傷だらけの彼女の相棒
「・・・オカシイデスネ」
キーボードをかたかたといじっていたシンゲンは、モニター上で点滅している“ERROR”の文字に首を傾げた。
「おかしいって、なにが?どういうこと?」
シンゲンの座る椅子の後ろからモニターを覗き込むクダリは、先ほど回復装置の中に入れてきたばかりのムウマージの様子が気になるのか、しきりに体を揺らしていた。
そんなクダリの後ろでは、いくらか顔色の悪いノボリが、切羽詰まったように真剣な目つきでモニターを食い入るように見つめていた。
「イエ、チョット飼主ノデータガ見ツカラナクテ」
「なにそれ、あのムウマージが一回もトレインに乗ってないってこと?そんな訳ない、あの子すっごく強い!もっとよく探して!!」
「ムウマージナンテ珍シイポケモン、スグニ分カルと思ウンデスケドネェ・・・」
「・・・・・・」
シンゲンが何度検索しても、画面に出てくる“ERROR”の文字は変わらない。
次第に苛々し始めたのか、クダリは手袋の上から爪を噛んだ。
対照的にノボリは時間を置いて冷静さを取り戻したようで、別のパソコンから管理ファイルにアクセスして今の状況を把握しようと頭を働かせていた。
「(あのハイネ様がそう簡単に情報を提示するとは思えません)」
バトルトレインに乗車する際には、トレーナーカードか身元の分かるものの提示をすることが義務づけられている。もしくは、名前、住所、連絡先を直筆で書いてもらわなければならない。
これは預けたポケモンが逃げ出したり迷子になった時に使われ、それ以外に使う事は禁止されている。大いに役立ってはいるのだが―――いかんせん、バトルトレインを利用しない一般の乗客のデータまで入っていないことが難点だった。
サブウェイには至るところに監視カメラが設置されているものの、ムウマージはゴーストタイプ、今回はあまり意味がなさそうだ。
「(・・・やはり)」
彼女はシングルトレインに乗っている。
だから、登録されているデータの中にはあるはずだ。
しかし、ムウマージの飼主データは“ERROR”。
トレーナーカードを提示しなかったのか、記入されている情報は出鱈目なものばかり。ライブキャスターの番号にかけても繋がらない。
本当にハイネのムウマージか?
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、切り傷だけではない咬み痕、抉られたような痕、状態異常が重なった危険な症状の数々に耐えられるようなポケモンを育てるのは、自分が知る限り彼女くらいだ。
一緒に暮らしているとはいえ警戒心の強い彼女のことだ、きっと自分が知っている番号もその気になれば捨てられるのだろう。
「ッ・・・」
カチ、とモニターの電源を落とし、拳を握る。
僅かに汗ばんでいるのが分かった。
「はー、参った参った」
「クラウドさんはいつもお疲れのようですね・・・」
「そう言うなや、厄介なお客さんも・・・あれ、ボスら何してるんですか」
と、その時扉を開けて入ってきたクラウドとジャッキーは、モニタールーム内に漂う緊張感を感じ取ったのか、子供のように爪を噛むクダリに近寄ってきた。
「ほら、あんまり爪を噛むとぼろぼろになりますよ」
「だって・・・」
「クダリボス、モシカシタラジャッキーナラ飼主ノコト分カルカモ」
「え、何の話ですか?」
シンゲンの言葉に、クダリはしばし考えて頷いた。
「そっか・・・ねぇ、ジャッキーは今までムウマージを連れたトレーナーって見たことある?」
「ムウマージ?ムウマの進化系ですよね、確かジョウト地方の・・・ええ、何人かは見たことがありますよ」
「何人かじゃダメ!その中で一番強いムウマージ連れてた人!!思い出して!!!」
「そんなこと言われても・・・そういうことなら、ジャッジさんに聞いた方が早い気がしますよ」
堂々巡りというか―――
タイミング良く迷子になっていたカズマサを連れて来ていたジャッジをクラウドが拉致し、モニタールームに連れ込むまで、ノボリはその様子を黙って見ていた。
「え、強いムウマージを連れた人?もしかしてハイネさんのことですか?」
気にした風もなくそう言ってのけたジャッジに、ノボリはかつてないほどの殺意を抱いたという。
分からない、貴女様は今どこにいらっしゃるのですか