運命の出会い
「あのサ、・・・双も行くの?」
「うふふ、誰もラン一人で行かせるなんて言っていないよ」
不似合いなスーツを着た針金人間・双識と、黒のコートにサングラスでいかにも不審者な楽識は、とある港に来ていた。
実はこの針金男、気分転換させるといっても最初から楽識一人でいかせる気はなかったのである。
一人にさせると不安という理由もあるが、一番は招待された本人が欠席するのは相手方に失礼と考えたからだ。
思わぬ監視にげんなりと肩を落とす楽識だったが、やはり数日ぶりに外に出れたことが嬉しいらしい。
輝く太陽を眩しそうに見つめ、髪を掻きあげた。
「んおぉ、デカッ!!さっすが氏神、スケールが違うねぇ」
大きい。巨大な船。それしか言葉が出てこない。
まぁ豪華客船だからなのか主催者側の感覚なのか、とにかく大きい船に楽識はキラキラと目を輝かせ、子供のようにはしゃいだ。
・・・これでも成人過ぎの、双識より年上のれっきとした男性。
他の船に乗っている客達はそんな二人を微笑ましげに見ているのだ。
何しろ楽識、口が悪く中身がいかに鬼畜で黒かろうとも、外見だけは天使のように美しく、女よりも顔が整っているのだ。
目を引くもの仕方のないことだった。
「ラン、そろそろ時間だよ?乗らないとおいていかれるかもしれないから早く行ってしまおう」
「おぅ!あ、氏神に挨拶しなくていいのか?」
「平気だよ。彼女はまだ船に乗っていないのだからね」
「・・・へ?」
「後から秘書と一緒に来るらしい」
そんなこんなで、チェックを済ませた彼らは荷物を持って各自部屋へ移動する。
「はぁーっ、こんなでっかい船見たことねーな。タイタニックくらいあるんじゃね?」
実際はそうでもない。
とはいえ、タイタニック号より小さいものでも普通の客船と比べたらケタ違いのスケールであることは確かだ。
個室はゆうに百を超え、シャンデリアがありおまけにキングサイズのベッド。
部屋に付くまでの道に絵画は飾ってあるわプールはあるわ銀行まであるわ・・・何の目的かは知らないがカジノまであった。
娯楽というにはあまりにも危ない遊びである。
コンコン
「ラン、私だけれど」
「双?」
「うん。氏神さんが到着したらしいから私は挨拶してくるよ。部屋にはいないから、何かあったら電話するようにね」
「・・・おけー」
すたすたと遠ざかっていく足音を聞きながら、楽識は持ってきた荷物をあさり始めた。
「えーっと、どれだったっけかな」
筆、パレット、ペン、コピック、鉛筆、墨、試験官、ビーカー、温度計、etc・・・
次々とバッグから取り出すのだが、なかなか目当てのものが見つからない。
「お、あったあった!」
爪先に手ごたえを感じ、嬉々とした表情でそれをベッドの上におく。
それは、まるで楽器入れのように細長い、銀の装飾が成されているケースだった。
留め金をはずし、楽識は愛おしそうに中のものを取り出す。
もちろん、中身は楽器などではない。
「んー、ふふふ、やっぱいつ見ても綺麗だなぁ。あのジジィうるせーけど腕は確かだからな、頼んでよかったー、はー幸せ」
鈍色に輝く、四本の刀。
指先から肘にかけて、およそ四十センチ程度のもの。
しかし“刀”というのは例えであって、それは“刀”と形容するにはあまりにも粗末な造りをしていた。
「名前どうすっかなぁ・・・オレが使ってもいいのか?いやお願いしたけども。んー、でもなぁ、もったいねぇなー、どうせなら美人に使ってもらいたいし」
爪で軽く叩けば金属特有の高音が心地よく響く。
楽識はうっとりと音を聞きながら、上機嫌で手入れを始めた。
その―――小柄も鍔もない、いうなれば小刀と言った方が正しいと思える、刃物の形をした美しい鉄を。
船が港を出た。
飽きることなく刃を磨いていた楽識は、待っていましたとばかりに重たい腰を上げ、コートの中に相棒が収まっているかを確認した。
「んじゃ、船内探索とでも行きますか」
刀の入ったケースは大切に荷物の中へしまった。
あれは十一代目古槍頭巾に頼み込んでやっと打ってもらえた、隠れた名刀なのだ。
刀というには怪しいものだが、切れ味や軽さを緻密に練ってできた楽識にとっての最高傑作でもある。
芸術品として上の上、文句の付け所のない
代物。
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「美人いねーかなぁ」
るんるんと廊下を歩いていると、いつのまにか甲板まで来てしまっていた。
美人なんて一人もいない。
というか、擦れ違う人すらいなかった(冗談ぬきで)
波の音、鳥の鳴き声が聞こえるだけで、船内は本当に静かだった。
甲板に出てぐっと背を伸ばしていると、上の方―――この甲板はロフトのように階段があるらしく、人の気配がした。
無駄に広いくせにほとんど乗客がいないことに飽きたのか、楽識は上へ続く階段をひらりとのぼった。
殺してしまわないか不安だが、今は殺戮衝動より孤独感が勝っていたので心配しなくていいだろう。
潮風が、頬を撫でた。
「―――・・・」
銀髪の少女が一人、手すりにつかまりながら海を見ていた。
風が吹くたびに白いシャツがふわりとなびき、さらさらと髪が流れる。
その姿が、絵画のように静止した光景に思えて、楽識は思わず呼吸を止めた。
「やっべ―・・・」
途端、少女がゆらりと動いた。
その動きさえも、シャッターを切りたくなるような優美さを持っていた。
カチ。
目が合った。
楽識はごくりと息を飲み、同時に目を見開く。
「―――え、あか、い・・・」
血のようなアカ。
燃えるように、夕暮れのように鮮やかなアカ。
海が太陽の光を反射して、その輝きをより一層ひきたたせていた。
「(なんだよ、コレ)」
その日、楽識は一人の少女に恋をした。
(これこそ運命だ)
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