最後の晩餐
外が暗くなり、晩餐会が開かれるという時間帯に、楽識と双識の二人は部屋を出た。
「零崎双識様と零崎楽識様でございますか?」
「ああ、そうだが・・・貴女は?」
オレ達の目の前には、パンツスーツをきっちり着こなした茶髪の女性がいた。
隣りの双が「スカートじゃないのか・・・」と落胆したのはスルーしておこう(外道め)
・・・上の下かな。
顔は整ってんだけど、この偽物の笑顔ってーのがマイナスだな。
もったいねー・・・せっかくの美人が台無しじゃん。
ま、オレも営業用の顔だけど。
「私はイヴ様の秘書をさせていただいております、白鳥小鳥と申します。
・・・零崎様二名、でよろしいですね?」
先ほどの質問ではなく、確信の問い。
小鳥は双識と楽識の顔をちらりと一瞥すると、背を向けて歩き出した。
おそらくは「着いてこい」の意なのだろうが、口数が少ないせいか分かりづらかった。
「晩餐会は大ホールで行われます。匂宮様以外の方々はお出でになられるとのことですが・・・他、質問はありますか?」
背を向けたまま淡々と述べる小鳥に、楽識はいぶかしげに眉をひそめる。
その変化に気付いたのか、双識は彼の肘をつついた。
「(どうかしたのかい?)」
「(んん、いや)」
普通なら、闇口の方が姿を現さないのでは?
そう思った楽識だったが、主催者が変人ということもあり、気にすることでもないのだろうと忘れることにした。
「あー・・・そうだな、銀髪の客っているのか?」
誤魔化すように訊ねると、迷うことなく進んでいた彼女の足がピタリと止まった。
「・・・おられますが」
「なんだ、やっぱりいるのか。ソイツの名前教えてもらえるか?できればでいいんだが」
「では、ノーコメントと」
躊躇うことなく、彼女は切って捨てた。
「企業秘密・・・という訳かい?」
「はい。イヴ様の命により、その質問には黙秘させていただきます」
そして、にこりとあの貼り付けた笑みを見せると、再び歩き出した。
今度は、楽識も双識もお互いに話すことはなかった。
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大ホールに着くと、そこには中世貴族を髣髴とさせる長テーブルがあった。
そして、テーブルを取り囲むように立つ男女の姿が視界に入った。
モノクルをかけた黒髪の青年、全く同じ顔で色違いのドレスとスーツを着た男女、真っ赤な髪の男性、青いストールを巻いた気品のある女性。
個性豊かで、それぞれの持つ雰囲気が全く違う。
「立食バイキング形式ですので、ごゆっくりお楽しみ下さい」
「うふふ、案内ありがとう」
「仕事ですので」
そう言うと、小鳥は一礼してから真っ直ぐにストールを巻いた女性の下へ行ってしまった。
「ってことは、アレが氏神イヴか?」
随分と若いお嬢サマだな・・・十代か?
「彼女は今年で二十歳になるそうだよ。今回のパーティもそのお祝いだろうね」
「二十歳で誕生パーティか」
流石、金持ちの考えることは違うな。
お嬢サマをしばらく観察していると、オレの視線に気付いたのかこちらを向いた。
ふわふわとクセのある金髪がゆれ、少女の面影を残す、愛らしい顔がふわりと綻んだ。
「・・・上の中」
「ランの美学は難しいね。私だったら合格をあげるのに」
フェミニストにきいてない。
「令嬢としての教養は身についてるみてーだが・・・なんで追放されたんだ?変わり者っても氏神の直系だろ」
オレが聞くと、隣りにいた双識はうなりながら答えた。
「それがねぇ、良く分からないんだよ。急に“家を出る”って宣言して、周りの反対を押し切ったみたいだからね」
「双が知らないとなると・・・ただの反抗期か?」
「秘書さんは知ってるんだろうけど」
そう言って首を振った。
つまり、望んで追放されたってことか?
それともわざと勘当されるような事件を起こしたか・・・
赤神みたいな問題児なのか。
「四神一鏡もそろそろヤバいか?」
「ん、あちらは身内の問題ばかりだからね」
おっと、今はそれどころじゃないな。
楽識は広いホールを見渡し、目当ての人物がいないと分かるとため息をついて壁に寄った。
双識はイヴと話しているようで、ますます暇になった。
画材も部屋に置いてきてしまったし、知り合いもいないのですることがない。
「(料理も食う気になんねーし・・・つか、殺し名ばっか呼んで祝ってもらえると思ってんのかよ)」
特に、零崎を招いて何があるというのだろう?
一賊の中で比較的穏やかな“自殺志願”はまだしも、“肢体廃棄”である楽識に至っては危険極まりない人物の一人なのだ。
双識と違って殺しを自重せず、本能のあるがままに狂気を振るう、そんな変人。
自分も殺されるのではという危機感はないのだろうか。
ハイリスクノーリターン
何か、起こるのではないか。
大切な家賊に何かあっては遅いのだ。
―――胸騒ぎがする
楽識は杞憂であればいいのにと願いながら、あの緋色の目を持つ少女に思いを馳せた。
しばらくの間、楽しげに食事をする彼らをぼんやりと眺めていた。
「(―――・・・ん?)」
ふと、顔を上げてみた。
気付けばかなりの時間がたっていたようで、料理の皿はほとんど消え人もまばらに成っていた。
双識の話し相手はモノクルの青年になっていて、イヴの姿はない。
主役が消えてどうするといいたかったが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
「(なんだ・・・・・・・・?)」
何かが、おかしい。
いや、正確には何も変わっていないのだが――――それでも。
「何か」が違うと直感した。
まるで灰色のフィルターがかけられたような、例えるなら言いようのない疎外感と威圧的な視線を同時に注がれているような。
ここにいるのに、存在しない。
まるで「夢の中」にいるときのような、現実感のない奇妙な感覚。
もう一人の自分が自分を見下ろしているような―――そんな、不気味な感覚だった。
「!!双ッ」
けれど、彼は気付かない。
こちらを見向きもしなかった。
「(は…おいおいおい、っな、なんなんだコレ・・・!!)」
そして、理解した。
そうか。
きっと、オレの声は誰にも届いていない。
理解不明の現象の中、楽識は冷や汗をたらしながら漠然と考えた。
「(どうするどうするどうする?考えろ、誰がこんなことをして得をする?いや待て、そもそも招待されたのは双だ、狙いはコッチじゃない、なら、隔離することが目的か?邪魔されないように?誰だ?)」
(一人孤独に包まれて)
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