「弱ぇな、つまんねぇの」
歪夢様からのお使いの途中、僕はとんでもない厄介事に巻き込まれた。
深夜の道のど真ん中で、地面にしゃがみこんでいる人間がいるから何事かと思えば、なんとその人物は人体解体の真っ最中。
ぐちょり、びちびちと不気味な音を立てて、引き裂いた腹から臓器を引きずり出しては路肩に並べ、爪を一枚一枚丁寧にはがし、眼球に至っては瓶に放り込んでいる。肉を細かくちぎっては布に詰め、絞るようにして血を集めている。
雑巾絞りのようだ。
その奇妙な行為に集中しているようで、建物の陰にいる僕には気づいていないらしいが・・・・いつその矛先を向けられるか分からない。
というか、相手をするのが面倒くさい。
どう考えても裏の人間としか思えない。
僕は一刻も早く歪夢様のもとに帰りたいのだ。
「(さてさて逃げますか)」
「解体作業おーわりっと。帰って部屋に置いて整理して、あとはパネルでも持ってきてと・・・
ととと、ちょい待ち、そこの陰にいるオニーサン、ちょっと相手してくんない?」
なんということでしょう、恨みますよ。
「ほぉ、ご主人さまとやらの命令で、こんな遅くに出歩いてるたぁ大変だぁな」
「分かって下さいますか?なら、僕をこんなことで足止めしないで頂きたい」
「やなこった!」
もう、こうなるから、だから嫌だったのに。
早く歪夢様のところに戻りたいのに。帰っておのお姿を見て満足したいのに。
所変わって橋の下、僕は謎の人物に武器を向けられていた。
いや、向けられるだけじゃなくて、思いっきり急所狙われているんだけど。
何度も逃げようと試みたのだが、いかんせん動きが素早いらしい彼女が先回りをして逃がしてくれない。殺してでも逃げたいけれど、歪夢様から許可をもらわない限り僕は殺しができない。
悔しい。ああもう、まったく、どうして。なんでこんな時に限って誰もいないんだろう。
誰か通ってくれたらな・・・目くらまし代わりに盾にして、さっさと消えれたのに。
よし、話を逸らしてみよう。
「綺麗な武器ですね」
「だろ?俺様の宝だからな。特別だぜ、普段はめったにお目にかかれねぇんだから、よっ!」
「おやおや、僕如きに使用してもよろしいのですか?」
「知ったことかよ!」
月光に反射する金の上が目前に迫り、僕の首元をサバイバルナイフにも似た形状の歪なパレットナイフが掠める。
危ないですね、とぼやけば舌打ちをされて、切り返しとばかりに柄で頬を殴りにかかってくる。
怖い怖い。
「てめぇ、なんで攻撃してこねーんだよ・・・つまんねーな」
「僕のポリシーに反するので」
「はぁ?弟みてーなこと言うんじゃねーっつの。気持ち悪っ」
「それは心外ですね」
ばっ、と僕から距離をとって腕で体を抱きしめるしぐさをされた。
だって、ねぇ?さっきの行動見てから言うのもあれだけど、本気で僕を殺そうとするならとっくに一撃必殺を仕掛けてきているころだろうし。
逃げれさえすれば、後のことなんてどうでもいい。
「フェミニストなんです」
と微笑んだ。
彼女はぽかん、と口を開いて、次の瞬間顔を真っ赤にした。
怒号が飛んできた。
「ばぁぁぁぁあかあぁぁぁぁぁぁほおぉぉぉぉぉおおお」
「いや本当に申し訳ありません、なんといって良いか言葉も見つかりません・・・」
そして僕は、橋の手すりに座っている“彼”に土下座をしている。
「見た目で判断するんじゃねーって教わらなかったのか?言葉遣いで分かんねーか?まぁ女でもこんな話し方のやつはいるけどよぉ。なんなら触ってみるか?胸なんてかってーし、下だってついてるもんはついてるぜ?」
「誠に申し訳ありません・・・」
