宝探しは日課です
女は走っていた。
駅から自宅まで続く、まばらに点在する街灯を頼りに、暗い夜の道を一人走っていた。
(ああんもう、なんでこんな時間まで遊んでたんだろう。さっさと切り上げておけばよかった)
いつもなら、この時間には帰宅してのんびりテレビを見ている頃なのに、今日に限って友達に合コンに誘われたのだ。普段なら断っていたのだが―――なんとなく。そう、なんとなく、気分でつい了承してしまった。
女は、あまり派手ではない。
むしろ今の若者と比べると些か地味で化粧もほとんどしていない。髪だって染めていないし、ピアスだって開けてはいない。
平々凡々。
どこにでもいる、普通の、ありふれた一人の人間。
合コンという一種の出会いを求めたのは、彼女自身が最近そういうものに興味が出てきたからだ。
・・・あいにく、運命的な出会いはなかったのだが。
「あッ、いった!!」
そしてこけた。
慣れないブーツを履いていたせいか、それはもう盛大に、いっそ清々しいくらいに。
そのはずみで、目に入れていたカラーコンタクトを片方落としてしまった。運が悪い。出会いもないうえに、ここまでくると泣きたくなってくる。
女は擦りむいた膝にハンカチを当てながら、ペタペタと地面に手を当ててレンズを探す。
視界は最悪。
これでは見つかるか、無事かすら分からない―――
「おんやまぁ、大丈夫?」
諦めかけたその時、自分以外の声がした。
「え?」
女は下にやっていた視線をちら、と上に向ける。するとそこには、僅かに膨らんだハンカチを差し出している、金髪の青年がいた。
金髪のこめかみに入れられた赤いメッシュがやけに鮮明に映った。
どうしてよいか女が戸惑っていると、青年が「ああ、」と優しげに微笑んだ。
「コンタクト、落とした?これ、紫色の―――」
“綺麗な”
女はしばし、青年に見惚れていた。
恍惚とした表情で、おそらくレンズが包まれているであろうハンカチを自分に手渡す目の前の青年に。
「む、紫――わたし好きな色なの」
いつの間にか口が動いていた。
柔らかいハスキーボイスに、薄い唇と筋の通った鼻。円縁のサングラスをかけているため瞳の奥は読めないが、切れ長の目に長い睫がみえた。
綺麗な男だと思った。
運命だ―――と。
青年は一瞬だけ驚いたように目を見開き
そして、
「・・・気が合うね」
つい、と口端をつり上げて笑った。
狂気を孕んだ、歪んだ笑みでさえも美しく、女は目を奪われた。
そう、言葉の通りに。
目を奪われたのだ。
女のか細い悲鳴が夜の帳にとけ、青年はその断末魔の叫びを聞いていた。
「“紫は赤によく映える”。
おやまぁ、瞳は黒か・・・残念残念」
青年は額に手をあてて業とらしくため息をつくと、倒れた女の顔をぐい、と引き寄せた。
本来眼球が収まっているべき場所はぽっかりと穴が開いていた。
何処までも暗い、黒の空洞。
繊維のような、ゼリーのようなものがまるで涙のようにどろりと流れ出てくる。
手に持っているのは、血に塗れた二つの眼球。
青年は落ちていた紫色のレンズを拾うと、それをずぷりと押し込んだ。
ぷちん、と膜を破り、それは奥へ奥へ沈むように入り込む。
「紫もいいなぁ、でもそれは赤色の次の次くらいかね、やっぱ。赤単品でもいけるけど・・・俺的には深紅と漆黒の組み合わせが一番だよなぁ
――こんなハンパ物より」
ぐちゃ。
眼球を握り締めると、それは案外簡単に潰れた。
ぼとぼと。
粘りのある液体を溢す眼球の残骸。
青年は嗤った。
「出来は中の下ってとこか。下の下か?まぁ、芸術には程遠いな」
サングラスをかけコートを羽織っている姿はいかにも不審者だが、これでも彼は芸術家だった。
ただ、彼の美学は酷く歪んでいる。
どの宝石でも赤が一番美しいといい、自ら製作し、時には血で筆を滑らし、絵を描き、研究にのめりこむ。
裏の世界、である種の禁忌とされている<赤き制裁>を追い回したことだってある。
結局逃げられてしまったのだが、彼は未だ諦めていない。
赤色に対する情熱は、それはそれは異常なまでに。
「芸術家」
こちらの世界では、人体収集家とも呼ばれている。
それを称し、付けられた二つ名が
デスプランナー
<肢体廃棄>
手のひらに残ったのは紫色のコンタクトレンズ。
片手には、歪な形をしたパレットナイフ。
柄には、筆記体で“零崎”と彫られていた。
その後、血塗れの彼が帰宅し弟達に怒られたのは言うまでもない。
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