな思考回路は昔のあの人とどこか似ている





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