行方知れずの彼女
「ハイネ?もしかしてノボリの恋人の?」
「え、ハイネさんてノボリさんの彼女だったんですか?」
部屋中の視線がこちらに集中し、彼らの意識がモニターから移った。
思いもよらない人物の浮上に困惑半分、問題が問題だけに好奇心でしゃしゃり出ることができない、といった様子の駅員の微妙な表情が気に食わない。
「・・・何です?」
じとりと睨みかえせば、総じて彼らは言葉を詰まらせる。
疑っているのだろう、彼女を。
いや、疑うも何も本人だからとしか言えないが、自分のポケモンを傷だらけにした挙句ろくな治療もせず置き去りにしたと誤解されたのでは可哀そうだ。
「・・・ええ、確かにハイネ様です。ムウマージも彼女の手持ちで間違いございません」
「ッなんで黙ってたのノボリ!自分の恋人だから?」
「はぁ、まったく。彼女はわたくしのこ、恋人ではないと何度言ったら分かるのです」
「そんなの今は関係ない!ノボリは、自分の大切な人が可愛がってたポケモンを捨てるなんて酷いことしたって、思いたくないだけ!!」
信じられない、と目を剥いて憤慨するクダリ。
黙っていたのは、そんな下らない理由ではない。
「わたくしには、ハイネ様がムウマージを捨てたなどと、到底思えないのでございます」
「そ、そうですよクダリさん!僕もハイネさんとは何度かお話したことありますけど、そんな自分のポケモンを蔑ろにするような方に見えませんでしたよ!?」
「じゃあ!なんでムウマージはここにいるの!!」
「それは・・・」
「ほら!」
何故か、理由が分からない。
それみたことか、と睨むクダリの視線を遮るように帽子のつばを下げる。
彼女の考えを読むことなど、できないと分かっていながらもつい思い描いてしまうその姿。
何を見て、感じ、思い、考え、表現し、行動するのか―――そもそも、他者に対して“情”を抱くのかすら知らない。
自分が彼女から受け取る“愛”は愛玩動物へのそれと等しく、いわば一方的に与えられるだけの遊戯染みた茶番でしかない。庇護し、愛でるだけのソレに、見返りなど誰が求めようか。
「ノボリ、騙されてるんじゃないの?だっておかしいじゃん、あの子、ギアステーションにいたってことは“迎えにきてくれるかも”っていう期待があったからでしょ?ここなら迷子ステーションもあるし強いトレーナーしか来ないから“気付いてくれるかも”って思ったってことでしょ?
なのに、来ない!連絡もつかない!捨てたんだよ、あの子を!!」
「口を閉じなさい、クダリ!!」
「なんで?この状況で?無理だよ!!」
「あの方が、あんなに大切にしていたポケモンを捨てるなど」
そこまで言いかけて、気付いた。
捨て、た?
「・・・クダリ、何故捨てられていた、と?」
自分はずれた考えを持っていたのだ。
“捨てた”など、誰が言った?
自分は、ムウマージは置き去りにされたとばかり思っていたけれど、クダリは言い切ったのだ。
「え?」
「答えなさい」
僅かに震えた声で問いかけると、そうくると予想していなかったらしい呆けた顔のクダリが口を開いた。
「だって、回復装置に入れる時はボールに入ってもらわなきゃ。あの子、空のボールに入った。それって、捨てられたってことでしょ?」
「―――ッ!!」
思わず、口元を抑えた。
なんて浅はかな考えで彼女を擁護しようとしていたのだろう。
確かに、単純に考えて見ればそれはトレーナーに見捨てられたポケモン以外にない。しかし、彼女はムウマージを見捨てたのではない。そんなことをするような人間ではない、断言できる。
そうだ、答えは最初から一つしかない。
“逃がした”のだ。
「黒ボス!大丈夫ですか!?」
あまりのショックに動揺し、テーブルに手をついた。
それが思ったよりも強い力だったらしく、まだ中身の入っていたカップが床に落ちてしまったがそんなこと気にしていられない。
「ナニカ、思ウコトガアルノデスネ?」
「・・・ええ、実にあの方らしい」
「え?え?どういうこと?」
「彼女は、ムウマージを捨てた訳ではないのです」
意味は言葉の通り。
「わたくしは、あの方が持つ異常なまでの自尊心をよく知っております」
主のいるポケモンはボールに入れることができない。
ムウマージはボールの外で行動することの方が多いけれど、だからと言って専用のボールがない訳ではない。そしてそのボールはハイネが持っている。
クダリが言ったように、空のボールにすんなり入ったという事は、主であるハイネが持つボールが無効化―――捨てたか、破壊されたかの二つしかない。
非情だ、と言ったが、彼女がポケモンに対して理由もなく酷い仕打ちをするとは思えない。
むしろ、そうせざるを得ない程切迫した状況に追い込まれているのではないか?
「おそらく、故意に逃がしたのでしょう、そんな状態で、ムウマージを」
「・・・ノボリ?どうしたの?」
いっこうに次の台詞を吐こうとしない自分を不審に思ったのか、クダリが顔を覗き込んできた。
「えぇっ、泣いてるの?」
その言葉に、緩く首を横に振った。
「でも、泣きそうだよ」
「嬉しいのでございます」
あの方が―――決して自分を見せようとしない彼女が。
「わたくしを、頼って下さったのですから」
それより少し前のこと、場所はリュウラセンの塔上空。
「さて、アナタにはしばらく大人しくして頂きましょう」
そう怪しげにうっとり笑う男の腕には、瞼をつむったままのハイネがぐったりと力無く抱かれていた。
「いつか本気のアナタと戦いたいものですねぇ・・・
マサラタウンのハイネ」
いつかまた、昔の貴女と