眠る夢の狂気






訳の分からない不安。
誰かと一緒にいても、触れていても、話していても、何をしていても拭えない虚無感。


自分は此処に存在するのか?
何故生きているのだろうか?



行き着く場所は、逝き着く場所はどちらにしろ“死”しかないというのに。
大人であるにもかかわらず、青春期特有の疑問を胸中に曇らせた。


そもそも、自分は何故赤い色が好きなのか?
生命の色、情熱の色と説明できたら楽なのに。けれど、自分でも分からない。

“アカ”をみたときの高揚感、“アカ”に触れたときの安心感。人識が生まれたときの幸福感、家賊を守ったときの安堵感。



全てに共通するのは―――血だ。

赤朱紅あかアカ・・・なんだ、結局は血が好きだったんじゃないか。
昔に比べ随分と殺人鬼らしくなったものだと自嘲する。

“禁忌の子”

それは自分や人識に科せられた最初の罪でもあったが、各々で持つ意味が違うのだ。


罪を犯した。
償いきれないほどの、罪科。






「(許されなくてもいい)」



足は自然と、波風の吹く甲板へ動いていた。




――― ー

船がざぶざぶと黒い海の水をきる音が聞こえる。





「初めまして」




それと交じって、透き通るような声がかすかに響いた。







「遅かったね」

「!!」





声がした方を見れば、手すりに腰かけて足を組むという、一歩間違えれば海に転落するかもしれない危険な座り方をしているあの少女がいた。





「お前は・・・」

「私は私。名前はないから人類最厄ってそのまま呼ぶ人のいるかな?どうぞお好きに。ね、<肢体廃棄>の零崎」






に、と唇の端を吊り上げて不自然なほど綺麗に笑った。


しばし、その笑みに見惚れる。






「・・・オレはお前に聞きたいことがある」

「何です?」







灰色の世界の中で、彼女だけが鮮やかだった。



トン、と軽やかに着地した彼女に楽識は腕を伸ばす。

距離としてはそう遠くないが、近くもないため少し歩いた。その間もお互いに目は逸らさず、彼女は楽識のサングラスに隠れた瞳を、楽識は彼女の左目を見つめた。





「その目を隠すのはどうしてだ?」








そして、包帯の巻かれた右目に触れる。ただしくは、その頬に。





「綺麗な赤色なのに」


隠す必要などないのに。




頬に指を滑らせて、彼女の輪郭をたどる。僅かに反応したが、抵抗はなかった。
ふ、と彼女は視線をさげる。長い睫毛の影ができて、とても美しかった。





真っ白な包帯が肌に映えて、背後にたつ漆黒の夜が彼女を攫ってしまいそうだった。






そして左目の真紅が、楽識を捕らえた。







「教えない」



「貴方は、きっと“盗る”だろうから」



「自分を抑えきれないでしょう?」







暗闇でも分かる桃色の唇に人差し指を当て、可愛らしくも妖艶に答えた。



ぞく、と背筋が粟立つのを感じた。






(時間切れかなぁ)





ぱきん、と。


小枝でも折るような軽い音がして、世界が揺れた。


そして次の瞬間、ぶわりと色が戻ってくる。

ただ黒かった海は深い藍色に染まり、船内からは橙の温かい光が漏れている。




「、どういうことだ・・・?」




明らかに動揺している楽識を尻目に、少女は再び笑みを溢した。
触れていたはずの手はいつの間にか外されていて、楽識の手の先には甲板の手すりが。






「、え?」

「私は“宣告”しにきました」

「は・・・?」

漆黒の闇の中

何も出来ずに立ち尽くして
ただ泪だけが流れていく


何も出来なくて愚かだった

今も其処で囚われたまま






悲しげに
哀しげに
苦しげに
切なげに
愛しげに
悔しげに



少女は遠くを見て、唄った。







「私が言えるのは此処まで・・・あんまり介入しすぎると貴方が壊れてしまう。ああ、でも本当に抑えられなくなって、どうしようもなくなった時は私に言って下さいね。私が考える最悪の事態にならないように」









「なるべく楽に殺してあげます」





何がなんだか分からない。

あの子の名前も分からなかったし、あの緋色の瞳も見れなかった。


けど、この気持ちはなんだろう。




美しいものに惹かれることは頻繁にあるし、これでも経験はそこらの奴より豊富だと思う。



なのに、何故?



風になびく銀の髪が伏せられがちな左目が包帯で覆われた痛々しい右目が折れてしまいそうな細い腕が緩やかなカーブを描いた腰が潤った桜色の唇が艶やかで鈴のように響くあの声が。

あの儚い白さを持つ、少年のようでどこか女らしい身体が。

彼女を構成する全てが。



今まで見てきた何よりも美しいと思った。






「人類最厄・・・」




あとで双に聞いてみるか。
























「零崎一賊の長男・・・彼が」





楽識の去った甲板で、少女は笑みを深めた。




「関わるなといっておきながら面倒ごとはあちらからやってくる・・・仕方ない。たまには楽させてくれればいいのに」






小言のように聞こえるのだが、含まれているのは決して不快ではない、むしろ呆れたような、穏やかな声だった。



(忌避されるような人には見えなかった。零崎楽識・・・なるべくなら早く思い出して欲しいのに)




少女は、とある人物に頼まれてこの豪華客船に乗り込んだ。

本来ならその人物も先にいるはずなのだが、当日になって突然ガタガタと怯えだしたのだ。

不思議になって訊ねてみたところ・・・








「お前はあいつの恐ろしさを知らないからそんな悠長にしてられんだよ!!」








「・・・あいつって、誰?」




何事にも強気だった彼女をあそこまで恐怖に陥れるとは、と呟く。









肢体廃棄






ごく普通の青年だと思ったけれど、接触してようやく分かった。

彼は、異常だ。



殺人鬼といっても家賊に対する愛情は確かにあった。けれどそれは外見ではなく内面の話。


彼は―――全てにおいて歪んでいる。


出生、経歴、職業、趣向、雰囲気。
普通に見えたのに、それが奇妙に感じられた。





・・・否、普通であること自体ありえない。


彼らのような存在は、少なからず社会に影響を与えている。

殺しを殺しと思わない、人を人とも思わない集団。家賊を何よりも愛し、守り、仇なすものは例え誰であろうと容赦しない。


なのに、だ。

あそこまで、一般人と溶け込めるだろうか?

殺人衝動を抑えられるものだろうか?




とてつもなく大きく膨らんだ風船を、どうにかして小箱に押し込めるような。
外部から圧迫された風船は、衝撃に耐え切れず薄くなった膜を容易く破る。
割れる、ということ。












「覚めない夢はない・・・それが悪夢でも」







少女が口にした“悪夢”は、いわば空気。


多くは入らない。


人間の許容範囲を超えるからだ。

























(その愛情だけは信じてみたい)




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