醜い独占欲




「あの鉄面皮のサブウェイマスターには同棲している恋人がいる」





カズマサがノボリにお弁当を渡してからというもの、ギアステーション内ではこんな噂が職員の間で持ちきりだった。

ハイネは噂にされることを嫌ってカズマサにお弁当を託したのだが、今や直接届けた方がマシだったんじゃないかと思わざるを得ない状況になっていた。


うっかり口を滑らせたノボリが気を戻した時、聞き耳を立てていた職員らがカズマサを取り囲み詳しい説明を要求していたことから始まる。


カズマサとハイネが会話しているところを見ていた受付嬢がいたのだ。


彼女は、最初はカズマサの彼女だと思ったとのこと。
しかしハイネと彼の様子を観察していると、視界に入るカズマサの顔がやけに赤く、挙動もおかしいことに気が付いた。お弁当らしき包みを渡していたが、そのバンダナの柄がなんとなく彼のイメージとはかけ離れていて、違和感を感じたらしい。ちなみにバンダナの柄は、黒い生地にモンスターボールのワンポイントだ。








「まっすぐで綺麗な黒髪、すらっとして華奢なのに、存在感は人一倍という雰囲気でした。あ、でも胸は大きかったかも。顔は・・・受付に背を向けてたから分かりません、人も多かったですし」







ノボリの職場での印象は「仕事中毒で人生を鉄道に捧げた恐るべき上司」だった。
もちろん顔が整っているという事もありファンもいるし告白する女性も後を絶たなかったのだが、片割れとは違い女性関係のスキャンダルはまったくなかった。

大人の色気たっぷりの美女やナース、元気いっぱいのミニスカートに愛らしさが売りの園児に眼もくれない。むしろ仕事に恋をしているような人間だったのだ。




そんな彼の、恋人発覚。


しかも超絶美人。


噂にならない方がおかしい。


ノボリが口止めしても時すでに遅く、瞬く間に噂は尾ひれをつけてギアステーションに広まっていったのだった。
























「嗚呼・・・なんということでしょう」







わたくしとハイネ様の関係は友達以上恋人未満、といったところでしょうか。
いえわたくしは彼女に対して友達や恋人以上の想いをこの胸に抱いているのですが、彼女の態度から恋愛感情の色はまったく読み取れないのでございます。そうですね、主人と下僕のような関係・・・わたくしが勝手に彼女の傍にいるだけなのですが。

わたくし、自分の容姿については理解しております。
見ても分かるように身長だけは伸びても体格は一般男性以下のわたくしは、夜道を一人で歩けば暴漢に襲われることもあり嫌でも分かりました・・・その度にクダリに助けて頂くのですが。双子だというのにクダリは意外と筋肉質な身体なのです。対するわたくしはというと、まるで筋肉がないのでございます。同じ顔をしたクダリには女性が群がるというのに、わたくしの方には・・・その、男の方が目立つのでございます。何故でしょう?クダリにそう聞くと怒られてしまうのですが、わたくしこれでも男児です。



そう、ハイネ様と再会を果たしたあの日も、悲しいことに路地裏に連れ込まれかけていました。
























「私の帰り道で不純異性交遊?いい度胸してんじゃない、この屑。その活きのいいブツ、二度と使い物にならなくしてもいいのよ」











ああなんと勇ましい・・・彼女こそわたくしの救世主なのでございます。


その時はお互い幼馴染だという事を忘れていたのですが、面倒事を嫌がって立ち去ろうとするハイネ様を無理矢理引きとめて名前を教えて頂いた瞬間に、過去を思い出したのでございます。

過去といっても十数年は前のことで顔もおぼろげにしか思い出せませんが、生まれ持った雰囲気といいますか、あの艶やかな黒髪だとか色の違う左右の瞳だとか、当時と変わりなくあったのですぐに分かりました。







「・・・あら?同性?やだ面倒事に首つっこんじゃったわ」



侮蔑の視線、とでも例えればよろしいのでしょうか。
彼女は私を押し倒していた男性を地に沈めると(方法は一瞬だったので見ていませんでした・・・)、うつ伏せになった身体を蹴り上げ仰向けにし、なんと恐ろしいことに局部をそのまま踏み潰したのです。男性は気絶していたのですが痛みからか意識を取り戻し、目を剥きか細い悲鳴をあげて、けれどその悲鳴さえもごぼごぼと口から溢れ出る泡に飲み込まれ、再び意識を失ったのでございます。


