「なんと・・・!風魔小太郎がいたのか!!」
「そうなんだよねぇ、もう警戒心ばりばりでさ、殺気の割には勝負しないでさらっと逃げるし・・・おかげでさくらちゃんに近づけなくて参っちゃったよ。あれはどう考えても北条が絡んでる!どういう意図があって守ってるのか知らないけどさ、四六時中見張ってるんだもん、接触できないって」
「ふぅむ。して幸村、どうするのだ?」
「お館様・・・」
武田信玄、真田幸村、猿飛佐助―――上田城にて、上記の三人が話し込んでいた。
「佐助、さくら殿の屋敷には忍び込めなくなったというのは真か?」
「風魔が相手となるとちっとキツいけど、頑張ってみる?良くて相打ち、最悪俺様だけ討犬死的な」
「いや・・・いい、大丈夫だ」
そういうと、幸村は佐助を放り、信玄に向き直った。
「最初から某がいけばよかったのでござる・・・佐助に傷を負わせてしまった!佐助!すまぬ!!」
仕事だからね、と返せばぐぬぬと幸村が歯を食いしばる。
「幸村よ」
「ははは、ははい!」
「ふさぎこんでいても状況は変わらん!!男ならば己を信じてみせよ!」
「ッぅぅぅぅお館様ぁぁぁぁああああああ!!!!!」
「幸村!!!」
「お館さむぁぁぁぁあああああああ!!!」
「ゆきむるぅぁぁぁああ!!!」
「おやかたさぶぁぁぁああああああ!!!」
「ゆきむるぁぁぁあああああああ!!!」
「(えぇぇえどうしよう)」
飛び交う怒号と熱い拳の応酬、そしてその後の大惨事。
こうして、畳や襖やらの犠牲を出した師弟の殴り愛の末、幸村は普段のペースに戻ったのである。
そして、時間は流れ空が闇に包まれた頃。
幸村は、自室で月を見ていた。
季節は流れて、秋に差し掛かっていた。
「さくら殿・・・」
もう何日姿を見ていないのだろうか?
彼女は元気だろうか?
倒れていたりしないだろうか?
最後の、切羽詰ったようなあの表情が目に焼きついてはなれないのだ。
「さくら殿は、何者なのであろう」
火事で親をなくした、孤児の少女ということしか分からない。
風魔がいるなら北条の者?
何故甲斐のあのような場所に身を置く?
どこぞの姫か?
本当に盲目か―――?
動作のほとんどが、見えている者のそれだ。
隠し事が多すぎる。
元々、この地に火事など起きてはいなかったし彼女が住み始めたという報告もなかった。
あまりにも恥ずかしい出会いで忘れていたが、自分は彼女について何一つ知らないのだ。
会いたい。
会いたくてたまらない。
不安で、胸が押しつぶされそうだ。
「さくら・・・・」
目を瞑れば、自分の名を呼びながら笑う少女がいる。
鮮やかな花よりも、ほんのりと色づいた控えめの花が良く似合う。
例えるなら、さくらの花のような微笑。
自分はあの笑顔が好きだった。
口元に手をやって緩んだ頬で優しく笑う。
女性が苦手で照れというより恐怖に近い感情を抱いていたはずなのに、戸惑いはなくむしろ近づきたいと思った。
だから
彼女が倒れたとき、不覚にも泣きそうになったのだ。
ああ、なんと不甲斐無い。肩で呼吸し、苦しそうに胸を押さえ膝をついたさくらを見て、幸村は自分の無力さを呪った。彼女を寝所へ運び、佐助を連れてくることしか出来なかった。
「もういい」と言われ城に帰った後、憤りにも似た感情が爆発し殻にこもった。
戦で名を上げられなかったことより悔しい。
お館様の役に立てなかったことより悲しい。
思うように体を動かせないことより苦しい。
「俺は、どうすればいい・・・?」
嫌われたくない。
傍にいようとすれば、やんわりと―――拒絶される。
何故
何故
何故
何故
俺に話してくれない?
分かっていた。
けれどそれを言ってしまえば彼女が遠くに行ってしまう気がして、何も知らないフリを貫いた。
自分の感情が、分からない。
佐助に任せたのは、今彼女に近づけば自分を抑えられるか自信がないから。
力の限り、抱き締めるかもしれない。
どこにも行かぬよう、閉じ込めるかもしれない。
逃げられぬよう、鎖で繋ぐかもしれない。
傍にいて欲しくて、殺してしまうかもしれない。
(何を考えているのだ―――俺は)
狂っている。
「理解しているんだ、頭では。なのに、なのにさくら殿を前にするとどうしても言うことがきかぬ。まるで俺の体ではない、他の、別の誰かの体に乗り移っているかのような」
体が彼女を欲しているのだろうか。
幸村は苦痛に歪む顔を隠すように手のひらで覆い、血が滴るのも構わず拳を握り締めた。
・
・
・
「ではお館様!この幸村、必ずやさくら殿を説得してみせましょうぞ!!」
「うむ!行ってくるが良い!!」
「お館様ぁぁぁあ!!」
「ゆきむるぅぁぁぁああ!!!」
早朝、上田城門前で一組の師弟の殴り愛が始まった。
城主を見送りに並んでいた家臣たちは慣れているのか、その様子を微笑ましげに眺めている。その中に、迷彩柄の服を着ている忍び―――猿飛佐助はいなかった。
少し離れた場所に、佐助はいた。
「・・・ま、風魔は俺様がなんとかしておこうかな」
いつもは殴り愛を止める役目である佐助も、今回ばかりは余裕でいられない。
彼女の口ぶりからして、あの屋敷に住み始めたのはつい最近という訳ではない。
なのに、人と会うのは幸村や自分が久しぶりだという。
おそらく―――自分の考えは当たっている。
「あの伝説の忍びがそんなに入れ込むなんてねぇ・・・やっぱり北条の姫さんで正解だったかな」
(まぁ、姫さんじゃなくても風魔はさくらちゃんのこと気に入ってるみたいだけど)
木の枝の間を飛び交いながら、早足で向かう。
彼女の家は近い。
「到着とうちゃーく・・・って、あれ、何でこんなに静かなんだろう」
せっかく着いたというのに、いつもとは少し違う空気が屋敷を取り巻いていた。静か、というよりは、まったくの無音。
「ん?え・・・―――ッうそ!!」
中の様子を窺ってみるも、何かが動くような音はしない。
なんだろう。
人の気配が感じられなくて、足を速めた。
天井裏から庭、寝所、厠まで調べた。
いない。
いない。
いない。
なんで?
「ど、いう事だ・・・ッ!?」
何もなく、誰もいなく、気配もなく、温かみすらない部屋。
空虚さばかりが募る冷たい空間に、佐助はただ立ち尽くすばかりだった。
旦那。
どうしてさくらちゃんはいなくなっちゃったのかな?
あんなに想い合っていたのに
あんなに大切にしていたのに
あんなに楽しそうだったのに
あんなに嬉しそうだったのに
俺様が気付いてあげられれば良かったのかな。
ねぇ、さくらちゃん。
幸せってなんのことかな?不自由なく暮らせるだけで贅沢だっていえるこんな時代、当たり前みたいに自由を受け入れてる人間が多い中、君だけは特別だった。
こんな世の中じゃなければ、幸せになれたのかな。
ねぇ
あふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも うらみざらまし(もし会うことがなければ、こんなにあなたのことを思うこともないのに。こんなに自分の運命というのを、恨んだことはありません)
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