「佐助、頼みたいことがある」



彼女が倒れてから数日後、旦那が酷く思いつめた表情で俺様を呼び出した。






















「・・・・で、なーんで大将までいるかなぁ」

「お館様からも佐助に言ってやって欲しいのです!!!」

「うむ!!」







朝から城内がざわついていたのは、このせいか。

ここ、上田なんだけど・・・
躑躅ヶ崎にいた大将が何でここにるの!?とか突っ込んじゃ駄目なんだろうね・・・もう慣れちゃったよ。

大将は一段高い上座にどかりと座っている。
甲冑を身に着けていないのにこの迫力、というか熱量がすごい。俺様溶けそう。





「佐助は、もうさくらという娘に会ったのじゃろう?」

「・・・はい」




俺様と大将が話している間、隣りにいる旦那からは絶えず嫉妬の炎が・・・


だったら自分が説明すればいいじゃないの!?理不尽!!
と思いつつ、頭の中は冷静に、状況を説明していく。




「その娘の情報が出てこないというのは真か?」

「、はい」

「ふぅむ、」





本当に―――彼女の情報は、見つからなかった。


火事のあった家、一人娘、そして目立つ赤い髪。一見明るい茶色のようにも見えるが、日の光に照らしてみれば美しい赤色が輝く。
上品な振る舞いはどこかの姫のようで、とてもではないが一度見たら忘れないほどに幻想的だ。この世のものではない情景で、自分も初めて見たときは目を疑ってしまった。
この戦乱の世、子供を引き取り家を与えるなどそれなりの家柄ではない限りできることではない。加えてあの美貌、教養。明らかに平民ではない。

目撃されただけで噂される容姿をしているのに、それすらもない。







「幸村よ」

「っっはい!!」





大将は旦那に促し、二人の話についていけない俺様に正しく向き直った。






「佐助!!」

「何、旦那」







「さくら殿を、ここに連れてきてほしいのだ!」

「へぇ、そう・・・って、ええええいやいやいやいやいやごめんもっかい言って!!!」

「某は、さくら殿をあのような寂しい場所に置いてはおけぬ。はじめは、何一つ不自由ない恵まれた環境で暮らすことができれば何よりと思っていた。食べ物があり安心して眠れる、争いのない静かな場所。穏やかで時が止まっているかのような。そこで幸せになってくれればと思っていた。

しかし、彼女が地に伏したあの時―――心臓が止まったかと思った」





抱き上げた体はとても小さく、細く、柔らかく、どうして生きていられるのだと思った。




「一人でいることが、寂しくないはずがない。分かっているのだ、さくら以外の音がない屋敷。あそこは彼女にとって美しいだけの檻でしかない。そこにずっと一人きりは、寂しいはずなのに、それを言葉にして下さらない・・・」

「・・・さくらちゃんが、それを望んでいなくても?嫌われるかもしれないよ?」

「それでも、さくら殿のあんな顔は見たくない。箱庭のようなあの家にいては、日ノ本の素晴らしさなど知ることは出来ぬ」






彼女の家には、とりどりの花が植えられていた。
年中、ふわりとした花の良い香りが漂っているのだろう。

太陽の明るさも
月の明かりも
澄んだ青い空も
燃えるような黄昏も

分からない。
花は、世界が廻っているという、盲目の彼女にとって唯一の楽しみで。





「じゃあ旦那が行けばいいんじゃない?彼女もその方が・・・」

「できぬ!!」








「さくら殿は、某を拒絶しておられる!!」













悔しそうに首を振った旦那は、さくらちゃんが何かを隠していることに気付いていた。
問いただせば彼女は教えてくれただろうに。一緒に来いと命令すれば彼女は大人しく従ってくれるだろうに。
横暴だと思うが、彼はそれができる地位にいる。

どうして、ここで彼女の意見を尊重するか。

なんて、中途半端な優しさなんだろう。
どうせなら、彼女が望むままにしてやればいいのに。
どうせなら、自分以外のことを考えないように、束縛してしまえばいいのに。

この二人は馬鹿だ。
お互いを想いすぎて、その想いに気付けない。





「はぁ、結局はどっちも臆病者ってか」



切ないんだ。
忍びの俺様が、幸せになってほしいと願うくらい。




















「さくらちゃんは・・・ってやっぱ寝てるか」




草木も眠る丑三つ時。
逢魔が刻といわれるだけあって辺りは静まり返り、光はおろか月明かりさえない。
武家の屋敷の門前には松明や灯篭が焚かれているものだが、彼女の屋敷は松明どころか中にも明かりがなく屋敷の警備の人間さえいなかった。当然といえば当然だが。



「(嵐の前の静けさかね)」


佐助は不思議に思いながらも彼女の部屋へ急いだ。









「・・・・・」


その様子を、屋敷内からじっと見つめる影があったことを―――佐助は知らない。


















予想通り、さくらちゃんは寝所でぐっすりと寝ていた。



「(いくら気配に敏感でも寝てる間は気付かないんだ・・・やっぱり彼女は敵なんかじゃない)」



察知されて起きたら抵抗すると重い、一応気配は消していおいた。

・・・が、以前それで失敗したのだから気はぬけない。




「(こうしてると普通の女の子なんだけどなぁ)」




月明りに照らされた顔はすっきりとした輪郭で縁取られ、長いまつげが影をさし、ほんのりと色づいた頬は愛らしく美しい。布団に散る赤い髪も、変わらない。

血色を見るに、体の調子は良くなったらしい。




「(良かった)」



佐助はほっと安心しつつ、彼女を運び出す為に布団へ近づく。


「(布も持って行った方がいいかな、寝巻きじゃさすがに冷えるし―――)」




そして、触れる。


その時






「――ッ!!」


バッ、とその場から飛びのく。
同時に、先ほどまで自分がいた場所にいくつかの苦無が刺さった。


「っ誰だ!!!」


彼女を気遣い、無事であることを確認すると佐助は庭先へと移動した。













「あんたどこの忍びよ?俺様急いでるんだけどなぁ」

「・・・」



相手の忍びは答えない。

黒と白の服を身に纏い、兜で顔を隠した男は武器を構え寡黙にこちらの出方をうかがっている。彼女と同じ、特徴的な赤い髪。月夜に照らされたその体が、くっきりと浮かび上がる―――



観察をする暇もなく、キンッと投げられた刃物を弾く。




「!!くっ」




消えたと思ったら目の前に光る刃があって、苦難をぶつけ合わせる。



(強い、なっ)
自慢ではないが、自分は忍長をやっているなりにそこらの忍びに簡単に負けるほど弱くないつもりだ。

それなのに、この忍びはやすやすと己の警戒域に入り込み、目で追えない攻撃を繰り出し、急所を狙う刃で踏み入ってくる。


もしや



風の悪魔・・・?





「お前っ、風魔、小太郎か・・・ッ!!」




(何で伝説の忍びがこんな所にいるんだよッ)










風魔との戦いに必死だった俺様は、屋敷の中の彼女がそっとこちらの様子を見ていることに気付けなかった。

“北条の忍びがいた”

そのことに驚くばかりで、風魔が屋敷を守るようにして俺様を攻撃していることさえも分からなかった。














思いつつ 寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを
(恋しい方を思いながら寝たので、夢にあの方が現れたのであろうか。夢だとわかっていたらそのまま目覚めなかっただろうに)






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