ええ、正直他人事ではないなと思いました。


ポケモンを使った訳ではありませんが、いくらなんでもやりすぎだろうと・・・




「相変わらず生温いわね、こういう屑は去勢でもすればいいのよ」
「ノボリは優しいからそんなことできないんだろうけど、ね」









青ざめるわたくしとは対極に、目を爛々と輝かせ熟れた果実のように赤い唇を舌で舐める姿は妖艶で、いけないと思いながらも見惚れてしまいました。きっと頬も赤く染まっていたでしょう。

ぞわり、と背筋が泡立つような快感がわたくしの身体を駆け巡ったのでございます。

彼女に罵られたい・・・あの凍てつく瞳にわたくしを映して欲しい・・・艶やかな黒髪をそんなに伸ばさないで欲しい・・・・貴女様の鈴のような音の声を聞くのはわたくしだけで充分なのでございます。彼女は外を出歩くだけで邪魔な虫を連れてくるのですから、家の中にいる間だけはせめてわたくしの主でいて欲しいのでございます。
見た者を骨抜きにする彼女の冷たい微笑みは、この鉄面皮と呼ばれたノボリの涙腺を弱めるほどの威力でした。女性の前だというのにみっともない、そう思いながらも次から次へと溢れ出る涙をとめることはできませんでした。

一目惚れですか?
ええそうですね、上等です。




彼女は救世主などではなく、わたくしの同棲相手なのです。
神という存在があるならば―――ハイネ様という女性を私に与えて下さったのは、運命なのでございます。


わたくしは彼女に心を奪われてしまったようです。

けれど、傍にいるためには同棲相手という立場が一番良いのでございます。



ああなんて歯がゆい。

けれどこれで彼女はわたくしの―――わたくしだけの。


































「ねぇねぇ、クラウド、なんかギアステーションの皆、最近そわそわしてる。何かあったの?」

「え?ああはい、そうですね」

「ノボリぎこちない。どうして?」




クラウドがダイヤを確認している途中、ダブルバトルに挑戦者がいないのか白ボスことクダリがお菓子の入った袋を抱えながら寄ってきた。きょろきょろと周囲を見回し、人がいないことを確認しているようだ。





「今ノボリいない。聞くなら今しかないでしょ?」

菓子屑をつけたままの頬でにかっと笑いながら問われるのだが、どう答えればいいのだろうとクラウドは焦った。




「く、黒ボスに聞かれたらまずいんですか?」

「えっとね、ノボリの態度がおかしいから変だなって思って・・・ボクに隠し事しないっていったのに!教えてくれないからボク勝手に調べるの!!」

「いやいやあかんでしょう、黒ボスが知られとーないんやったら変に探り入れたらあかんですよ?」

「いーの!」



そうか、白ボスはしょっちゅう逃げ出すから勤務室にいないしバトルの仕事ばかりやるから黒ボスの恋人の噂について何も知らないのか。つか本人から聞いてないんか?

ぷー、と目の前でふてくされるクダリに同情し口を開いた。




「・・・数日前にですね、黒ボスに弁当届けに来た超絶美人がいたんです。あ、実際に弁当を受け取ったのはカズマサなんやけど、他の奴らも見たいって話になりまして・・・おそらく噂の中身はその女性の特徴やと思います。白ボスは知らんでしょうが、カズマサが黒ボスに色々厄介なこと質問してからこんな水面下での騒ぎになってしもて・・・」

「カズマサがノボリに質問?」

「“恋人だったりするんですか”って聞いてました。まぁすぐに“私たちは古い知人でございます”って返されてしまいまして」

「知人?」





どこか納得いかないのか、クダリは首を傾げううんと唸った。





「白ボス、本当に黒ボスから何も聞いてないんですか?」

「うーん・・・ノボリから恋人なんて言葉でてこないよ。でもね、ボクもっと気になることできた」

「え?」

「ボク達、」






















「古い知人なんていないんだよ」








































嘘をついているようには見えない




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