禁じられた言葉





何事もなく終わった晩餐会。
翌朝、廊下で会った双識はやけに機嫌が良くて、小躍りしながら足は不規則なステップを刻み、無駄に長い両手を広げてぐねぐねと揺らしている。おまけに顔は今にもとろけてしまいそうなほど、地球外生命体のようにでゅるんとしていた。不覚にも変態仲間である自分もさすがに引いた。


それでも“人類最厄”のことを知りたかった、さっそく聞いてみることにした。












「人類最厄について知りたい?一体どうしたんだい?」



ニヤニヤとした笑みで花を飛ばしていた双識の動きが止まる。
楽識は焦りを表に出さないよう誤魔化しながら、部屋のソファーに腰かけた。






「そのだな・・・昨日話したろ?オレが惚れた女の」

「あ・・・!!そうだよ、会えたのかい!?」

「いや、会えたっちゃ会えたんだけどな?ソイツが自分のこと“人類最厄”だとか「なんだって!?」・・・・・・言ってたから気になっただけだ」




いきなり大声を出した双識は、楽識のコートを持ち上げるようにして襟元をぐいっと掴んだ。

そのせいで首が絞まり楽識がぐえっと蛙のような悲鳴をあげたが、今の彼の耳には届いていないらしい。




「どこで!?どうして!?ランだけずるいじゃないか!!」

「(うぜぇな)」

「ここに“人類最厄”もいるなんて、もう奇跡じゃないか!!!」

「(も、ってなんだんだ・・・!!)」




アレ、酸欠か?


なんだか呼吸が危なくなってきた。


くらくらと意識を失う一歩手前の時、扉の向こう側から気配がした、




「・・・それくらいにしてあげたらどうです、自殺志願」

「え?何が?って・・・・あぁぁああゴメンよランッ!!





正気に戻った双識はパッと襟を離す。

どさりと床に落ちた楽識はなんとか息を整えるが、相当絞まっていたらしく喉からはヒューヒューと音がするばかりだった。




「だっだだだだ大丈夫かい!?」

お前には平気そうに見えるのか

「見えませんね」

つか誰だよ




楽識はギロリと相手を睨みつける。


その人物は双識の後ろに立ち、開いた扉に体を預けるようにしてこちらの様子を窺っていた。
晩餐会で見覚えのある、左目にモノクルをかけた燕尾服の青年だった。







「これはこれは、失礼致しました・・・僕は闇口十六夜と申します」



恭しく一礼し、人当たりの良いどこか歪な笑顔を浮かべる。
案外あっさり名乗ってくれたことにきょとりと目を見開きながら、は、と息を呑んだ。




「闇口だと・・・!」

ストォォォップ!!!
大丈夫だよラン彼は敵じゃないからっ。攻撃しないでっ、構えちゃダメっ、めっっ、だよ!執事くんもそんなに挑戦的に自己紹介しなくていいじゃないかっ!!」





コートに手をいれ得物を取り出そうとした楽識を慌てて止める双識。

心なしか顔が真っ青になっているような気がする。







「おいこら・・・双、オレになんか言うことないか」

「な、なんだい?」

隠し事はなしって言ったよな?







標的を十六夜から双識に変えた楽識は極上の笑顔を浮かべて詰め寄る。もちろんこめかみに青筋も忘れてはいけない。






「仕事に関わるある程度ならまだ許すぜ?でもなぁ・・・殺し名となっちゃあ話は別だろ?零崎の長男として、知っておく必要ってあるよなぁ?なぁ?」

「う、うぅ・・・」




形勢逆転。


身長の高い楽識はだんだんと双識を壁際へと追い詰めていく。





「そういえばよくもオレのこと軟禁してくれたよなー・・・なんかおかしくね?」

「う、うふふふふっ。別におかしくなんかないさっ、私はただランが心配なだけで」

「そうか?オレとしてはお前の気が済むなら軟禁されても家賊のためとか色々と考えて我慢してたんだけどよ」

「い、いいいいいじゃないか思う存分コレクションと過ごせてっ」

「おいおい不健康生活満喫するような人間に見えんのか?外に出た方が零崎できてインスピレーション湧くっていつも言ってんだろうが、あーん?」

「あはははっ、そうだったかな!!」

「オレの言ってることなんか耳に入ってねーのか・・・?それとも」









流石は零崎一賊の長男――・・・・・

小さい頃から双識の面倒を見ているだけあるのか、それとも生粋のドS心が爆発したのか、笑みは天使どころか魔王さえ平謝りしてしまいそうなほど黒かった。しかしその笑顔は美しい。神々しささえ感じる。けれど恐ろしい。


