「お前は私に“誰”を重ねている?」

その問いに、僕はすぐに答えることができなかった。









「僕を拾い名を下さったのは他ならぬ歪夢様です。死ぬまで、この身が亡びるまで何処までもお供いたしましょう」









歪夢様にそう言ったはいいものの、僕は迷っていた。選択肢などあってないようなものだが、歪夢様はあの後「好きにしろ」といった。これは、見限られるのか?ああ嫌だ。絶対に。あんなこと言わなければよかった。もう遅いけれど、昨日の自分を殺してやりたい。喉を切り開き下を切り刻み、歪夢様の耳に僕の不愉快なこの声を届けないようにして目をえぐり取って名も知らぬ零崎の長子へと送りつけて耳も―――――



















「なに考えてるの?」









鈴を転がしたような少女の声が耳に届いた。


ああ、とどこかへ飛んでいた意識を現実に戻すと、目の前には人類最厄、いや零崎屍織が笑みを浮かべながら佇んでいた。僕はカフェにいたことを思い出した。


零崎屍織。


例の客船事件まで名を知る者はおらず、赤い請負人さえも詳細を知らないという、零崎になりたての殺人鬼。どうして此処に?と聞く間もなく、彼女は僕の向かいに腰を下ろした。





「あの客船以来ですね」
「あ、やっぱり覚えてたの?」
「ええ」





少し伸びた銀の襟足を指で軽くいじり、くすくすと僕をみて笑みを深める。ある殺人鬼の面影が見えて、やはり彼は死んでしまったのかと息を吐いた。





「お悩み中?お困りのようだね」
「そうですね、貴女が歪夢様にした予言に、とても困っていたところですよ」
「彼女にだけ宛てた予言じゃないよ?もしかして、捨てられるのが怖いの?まるで妻に愛想をつかされた駄目夫みたいだね」
「怖いですよ。僕は歪夢様に拾われて、名前をいただいてからはずっと彼女の傍らで生きてきました。いや、本当はもっと前――――歪夢様がこの世に生を受けるまで、共にいました。存在を知っていました」






彼女が何かしたのだろうか。


昼間だというのに、店内には誰もいなかった。不気味なくらい静かだ。








「歪夢様は、僕の前の主と瓜二つで・・・違いますね、似ているというよりそのままなんです。僕は以前、匂宮と時宮を代表とした呪い名殺し名全員を含めた。とあるプロジェクトに参加したことがあります。テーマは人類最強の代替品、もしくはそれに近い存在を、自分たちの中から造り出せないかといういかにも人間らしい欲望に塗れた下らない研究でした。

そこで造り出されたのが、歪夢様です」






結果は、大成功。










「気づいているかもしれませんが、僕の前の主は、歪夢様の母君にあたる方です」
























遠い昔のことのようだった。


匂宮で“闘えない”者のはずなのにその姓をもつ女性が、遺伝子提供者として研究所にやってきたことが全ての始まりだった。当時僕は主という存在がなく、この研究のために大厄島から出てきたばかりで、暗殺者としても新米だった。それでも、今よりは闇口らしかったと思う。研究所に集まった人間は、ヒトとして何かが欠落していた。けれどその中でも異彩を放っていたのが、これといって目立つ特徴を持たない匂宮の彼女だった。







「名前を、匂宮虚宵(におうのみや こよい)といいました」






匂宮に名を連ねる癖に体力はなく賢くもない。いったい今までどうやって生きてきたのか疑問を抱く、ごくごく普通の平凡な女性。







「“平凡であることが異常”で、本来いるべき場所にいると違和感のある方でした」
「・・・・・・」
「他の研究者たちは、そんな彼女に恐れを抱いたのか僕を監視役にしたんです。まぁ、あまり意味はありませんでしたが」
「匂宮虚宵がなぜそこにいたのか、知りたいと思う?」
「いいえ、」
「執事さん、君は彼女の何を知っているのかな?」





零崎屍織はいつだって笑っていた。
初めて会った時も。
船で会った時も。
屋敷に遊びに来ている間も。


だが、目の前にいる零崎屍織は笑っていなかった。皮肉るような口元の歪みもなかった。







「存在していいはずのない人間、つまりイレギュラーがいた。その意味を君は知りたいかな?教えてあげるよ、私はいつだって人類最善の力になる」
「どういう、意味ですか?」
「どうもこうもない。人類最厄としてではなく、一人の友人として彼女を救いたいと思っただけだよ?今の君を見ていると優柔不断でどうにも苛々するからね。彼女も優しくなったと思わない?自分と母親を投影しながら日々世話を焼いてくれている親切な美青年が―――――腹の中に得体のしれないモノを溜めていると知りながら、どうして傍に置いておくのだろうね?」
「っ僕は、歪夢様と虚宵をそんな風に見たつもりはっっ!!」
「それはどうだろう?現に、先ほども“瓜二つではなくそのまま”と言った。君は恐れているんだろう?過去に匂宮虚宵を救おうとして、結果彼女を失うことになって、代償として何も知らない彼女が自分の二人目の主になって、受け入れてくれて。また繰り返されることを」
「僕は・・・っっっ!!!」




何も言えない。
反論できない。
呆れかえったような、彼女の声がした。






「・・・もういいよ、君が予言を変えてくれるんじゃないかと期待した私が馬鹿だった」





彼女は席を立ち、僕に背を向けた。
言ってしまう。
これだけは言わなければ。




「僕の、主は、歪夢様ただお一人です」
「あっそ」
「虚宵に会えてよかった。ですが、僕は今歪夢様とともに生きていられることをこの上ない幸福だと思っております」
「ふぅん、じゃあいいこと教えてあげるよ」





彼女が僕の横を通り過ぎた。





「匂宮虚宵は」







「私ね、この世界の人間じゃないの」
「羽衣、あの子はきっと私にそっくりになるけれど、あの子はあの子で私は私だわ。だから、ちゃんと見てあげて」
「あの子の中にいる私を探さないでね」














「十六夜、遅かったな」





屋敷に戻ると、歪夢様が門に寄りかかっていた。

僕の帰りを待っていてくれたのだろうか、いや期待するだけ損だ。







「何かいいことでもあったのか?」
「そう、見えますか?」
「ああ、だらしない顔をしている」






隣に立つと、歪夢様はどこか上機嫌な様子で僕の顔を覗き込んできた。
その距離の近さに、少し驚く。











「良かったな」
それだけ言うと、踵を返して門をくぐり屋敷の中へと歩いていく。その後ろ姿は虚宵とは似ても似つかない。何もかもが違いすぎていた。声も顔も性格も。歪夢様は、歪夢様でしかないんだ。





















「生まれてきて下さってありがとうございます、歪夢様」
彼女が笑った気がした。

















貴女の言葉だけがあればいい




―――――匂宮虚宵は、彼女だよ










羽衣も虚宵も、あの時心中しちゃったんだ。
虚宵が死んで、そっくりな彼女が生まれて、君は彼女に拾われて
これって、奇跡だよね?













悪者はいませんでした。






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