美しい女性





新人駅員のカズマサは、渡された黒い包みを片手に、事務室の扉の前で固まっていた。




「ど、どうしよう・・・知り合いっぽかったけど、今黒ボスの機嫌最高に悪いよなぁー・・・」




あたふたと右往左往する様は、駅員の制服を着ていなければ不審者と間違われてもおかしくないと思う。だが幸いなことに、他の駅員は自分の持ち場で仕事しているのか事務室の前を通りかかることはなかった。それがカズマサの決心を鈍らせてもいるのだが・・・


それよりなにより、機嫌の悪い黒ボスことノボリに目をつけられると地味に仕事に影響が出てくる。

次の日に回るはずの書類がたっぷり机の上にのっていたり、やってくる挑戦者を最後尾まで通さないよう容赦なく叩き潰せ、できなかったら減給等、ある意味嫌がらせより質が悪いやつあたりをされるのだ。






「はぁ・・・」






やけに重たい包みに挟まれた、鮮やかな赤い花の髪飾りをもう一度まじまじと見つめる。






「これを見せてから渡して欲しいってことは・・・っていうかお弁当を渡す仲ってことは、恋人、なのかな」





カズマサはつい先ほどまで話していたハイネの笑顔を思い出し、髪飾りに触れた。
ふわり、と甘いような花の香りがして頬を緩めると、よし、と一息ついてドアノブに手をかけた。




のだが。







「カズマサァァァァアア!!お前どこほっつきあるいとったんやァァァァアアア!!!」

「くっ、くくクラウド先輩ぃぃぃぃい!?

あっ、いたいいたいいたい、痛い、ですってば、ちょっとぉぉぉお!!!」






だだだだだと走る音が聞こえたかと思うと、次の瞬間カズマサは吹き飛ばされていた。
突然の衝撃に目を白黒させていると、襟首をがくがくと強く揺さぶられ首が絞められる。






「せせせ先輩すいませんでしたぁ、また迷ってしまいまして・・・!!」

「お前・・・だからあれほど言うたやろが!!」

「うう・・・すいません」

「はぁ・・・・・・もういいから仕事戻り、ボスも一応探しとったんやで」

「ボス・・・」





そこで、ふと自分の両手を見た。



あれ





 お 弁 当 が 





  な  い








「う、わぁぁっぁぁぁああ!!!」



まままままさか今の衝撃で吹っ飛んだ!?



ぶんぶんと頭を振って周囲を見渡し何かを探す仕草をするカズマサ。

その変わりようにクラウドはびくっと身体を強ばらせたが、自分の足元に落ちていた包みを目にするとなんとなく察した。







「カズマサ、これか?」

「あああぁ、それですそれです。よかったぁぁぁあ」





クラウドから包みを受け取ると、親の形見のようにぎゅ、と胸元で抱きしめる。





「弁当か?いつも売店で済ましとるお前にしては珍しいもんもっとるな」

「いえいえ違いますよ、黒ボスに渡して欲しいって女性から頼まれてたんです」

「あー・・・そういえばなんか今朝昼飯忘れたとかぼやいとったわ。ファンからの贈り物は受け取るなって言われてたみたいやけど・・・なんか、この包み黒ボスらしいわ。ええんちゃう?知らんかったらカズマサが食べればええし」

「ですよね、ファンの子からの包みはもっと派手でしたし・・・捨てなくてよかった・・・!!」

「まぁ、早く渡してきた方がええと思うで。エラい機嫌悪かったさかいに、みんな怯えながら仕事してん」





からからと笑うクラウドは苦笑するカズマサの肩を叩くと、事務室の扉を開けてさっさと中へ入っていった。
それを追うようにカズマサも一歩足を踏み入れるのだが、なんというか・・・空気が濁っている。重い。どんよりしている。机に向かう職員の表情は強ばっていて、仕事する手を休めようとしない。勤務中だから当たり前の光景なのだが、いつもの穏やかな事務室の雰囲気の欠片もなかった。