「俺ってそんなに女顔か?」
「・・・失礼ながら、逞しい男性の顔つきでもなく、美しいお顔をされてらっしゃいましたので」
「はぁ・・・・・・」
うなだれて、どよんと表情を曇らせる。
僕も驚いた。
手入れを欠かしていないのでは、と思うくらい綺麗な金髪に線の細い体。長身であるとはいえすらりと伸びた手足にしなやかな動き、暗闇でも分かる青白い肌にぷっくりとした赤い唇。間違えたのは申し訳ないが、本当に女性だと思ったのだ。だから、乱暴な言葉遣いでも“彼女”と言ってしまったのだが・・・失敗した。
歪夢様の弟君のような方が他にもいらっしゃるとは。世の中は狭い。
どうやら彼は僕が思っているよりも繊細な人間らしく、戦闘中は楽しげに笑い、女だと勘違いされれば武器を放り出して怒り、次に落ち込む。
なんだか子供のような人だ。
歪夢様より年上に見えるのに。違和感。
「・・・?」
こういった類の人間を知っている。
歪夢様のような“殺し屋”でもなく
僕のような“暗殺者”でもなく
始末屋でも虐殺師でもなく掃除人でもなく死神でもない。
狂ったように貪欲で、誰よりも家族に優しい殺人鬼集団。
家族―――いや、家賊のために人を殺す。人を人とも思わないその所業。
「―――――――ああ」
納得だ。
零崎一賊。
「(僕は何とも思いませんがね)」
主を傷つけなければ誰がどうなろうと関係ない。
忌避される存在といわれるからどれほど異端なのかと思えば、ただの子鬼じゃあないか。
可愛らしいじゃないか。家賊のために、なんて泣かせてくれる。むしろ、好ましい。よっぽど人間らしい。
彼女――――歪夢様も、もっと自分を出してくれてもいいのに。人間らしくなってもいいのに。一介の奴隷である自分が意見しても無駄だとわかっているが。
「ところで“アレ”は貴方の趣味なんですか?」
「ん?あぁ、アレか。赤い色が好きでな。なーんか、昔から集めちまう癖があるんだ。おかげで弟には肌に匂いがつくから止めろって怒られるし、中には近寄ってこねぇやつもいるし。止めるつもりもないけど」
「弟さんがいらっしゃるのですか?」
「おお、個性が強くて困るんだがなぁ。仲良いぜ?」
「・・・好きなんですね、その方々が」
僕がそういうと、彼は白い歯を見せて笑った。
「ああ、大好きだ」
彼のような人間は好きだ。
名も知れぬ美しい殺人鬼との邂逅はこれで幕を閉じるが、彼と会うのは今回が最後ではないような気がした。必ず、また彼の姿を見ることになるだろう。それがお互いにどんな影響を及ぼすのか断言できないけれど、世界を揺るがすような、不吉で奇怪な予感がした。
彼のような人間は好きだ。
闇口十六夜――――自分自身には持てないものを持っているから。心も体も感情でさえも、まるで自分とは違う零崎。暗殺者であるが故に表立って感情を出すことができない自分と、家賊を愛し全力で守り散り逝くことができる彼らとの、差。いつかきっと、自分たちは決別することになるだろう。もともと相容れないもの同士だが、“縁”とはよく言ったもので、好感を覚えたのだ。
それなのに、彼は卑怯だ。
「いつかまた俺達は巡り会うだろう。思わぬ形で。自分たちの宝を、命を懸けて守るためにな。でも、俺はお前のことを気に入っちまったし、“お前も俺を気に入った”。そうだろう?
だから」
去り際に、彼が残した言葉だ。
「俺は俺の美学に則って、今日お前と出会ったことを“取るに足らない非日常”として思い出さないようにしよう」
数年後、“彼”は僕を忘れたまま逝ってしまった。
どうか、命令を下さい彼は死後の世界で僕を思い出してくれただろうか。