僕は異端の闇口だ。



闇口でありながら人様の前に姿を晒すし、主である歪夢様に意見したり、教育的指導という名の暴力を奮ったりする。他の者はきちんと主の“影”になりきれているが、僕は影どころか歪夢様を覆い隠す盾になってしまっている。

別に、そのことで引け目を感じている訳ではない。
だって、歪夢様は怒らないし、奴隷である僕にとても優しく接してくれている。甘えているつもりはない。歪夢様が僕を必要としてくれている限り彼女の下を離れるつもりは毛頭ないし、仮に不要と判断されても彼女に縋ったりはしないから。


“主と対等に話す”


これがどうにも他の闇口のプライドを逆撫でするらしく、憑依と濡衣によく小言で責め立てられたものだ。憑依と濡衣は血縁者であるが、妹や弟だと思ったことは一度もない。
歪夢様と出会う前はとある研究機関にいて、闇口衆の巣窟だった大厄島にはほとんど顔を出さず、首領として彼らに教育を受けさせた訳でもない。“異端の闇口”として名を知らしめたのは、僕の過去にあるからなのだが、というか以前仕えていた主をささいなことで殺してしまい、二人目の主を持つという普通の闇口ならば到底あり得ないことをやってのけたことが原因だったりする。型破りというレベルで済ませられる話でもないのだ。いや、二人目の主持ちという闇口は今迄にいたのかもしれないが、自分は知らないのだからきっといないのであろう。



多分。




というか、闇口十六夜というプレイヤー自体、ハイレベル過ぎて扱い難いためにどう対処してよいか分からない、とコメントする殺し名呪い名が多い。


まぁもっともな意見である。
名を知らしめたといっても“異端の闇口”というだけで彼に二つ名はないし、実際に会ったことのある赤い請負人でさえも“闇口十六夜”という人物を把握しきれていない。その事実は、裏の世界において不可侵に限ることを立証する。



長すぎる前置きだったが、彼は“暗殺者”というより“執事”に向いているだろう――――――と、赤い請負人が言っていたとだけ告げておこう。




















「十六夜、私はそろそろ隠居しようと思う」
「・・・突然どうなされたのですか?」
「別に」










前触れもなく歪夢様は奇妙なことを口にする。







「このまま匂宮に居座り続けたところで、私には何も残りはしないと分かった。最初から知っていたが、屍織に言われて、ようやっと決心がついた」




愁いを帯びた瞳で庭を眺め、さらりと風にさらわれる黒髪がやけに風流で、どこか神秘的で儚い。
初めて会った時よりも伸びた身長は、僕よりも低いものの女性としてはそれなりに高い。





「人類最厄に、ですか?」
「ああ。ずっとあの予言が気になっていた。屍織がいたから氏神の招待も受け入れたし零崎一賊と同乗することも厭わなかった。同乗することで他の客が殺されても零崎の長子が死んでも私には関係なかった。零崎の四天王が三天王になろうが私には関係ない。四神一鏡のひとりが欠けようとどうでもよかった。私とお前はあの時船を降りたことに変わりはない、ただ、それだけのことだったのだから」







歪夢様もまた、僕と同じように匂宮の中で“異端”だった。人類最強を造り上げる、赤い請負人とは別に研究を進めていた機関によって、とある男女の遺伝子から生まれた失敗作。
欠陥品の僕と、成功作の歪夢様。
失敗は成功の基で、歪夢様という実験を経て“人喰い”兄弟の出来上がり。人類最善としてみるならば、強さはあの人類最強をも凌ぐほど。その実力を買われ匂宮雑技団に在籍しているものの、出夢に技の全てを叩き込んでしまえばお払い箱になることも、承知済みだ。









「出夢と理澄は私を慕ってくれている。私もあの二人は好きだ」
「なら、なぜそのようなことを?出来得る限りのことをしたいのであれば、今はまだ匂宮を離れるべきではないと思いますが」
「お前はそう思うか?」
「はい。少なくとも、あのお二方には歪夢様が必要かと。出夢様はいつまでたっても未完成ですし、エースとなるには精神面が不安定すぎていつ暴走するか分かりません。貴女が消えてしまえば匂宮上層部が黙っていないでしょう。もちろん、機関も」






上層部、と僕が口にしたとたん、歪夢様はフッと表情を消し去り目を細めた。
聞きたくないだろうが、これが僕の役目である。主の矛盾を突き、多面から物事を考えられるように、と助言をしなければならないのだ。













「最強を打ち負かした雑技団きっての神童、暴力の世界において唯一全能である貴女を、脳味噌の湧いた蛆虫以下の老いぼれ共が黙って逃がすとお思いですか?彼らは利用価値があると判断すればどこまでも冷酷に執拗に残虐に非道になりますよ、畜生なんて可愛らしく思えるほどに。塵すらも崇める。同時に“砂漠の蛇”を従えているという非常に甚だしい妄想癖もあります。僕のような奴隷がこんなことを言うのも身分違いですが・・・使い勝手のいい駒が手元を離れたとなると、殺し名序列一位に腰を据えていた雑技団の面目が丸潰れになってしまう。甘い蜜を啜っていた老いぼれ共にとって、それは何にも替え難い屈辱。恥辱。許しがたいことです。本家といえど、分家の者に嘗められることがあってはならない。例え実力の差があったとしても、“そう見られる”ことに耐えられるかどうか、分からないのですよ―――――最悪、歪夢様が消されます」





彼らにとって、私利私欲や自尊心のためには禁忌など障害にならない。
逃げられたら困る。脅威になる。つまり、彼らは歪夢様に言いようのない恐れを抱いているのだ。





「まったく、十六夜。お前は私に“誰”を重ねているんだ?」
「僕は、ただ」
「反抗は許さん。お前は私が誰かに殺されると思うのか?」





眼光が僕を射抜く。
まさか。そんな訳ないじゃないか。
ぞわりと寒気が背中を這い上がる。嫌な汗がじっとりと握りこぶしを湿らせる。





「答えられないか?」



歪夢様の顔が、以前の主と重なって見えた。



「いつもは当たり障りのない意見しか言わないお前が、こんなに饒舌になるとはな。まるで、匂宮から出たくないように聞こえる」


そして歪夢様は、妖しげに口端をあげた。



「主を危険に晒したくないのは分かるが、お前が心配しているのは私ではないのだろう?契約も済んでいないのだ」










「ちゃんと見届けてあげてね、羽衣」







「“羽衣”の名は捨てたはずではなかったのか?」





歪夢様はそう言って、珍しく寂しげに笑った。




























貴女だけが僕の総てです







あれ、僕はこの言葉を誰に言ったんだ?






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