「・・・」




より一層ピリピリとしたオーラを発しているのは、やはり黒ボスノボリ。

クラウドの机を見ると、何やら自分に向かってしきりにジェスチャーしている。
早く渡せという事なのだろう。





え、この空気の中渡さなきゃならないんですか。
何その鬼畜プレイ。怖すぎる。

そして自分たちのアイコンタクトに救いを感じた職員が縋るような視線を向けてきた。








「(生贄・・・)く、黒ボス」





声をかけると、ギロッ、と鋭い目がこちらを向いた。






「・・・・・・ああ、カズマサですか。よく戻って来られましたね。早く仕事なさって下さいまし」







そして自分の姿を確認したあと、興味をなくしたかのように再び書類に視線を落とす。
言葉通り早く仕事をしたいのだが、包みを渡さないことには自分の仕事は始まらない。


カズマサは包みに髪飾りが挟まっているのを確かめると、それをノボリの前に差し出した。








「・・・これは」


「ええと、ギアステーションで迷子になっている時に助けて下さった女性から、黒ボスに渡して欲しいとお願いされました」

「カズマサ・・・貴方、ファンの贈り物は断りなさいとあれほど申し上げたのに、聞いていなかったのですか?」

「!!あああ、名前は伺っておりませんが、これを見せれば分かるとのことで」

「・・・・・!」






あの女性に心当たりがあるのか、髪飾りを目にした途端さっと顔色を変えた。

うーん、なんだろう・・・まさか、っていうより「少し期待外れ」みたいな、自分が思ってたのと違かったみたいな。
お弁当を手にして少し悲しそうに俯いた黒ボスは、髪飾りを大切そうに引き出しにしまうと小さな声でありがとうございますと言った。




事務室に漂っていた不穏な空気が幾分か薄らいだような気がした。









「カズマサ・・・その女性は他に何かおっしゃっていませんでしたか?」

「?いいえ、特に何も・・・」

「そ、うですか」








あ、落ち込んだ。
ずーん、という効果音が付きそうなほど暗くなった黒ボスは、仕事をする手すら止めて包みを見ていた。え、なに?何事?さっきまで超絶不機嫌だったのに、今度は超絶ブルーですか?感情の浮き沈みが激しすぎてついていけないのですが。

何か彼女に伝えることでもあったのだろうか。
ここまで持ってきて欲しかったのかな、と思いそのまま黒ボスを眺めていると、肩が震えていることに気がついた。










「黒ボス、やっぱり直接お会いになられた方がよかったですか?今ならまだギアステーション内にいるかと思いますが・・・」

「い、いいえ、なりません」

「でも・・・」

「いいのです、ええ、構いません。こうやってギアステーションにまで足を運んで頂いたことに感謝するべきなのです。別にわたくしに会いに来て下さらなかったからと言って悲しんでいる場合ではないのでございます・・・ええそうですとも、」

「え、いやあの、彼女とはどういったご関係で?」

「ごっ、ごごご関係ですと?わたくしたちは知人でございます!ええ、断じてそれ以上の関係はありませんとも!!いくらわたくしが恋慕おうともあの方にそんな気持ちは露ほどもないということは身を持って存じ上げております!ええ、ええそうでしょうとも!!そうでなければわたくしが夜遅く他の女性の香りを漂わせて帰宅しようと夕飯はいらないと連絡しようと我関せずと言わんばかりのあの冷たい態度・・・い、いえ、それに不満がある訳ではありませんが、放置とは・・・はっ、まさか放置プレイだったのでしょうか?まさかそういったご趣味が?ああそれならば何故私に言って下さらなかったのですかハイネ様・・・」







普段の彼からは想像もできないほど荒れている。

職員全員が思ったのは、「あれ、この人本当にノボリさん?」だ。
自分の机に突っ伏しておおおおお、と打ち震えている鬼の上司。その姿は仕事中のあの冷徹と恐れられた姿がまったく見えない。



関係を聞かれてうろたえる姿はまさに恋する乙女だ。



そしてもう一つ、冷静沈着な上司をここまで豹変させる女性とは何者なのだろうと。















その後、昼食の時間に片割れがやってくるまで上司の混乱状態は解けなかった。


ちなみにお弁当の中身はカズマサが落としたことによって悲惨な状態だったことは言うまでもない。















よし、とりあえず名前は分かった




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