拝啓、殺人鬼様
美しいものを愛していた。
だが彼にとってのソレは、常人には理解し兼ねるものだったのかもしれない。
「ヒマヒマヒマー・・・なぁ、なぁ双識、外出てもいいー?」
ばふばふとクッションを叩きながら、金髪の美しい青年―――楽識が言った。
彼はつい先ほどまで自室でコレクションを眺めていたのだが、年下の家族によってそれを邪魔され、リビングへと連れてこられたのだ。
そのため、いつもよりラフな格好でサングラスもかけていない。
「駄目だよ、だーめ。まったく・・・あれほど注意したのにまだ分かってくれないのかい?ランはいつもいつも殺しすぎなんだよ。あれじゃあ表の警察も動かざるを得なくなる、分かっているのかい?」
「えー、だって仕方ないだろ?
オレだって人間だし」
「・・・うふふ、否定しないけれどね」
ちょうど向かい側のソファーに座る男の名は零崎双識という。
家賊で唯一話の分かる相手として重宝しているが、いかんせん彼は変態と呼ばれるロリコン野郎。
とくに女子中学生がツボらしく、最近では女性向け雑誌のそういうコーナーや番組をしらみつぶしに探すという奇行を見せている・・・いいヤツだとは思うのだが。
顔もまぁ悪くない。
ただ、変態な所が悲しいと同情したい。
結局は同じ穴のムジナというか・・・・・己も違う種類のある意味変態なので何も言えないけれど。
「つか、ランラン言うな。女みてぇじゃねーかよ」
「うふふ」
ワザとか?
ワザとなのかこの野郎。
「暇なんだよ、別に外出てもいいじゃん。他の奴らは勝手にやってんのになんでオレだけ禁止されてンの?」
結われていないストレートの金髪を指で弄りながら、出されたカップに口をつける。
中身は、甘いカフェオレだった。
楽識はそれを大人しく飲みながら双識に冷たい視線を送った。
零崎―――殺人鬼は、たいてい殺戮衝動を抑えることをしないからだ。
いつ、どこで、誰であったとしても、体の動くままに、理由なく殺す。
殺人鬼の集団である零崎は殺しを呼吸のように行うため、生命を奪うという行為に罪悪感を感じる必要はないのだが・・・
このように閉じ込められて殺人禁止と言い渡されるのは異例中の異例だった。
「私としてもなんとも判断できないのだけれどね・・・知っているかい?今、巷では不可解な事件が起きているそうだよ」
「はぁ?まさかオレが犯人だとか疑ってンのか?」
ガタン
間にあるテーブルを勢い良く叩いて、楽識は身を乗り出す。
冗談じゃない。
確かに自分の殺し方はちょっと・・・いやかなり変わっているが、表の世界の住人に気付かれるほど鈍ってはいないはずだ。
眉をしかめて不快感をあらわにする楽識に、双識はやれやれと首を振った。
「家賊を疑うなんて非道なことはしないさ。ランじゃないってことはみんな分かっているしね。・・・でも、情報が情報だからね、用心しておくに越したことはないだろう?」
「いや、だからなんでオレ?しかも巷での噂とか全く知らねぇし」
「大丈夫だよ。“表”には殺人事件としか公開されていないから。まぁ、正確に言えばランの殺し方とそっくりということしかいえないのだけれど」
「オレの殺し方、ねぇ・・・」
「“体中の血液は抜かれ、辺り一面血の海の中に細切れの死体が浮かんでいる”・・・少しだけど似ていないかい?」
「ふーん・・・なんか、表の人間がやってるんだったらすぐに犯人見つかりそうじゃねえか?業者とか当たれば分かんだろ?一般人だったら洗濯機とか使えば血抜きくらいできるだろーよ。あとは、血は人間のじゃねーとか。ま、いちいち処理して現場に戻るとか、アホのすることだとは思うけど」
楽識は顎に手をやって考える。
体の一部がかけている死体ならまだ理解できる範疇なのだが、細切れというのはどうも美意識に欠ける。
形があるからこその美しさ。
原型がなければ、ただの塵屑と一緒ではないか。
塵屑なんて、全然綺麗じゃない。
その方法を選ぶくらいなら、磔の方がまだマシだ。
「うーん、そいつ、オレと絶対に気ぃ合わねーな」
血は、滴ってるからイイんだろうが。
楽識はのみ干したカップを置き、つまらなそうにソファーへ身を沈めた。
気が合わない。
美学以前に、物に対する価値観が違う。
“収集”という分野で広く分ければ似たようなものでもあるのだが、似ているだけで趣味は全くの別物。
「おや、ランがそんな風にいうのは珍しいね」
「おうとも。“細切れ”なんて世界で二番目に嫌いだからな」
「いつも思っているのだけど、一番に嫌いなものは教えてくれないのかい?」
「ははっ、教えねーよ」
は、と鼻で笑い本格的に寝る体制をとる楽識。
何もすることが見つからない場合は、結局寝て過ごすしかないのだ。
仕事という選択もあるものの、自称とはいえ芸術家のはしくれ。
インスピレーションが大事、と豪語しなによりスランプ中に制作すると余計にストレスがたまる。
その時に零崎をして気分を晴らすのだが、今の状況からは期待できそうにない。
はっきりいって、まったく作業が進まない。
睡眠は一種の現実逃避でもある訳だ。
双識は、そんな彼の行動に苦笑しながら、ごそごそと上着のポケットから一通の封筒を取り出した。
「そんなに暇なら、少し気分転換でもしようか」
気分転換という響きに興味が出たのか、楽識はむくりと体を起こし封筒を受け取った。
「豪華客船・・・?
げ、コレ氏神が主催かよ」
「うふふ、そうなんだよ!!」
財力の世界における四神一鏡―――しかも氏神。
そういえばコイツ四神のどっかに知り合いっつーかタテっぽいのがいるとか言ってたな。
氏神だったのかアレ。
「オレも行っていいのか?」
ここは遠慮しておくべきだと判断したのか、楽識はトーンを低くして言う。
自分は氏神を関わったことなんてないし、実際に招待されたのは双識だ。
いくら身内といえど、誘われていない自分が行く理由などない。
それに、零崎は他のどの殺し名より忌避される集団なのだ。
しかも平和主義である双識と違い、自分は美学という快楽に浸る、零崎の中でも特異な戦闘狂―――歓迎されるとは到底思えない。
そんな楽識の考えを知ってかしらずか、わずかに驚いた双識はにこりと笑った。
「私の家賊だから平気だろう?ランは自慢の兄だとでも紹介するさ」
変態じみた笑みではなく、慈愛に満ちたものであることに気付いた。
「はぁーっ、お前って・・・ときどき砂糖吐きそうなぐらい気障な台詞言うよな」
(家賊の悪口なんて言わせない)
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