しかも楽識の気に障った十六夜はそっちのけで傍観の姿勢に入っている。


双識はガタガタと震え・・・いや、家賊にたいしてこれほどまで怯えたことはないだろう。







お仕置き、されたいのか?

ごめんなさい言いますゥゥゥゥゥッ








船内に変態が舞った。




「じっ、じじじじじ実は、その、彼の主に会いたかったんだよっ、闇口十六夜君のご主人様っ!!この客船に招かれてるって、人づてに聞いててっ、そのあのだから」

「はぁん?主ぃ?」





何故か双識を床に正座させた楽識は、ソファーに足を組みながら聞き返した。

闇口が主の情報を他人に流すなんていいのか。
というより、主の傍を離れて他人と勝手に行動してていいのか。随分変わった闇口もいるもんだな、とちらりと彼を見やる。





「なぁ、それってさ、闇口のタブーじゃねーの?つか、なんで双が主に会いたいっつーんだよ。その口ぶりだとお友達っていう訳でもねーんだろ?」

「んー、でも執事くんは闇口だけどちょっと違うんだよね・・・まぁ、私からじゃ上手く説明できないけどっ」




楽識の睨みに思わずビビり、変な汗をかき語尾を下げながらもはははっ、と乾いた笑いを溢す双識。

・・・・眼鏡が半分割れていたのを十六夜は見逃さなかったが、深く聞いては傷口に塩を塗りたくっているようなものだと判断したのか何も言わなかった。

ちらちらとこちらに視線を彷徨わせる双識にフォローを入れる。





「そうですね・・・ううん、残念ながら、僕の主は有名すぎて裏の世界では隠せないんですよ。存在が偉大すぎてどこにいても目立ってしまうんです。おかげさまで静かに観光もできやしない。今回だってせっかくのバカンスなのに、零崎というファンの方がこうして主に会いに」

「あは、ははははっ、ら、ランは知らなかったんだよねー?」




冷や汗だらだらの双識の言葉に頷き、先を促す。




「それはそれで、珍しい方ですね。確認ですが、主の名前はご存知ですか?」

「いや、知らん」




ふるふると首を横にふると、十六夜は意外そうな顔で正座する双識に近づいてきた。
あれ、闇口ってこんな感じだっけ。いや毒を吐いてる時点で闇口っぽい感じはあるんだけど、こんな普通に人前に出ていいんだっけ。堂々としすぎのような。



疑問符を浮かべる楽識を放って、二人は話し出した。






「面白い方ですねぇ、肢体廃棄さんは」

「ランは基本的に芸術以外に興味を持たないから仕方ないのだけどっ」

「はは、どこにでもいますよ。自分が興味を持たないものに対しては、本当に存在すら気に止めない人間」

「困るよねっ、世間知らずって」

「世間知らずといえば僕の主も大概ですよ?本ばかり読んでいるので他人とのコミュニケーションのとり方が分からないとか」

「うむむ、そんなところが可愛らしいお嬢さんじゃあないか」

「いえいえいえいえ、巷で流行のツンデレとやらで困るんです。可愛くて繊細で壊れてしまいそうなお方なのですが。からかうと反応が楽しくてついついやりすぎてしまうのです。まるで硝子細工のよう・・・いえ、飴細工ですね。甘くて甘くてとても美味しい、口の中で蕩けて無くなってしまうさまは、本当に主そっくりそのままです。翌日は拗ねて部屋に引きこもってしまいところがとくに、可愛らしくて堪りません」

