自分らしく
「ハイネ様、わたくし本日より三日ほど夜勤のため家をあけますので・・・」
「あら、そうなの?」
朝。
少し濃いめのブラックコーヒーを飲んでいる途中、申し訳なさそうに眉を下げているノボリが言った。
「サブウェイマスターも大変ね、挑戦者に雑務にファンに追われて・・・朝から連勤になるんでしょう?」
「いえ・・・そのようなことは。書類の整理も含めて、わたくしの好きな鉄道の仕事ですので」
そう言って玄関に向かう彼に続き、私もカップを置いてそれに続く。
「ノボリ、ネクタイ曲がってるわ」
「わ、わたくしとしたことが」
「ふふ、私と離れるのがそんなにショックだった?ちょっと、かがんでくれないと届かないわ」
「も、申し訳ございません」
「もう・・・・・・ほら、できた」
「ありがとうございます」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
微笑んだついでに手を振れば、幾分か照れたノボリがポッと顔を赤く染めながら、恥ずかしそうに小さな声で「行ってきます」と言った。
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正直、今の私は気が緩んでいた。
イッシュに来て数カ月―――仕事も順調にこなしノボリとの共同生活も何ら問題なく、そして人に目をつけられることもなく平穏な日々を送っている。私自身は、これで満足しているのだ。
けれど―――彼ら、私の手持ちたちはバトルができない現状をストレスに感じているようだった。確かに、それはそうだ。目立つからという理由で外に出られずバトルもできず、かといって地下のバトルサブウェイへ行けば良くも悪くも注目を浴びる。安寧の場である家も、彼らにとって休息の場ではない。そういった意味で言うならば、彼らはノボリとの共同生活に大反対していた。毎日バトルができる彼の手持ちと、それができない私の手持ち。
「ムウマージ」
呼べばふわふわと漂いながら傍にやってくる彼女。
彼女もきっと、本当はバトルがしたいのだろう。最後尾まで辿りついた客とのバトルが楽しかった、と興奮して話すノボリを羨ましそうな目で見つめていることが最近多くなったから。そういえばサブウェイに行った時もなんだか嬉しそうだった気がする。
私が仕事の際に連れて行くポケモンたちと、旅をしていた頃のメンバーはまったく違う。ムウマージはボールに入らなくても姿を自在に消せるため連れ歩いているが、他のメンバーは大柄で、一目で違う地方のポケモンだと分かってしまうのだ。
仕事では、イッシュでよく見かけられるレパルダスやブルンゲル、ハーデリア、ムンナ、メブキジカなどを上司から借りていた。
私の旅はカント―から始まった訳で、要するに手持ちは全てカントー、もしくは隣りのジョウト地方のポケモンたちだ。しかもいくつものジムを渡り歩いたため、レベルが半端なく高くて強い。おまけにプライドまで高い。誰に似たんだろう・・・私か。
「・・・ノボリもいないから、家の中なら好きにしていいわ」
この言葉をどう受け取ったのか、ムウマージは口端を吊りあげたかと思うと、すぅ、と靄のように消えてしまった。直後、数個のボールを宙に浮かべた彼女が例の笑い声をあげて目の前に現れた。
・・・私の考えは全てお見通しだったようだ。
ボールはを座っている私の膝の上に落ちてきて、カタカタと揺れる。
「仕方ないわねぇ・・・出てきなさい」
ぽふん、
開かれたボールから姿を見せた、懐かしい彼ら。
望むようにバトルをさせてやれないなら誰かに預けてしまえばいい、地方の友人が名乗り出てくれたこともあったし、アララギ博士にも同じことを言われた。ポケモンが可哀そうだ、とも。
ならば野生に返してしまえ。
それも無理だ、生態系を壊してしまう。
だからといって彼らのレベルに見合う野生ポケモンがいる場所といえば、シロガネ山か各地方のチャンピオンロードくらいしかない。むしろ四天王の誰かに預けた方がバトル相手には困らないのかもしれない。
レベルが同じくらいならいいのか?
駄目だ、環境が違い過ぎる。例えばの話だが、いくらレベルが高くても炎ポケモンは水中で生きることはできないのと同じ。彼らには相性というものがある。
「リザードン、」
一番最初に出会った。
ムウマージを相棒として先頭にたたせているが、旅のパートナーとして譲り受けたのはヒトカゲの頃の彼だった。
ごつい見た目に反して甘えたなところは昔から変わらない。
そして今も、低い天井の中を、真っ先に寄ってきてくれた。鼻先を撫でてやれば、ぐるると喉を鳴らし目を細め、力強く頬ずりしてくれる。
温かい身体にそっと身を預ければ、途端足元からぴりぴりと微弱な電気が流れてきた。
「サンダース・・・いたっ、こら、痺れるからやめなさい」
視線を足に向けると、体中から青白い電気を迸らせているサンダースが私の足をスリッパの上からだしだしと踏んづけていた。
普段は大人しい控えめな性格をしたサンダースがこうも攻撃的になるとは・・・よほど寂しかったらしい。
その後ろでおろおろとこちらを見ているエーフィーは、どうやらサンダースのように私に突撃するかサンダースを止めるべきか迷っているようだ。二又に裂けた尾が上がったり下がったりしている。この二匹の妙な力関係はよく分からない。
「はぁ・・・・・・あら、貴女はいいの?」
我先にと前に出てくる彼らより一歩下がった場所にいるのは、くぅ、とあくびをしているカイリュー。 ボールから出てきたときは僅かに周囲を警戒していたが、バトルができないと分かるや否や途端に興味をなくしたらしい。撫でれ撫でれとアピールしている手持ちを眼下に見据え、眠たそうに目をまたたかせていた。
余裕の表情である。
ドラゴンという種族のせいなのか寿命が他のポケモンに比べて遙かに長く、そのため手持ちの中で唯一年が分からない彼女。特攻の癖に昼寝が好きというのだから、自己主張が激しくないところからもきっと手持ちの中で保護者的な存在なのだろう。
くい、と髪を引かれてそちらに目を向けると、一つだけ開いていないボールを持つムウマージがジト目でこちらを睨んでいた。
「リザードンにサンダースにエーフィーにカイリューに・・・」
そうだ、と手を打つ。
「ムウマージ、そのボールは寝室に置いてきなさい。
・・・起こしたら殺されるわよ」
“殺される”というのは比喩でも何でもない。
その中に入っているのはカビゴン―――起こしたら最後、そこらじゅうにあるものを喰い散らかし満腹になって寝るか、バトルをして体力をすり減らして疲れない限り、その暴走は止まらない。もしくは強制的に眠らせるしか方法がない。ヘタにつつくと人間も食べてしまうのだから厄介なことこの上ない。
まぁ昔の話だが・・・空腹のあまり食べ物と勘違いしてハイネを飲み込んでしまい、ブチ切れた他の手持ち達がカビゴンのHPがゼロになるまで痛めつけたのは記憶に新しい。
その事件を思い出したのか、ムウマージは引きつった鳴き声をあげて寝室に戻って行った。
久々に外に出した彼らの姿を微笑ましく思いながら、ハイネはノボリのいない数日をどのように過ごすか考えて―――ふと、いつのまにかノボリ中心の生活になっていたことが分かって、自嘲するように笑った。
私らしくないな、なんて