時は流れ、季節はすでに冬を迎えようとしていた。










幸村が忙しくなれば当然の如く仕える者も多忙になり、佐助は城に戻ってもすぐに任務へ向かう毎日。
二人の会話に世間話などなく、まるで“忘れたい”と言わんばかりに集中している。


もう死んでしまったのではないか?この乱世、盲目の女子が渡っていけるほど甘くない。死んで終わったならいいじゃないか、所詮生きる場所が違うのだから。


一時的にでも。


だが、忘れるどころか、離れるたびに彼女と過ごした日が鮮明に思い出されてしまう。どうして忘れられない、と思う反面、どうして忘れなければならないのか、という切望にも似た狂おしいほどの感情が渦巻くのだ。





幸村は信じていた。
さくらが生きていること、そしていつかこの地に平和が訪れるとき、再び会いまみえることができると。その時こそ、彼女を幸せにしてみせると。



佐助は、行動していた。
任地へ赴き完遂するとともにさくらを探し、昼夜問わず情報をかき集めた。修行を増やし、自分を鍛え、今度こそ負けないように。その甲斐あって、名は風魔と同等とまでいかなくとも各地に轟き、武将たちを唸らせるまでになった。


武田信玄も動いた。
彼女のために。





平和を作らなければ繰り返されるのだ。民は苦しみ、多くの命が無残に散っていく。そんな時代を終わらせようと。




























「もう少し・・・大丈夫だ。あと、少しで平和になる、さくら殿、大丈夫でござる、もう悲しいことは起こりませぬ。だから、もう、泣かないで下され。貴女の涙は、某は見たくない。美しいものであるが、見たくない。それが、さくら様の悲しみというのであれば、尚更」










さくら殿・・・





幸村は戦場で血を浴び続けながら、彼女との会話を思い出していた。




















「幸村さんは、男性ですよね?」


唐突にそんな質問をするものだから、持参していた団子を落としてしまった。


「な、何故そんな・・・」

「忘れちゃいそうなんです。何年も前に見た自分以外の人とか、声だけで判断はできないでしょう?世の中物騒になっているようですし・・・」

「忘れてしまうのでござるか」

「はい。恥ずかしながら」

「だが、さくら殿は某を覚えている。確かに物騒かもしれない、だが町にまで戦火は入ってこないでござるよ!」

「ふふ、その通りですよね。こんな外れにまで町人方のお声が届きますもの・・・本当に、いい所です」

「さくら殿は、町に行きたいのでござるか?」



眼が見えなくても声だけでも、雰囲気だけでも、感じさせてあげたいと思った。



「いえ、そんな。私は今のままで十分です。それに、遠くから聞いているのも風情があっていいものです」


今思えば、彼女はきっと遠慮していたのだろう。
俺に迷惑をかけてはいけない、と。年頃の娘が珍しい、と思ったあの時の自分に腹が立つ。だから、約束した。


「平和になったら、その・・・」

「?」

「そ、その・・・ええと、そ、某と」











「旦那、何顔赤くしてんのさ」

「ッな、なんでもないぞ!!」

「ふーん・・・ま、しっかりしてよね!これから準備しなくちゃなんないんだから」

「う、うむ」




その言葉に、さくらを思い出して緩み切っていた幸村の表情が引き締まる。


伊達、上杉とは以前からあった同盟を締結させ、各地の武将たちを押さえてもらうことになったのだ。おかげで中国、四国も傘下に入れ、これでまた一歩天下統一に近づいた。勢力の大きい織田や豊臣に対抗するために。




「次は北条か」

「・・・・・・・・旦那」

「分かっておる」




殺さない―――絶対に。
近隣である北条を後回しにしたのは、このためだった。越後・奥州・中国・四国の陣営。この圧倒的な差を見せつけることで、北条の戦意喪失を狙う。主が命じれば、風魔小太郎も従わざるを得ないだろう。



「・・・それならいいんだけど」



佐助は頬に手を当てながら主を盗み見た。


「(北条にとってさくらちゃんは邪魔?あのまま甲斐にいたら捕虜にされるとでも思ったのか?大将や旦那がそんなことするわけないのに)」




幸村と佐助は、さくらが北条の者に迫害を受けていると思っていた。守る、というのは価値があるから。利用できるものであるから。それが事実なら、北条は殺してやりたいくらい憎い。それをしないのは、例え自分を蔑ろにした者でも、あの心優しい少女は悲しむだろうから。


だが、どうも最近は―――違う、気がした。












「(動きがない、ってのは流石に変だ)」






嫌に、おとなしくなったのだ。




甲斐からさくらの姿が消えた途端、北条の忍びをめっきり見かけなくなった。姿かたちもない。何故?こちらとしては都合がいい。しかし、おかしい。






「まさか、ね」





































同時刻。








「小太郎・・・貴方はおじい様の所へ向かって下さい。こんな所にいてはなりません」











薄紅色の着物を纏った少女が、傍らに控える忍びに行った。





「早く、行ってください。どうか、おじい様を守って」




懇願するように。
彼女が握った忍びの手は、微かに震えていた。




















今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
(あなたのことを諦める、とただ一言。直接目を見て、伝えたいだけなのに)







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