「ツ、ツンデレ・・・・!?」

「まぁ長年同じくしている僕だから分かるようなものですがね」

「そ、そうなのかい?なら是非ともお友達になりたいものだねっ」

「おやおやおや話を誘導するのが上手いですねぇ。流石他人を隅々まで観察するのが得意の自殺志願。長男さんとは随分穿った見方をするものですね」

「うふふ、それほどでもないよ執事くん。あと、ランは素直なところが可愛いんじゃあないか」







知らず知らずの間に二人の会話はうふふあははと盛り上がり、けれど浮かべる笑顔とは裏腹に腹の底はどす黒く何かが蠢いていそうな・・・




「(さりげなく罵倒されてるオレってどうなんだろう・・・)」



しかも対話相手である双識に対しても毒を吐いているとか。




「まぁまぁまぁ、お話も楽しいのですが、それはさておいて」




十六夜はニッコリと笑った。
今まで見てきた闇口はほとんど無表情なのだが、彼はどうやら近い部類の無表情らしい。貼り付けた笑顔が仮面じみている。

友好的な態度とはいい難いが、殺気を出しても敵意を向けてこない十六夜に、馬鹿らしくなったのか楽識は警戒を解いた。




「ったく・・・その闇口がどーしたってんだよ」

「ええ、自殺志願がどうしても主にお会いしたいとおっしゃられたので・・・少しばかり仲介を」

「仲介だぁ?」

「間違って死なれでもしたら大変でしょう?ああもちろん自殺志願が、ですよ。我が主が殺されるなんて間違ってもありえません。人類最強が性転換するくらいありませんね。それか一般人と結婚して大人しい普通の人生を歩むくらいの確立です。ですが、殺されないにしても、零崎ですし。いくら変態でも零崎ですし。えぇ、えぇ、いくら主が強くとも面倒ごとは避けたいですからね。特に残党処理とか」



闇口の主は表立って登場することはない。

闇口同士でも主のことは一切口外せず、命令とあらば親類でも赤子でも殺すしどんな危険な仕事だって喜んで行う。





“間違って死なれでもしたら”




ということは、それほどまでに必要とされている人物なのかもしくは欠けてはいけない立場にいる人間なのか。


危険人物。


楽識は顎に手を当て思考する。
氏神イヴには秘書が付いているし、双識は既に顔見知り、瀬戸水面も最近目立っているただの実業家。




乗客でそれほどまでの人間は―――











「匂宮歪夢か?」

「ほう・・・主の名を気安く呼ばないでいただきたいものですね」




わずかに、十六夜の纏う空気がピリっと殺気だったものに変わる。



「で、私は彼女に用があるのさ。“人類最善”には一度会っておきたかったからね」

「傑作じゃねーか。闇口が匂宮に仕えるなんて聞いたことねぇ・・・こりゃ上々だ」




くくくっと楽識は喉を鳴らして笑った。





「それに双識がさっき言ってた理由もこれで分かったしな」



『人類最厄“も”乗っている』



確かに、これほど対極な存在が揃うのは珍しい。




「どこから話せばいいんだろうね?執事くんと私の関係も気になるだろうし」

そこらへんはどーでもいいんだがな

悲しいこと言わないでくれないかな

「言っても構いませんよ?」

「結局話すのか」





序列一位と二位と三位の人間が関わりあうとどうなるか。

色んないざこざは見てきたつもりだったが、此処までのものはさすがに初めてだ。




「えーっとね、私が闇口のやり方は気に入らないのは知ってるよね?」

「ん?まぁな」

「でも執事くんは闇口だけどお友達なんだよ。闇口らしくないからね。まぁそういうところが好きなんだけど」

「・・・・なんとなく、分かる気はする。でもそこでどうやって主の話になるんだ?匂宮側も反対したんじゃねーのかよ」

「えー?」





困ったなぁ、と双識は呟き、十六夜は見ていられなくなったのかため息をついて口を開いた。





「もっと直球に言えばよろしいのに・・・」

「じゃあお前が説明しろよ」

「僕は最大の禁忌を犯したんですよ。主とはその時に拾っていただきました」





モノクルをかちゃりと直し、執事らしい謙虚な態度で冷たく笑った。




















「“主殺し”の罪ですがね」































(“禁忌”はどこも似たようなもんだな)


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