「我らは武田に下ろう」


もっと、手こずるかと思っていた。
もっと、足掻くのかと思っていた。


武田軍が北条へ奇襲をかける直前、忍び―――猿飛佐助は、北条周囲を偵察するために、武田軍から離れていた。



「あっれ、ん・・・おかしいなぁ、なーんで誰もいないの?」


木々に身を隠し、辺りを窺いながら言う。
いや、誰もいないというには語弊がある。頑丈に閉められた門に二人ほどの忍びの姿はあるのだ。忍びの傭兵というものは主の命令なら従うが、戦ならともかく門番などに使うか?
しかも武田軍の騎馬隊の音がここにいる自分にも聞こえるほど近いというのに、彼らは動こうとしない。


「(策か?)」


そう警戒しても、、術どころか罠らしきものすらない。
彼らは、ただ、誰一人として中に入れまいと、忍びらしくなく堂々と構えているだけであった。
















俺様が旦那と大将の下へ戻ると、こっちはこっちで騒がしかった(や、騒がしいのはいつものことなんだけどね、ちょっと違う五月蠅さというか)。


「おぉ佐助!やっと戻ったか!!」

「やっとってねぇ・・・旦那が言ったんでしょーが。それより、なーんかざわざわしてるような気がするのは俺様だけ?」

「そ、それがだな・・・」


幸村は佐助の問いにどう答えればいいか迷っているようで、明らかに視線を泳がせている。兵、というより軍全体が何故か緊張に包まれていて、本陣からわずかに殺気が漏れているのを感じた。

いつもなら信玄の傍にいる幸村が、離れている。
誰か来ているのだろうか。


「風魔殿が、文を持って参ったのだ」

















「大将!何考えてんですか!?いくら殺気出してないからって敵を本陣に招き入れちゃ駄目じゃないですか!!」

「しかしのぅ、佐助。これを読めばそうも言えなくなるぞ?」


殺気を出していたのはどうやら真田十勇士の数人だった。伝説の忍びの登場に少々気圧されているようだが、当の本人は大人しく、信玄の目前に膝をついている。

殺り合う気はないらしい。
佐助は訝しげに風魔を見た後、信玄から渡された文に目を通した。


「え、これ?これが何か、って、え、んな・・・・・ッ!!」



そして、一瞬で表情を変え文を食い入るように見つめた。



「し、信じられない・・・本当に、あの北条からの文ですか?」




文の内容は、驚くべきものだった。

“武田に下る”という文字に、北条当主である北条氏政の名。それと、降伏の代わりとばかりの、ささやかな要求。




「風魔を寄こしたのだ、あちらも本気じゃろう。しかし、最後の要求は解せんのぅ・・・風魔よ、“待って欲しい”とはどういう意味か聞いてもよいか?」

「・・・・・・」



風魔は少しの沈黙の後、静かに武田軍と、城を指差した。




「城を攻めるな、ということか?」

「(こくり)」

「うぅむ・・・」



信玄は考え込む。
元々、殺し合うつもりで来た訳ではないので無血開城というのは大変喜ばしい。相互に死者を出さず、かつ総大将の出というのも申し分ない。
だが―――


「待って下され!!」


ああやっぱり、と佐助はため息をついた。
この熱血漢が、理由もなく引きさがるはずがないと予想できていたからだ。信玄を見ると、同じくため息を吐いていた。



「風魔殿!さくら・・・さくら殿はご無事でござるか!?」



言ってしまった。




「ッ旦那!!」


彼女が北条の者に迫害されていて、もしこの城に居るのだとしよう。風魔以外にも傭兵はたくさんいるだろう。さくらが武田―――真田幸村の大切な人物だと知られれば、盾にとられるかもしれない。



「(あれだけ言ったのに・・・!!)」


注意はしておいたのだ。
彼女を心から大切に想っているのなら、戦の混乱に乗じて保護するのが最善策だから迂闊に口を開くな、と。

佐助が前にでようとすると、やめろといわんばかりに信玄の手がそれを制した。最後まで言わせてやれ、とでもいいたいのだろうか。


「某があの屋敷に迷い込んだ時、さくら殿はなんでもないように笑って下さった!某が武将だと、薄々は感じながら・・・この手で幾つもの命を奪ったと知っても、何一つ変わらない態度で接して下さった!!いつも同じように、温かい笑顔で迎えて下さるのだ!!御館様や佐助に対して抱くものとは違う、この温かな気持ちを教えて下さったのも、さくら殿だけ、彼女だけなのだ・・・・・ッ!!!」、



幸村は握りしめた拳を胸に当て、酷く堪えた声色で、絞り出したような声で言った。
切ない、とか苦しい、とか恋しい、とか悲しい、とか怖い、とか痛い、とか。一言で括りきれないほどの何かが混ざったような、表しようのないこの気持ち。



「死にそうなぐらい苦しかったり辛かったり、吐きそうなくらい悔しい思いをすることもある。けどさ、それでも、大切だから、失くしたくないって思うんだよ。やっぱり人間、恋しないと生きていけねえんだなって、心底惚れた相手がいればさ、なんでもできる気がするんだ」


恋を語る男が、昔己に言った言葉が脳裏を過った。








「そ、傍にいられるだけで俺は・・・ッ」




幸村はそこまで言うと、ハッと我に返った。口が滑ったというのもあるが、一番の理由は他にもあった。





「ふう、ま殿?」

「・・・」


風魔が、幸村の襟首を掴んでいたのだ。幸村はなぜ掴まれたのか分からず風魔の顔を見つめるが、兜と長い前髪のせいで表情を窺うことはできなかった。ただ。ただ、彼の口元は、いつもより力のこもった真一文字だったような気がする。

何がしたいのだろうか。
思えば、“本気だから風魔を寄こす”というのはおかしくないだろうか。北条が本気というのは文に綴られた氏政の名で証明されているし、文を渡すだけなら、敵地ともいえるここにとどまる必要はないのだ。



「ま、さか、さくら、殿の居場所を、教えてくれるのか・・・?」


消えそうなほど小さな声で問うと、風魔は頷いた。
途端、幸村は破顔する。が、次の瞬間、視界に入っていた信玄と佐助の姿が見えなくなった。

風魔が、幸村の襟を掴んだまま城へと走り出したのだ。




「ちょ、ちょちょちょちょっ、風魔ぁ!!」



焦った佐助の声は届かなかった。












門を越えた開けた場所に、二人は降り立った。
幸村はつむっていた目を開け、きょろきょろと辺りを見渡した。すると



「すまんのぅ、風魔」


白い髭を蓄えた老人が穏やかに笑いながら立っていた。












つれづれと 空ぞ見らるる 思ふ人 あまくだり来む ものならなくに
(愛しい人が天から降りてきてくれるんじゃないか。そんな事を思わせる空を、あるわけがないと思っていてもつい期待して見続けてしまう)






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