密室型後悔事変


「免許、取ろうと思うんだけど」

土曜日の午後、ぐっすり寝てヘアセットもメイクも手抜きでいい幸せを味わいぼっさぼさの髪で朝食というよりはブランチをゆっくり食べていた時の爆団投下だった。
ゆっくり作ったフレンチトーストを朝食を食べていないという美鶴とつついて、今日は楽しみだった授業が休講になったとぼやく美鶴に相槌を打ちながらコーヒーを飲み干して、美鶴の分のお代わりも淹れて座ろうとした途端の発言だった。

「おう、いいと思うよ。バイクは保護者として許可できないけど」
「知ってるしリスクを考えるといらないし。車なら叔母さんも楽になるだろ」
「あー、うん、買い出しとか楽になるかな……ていうか、車は?」
「中古で買う。亘の親戚がものすごく古いの売ってくれるってさ」
「心配!」
「使ってなかったやつ。まあ最初なんだし動けばいいだろ」

男ならこだわるところじゃないのか、とも思うが本人がいいのならいいのだろう、慣れてから新車を買うべきだともよく聞くし。

「それにしてもあの美鶴が車ねぇ……あーなんか私年取った気がするー」
「安心していいよ、童顔だから。合宿でさっさと取るつもりだから次の長期休暇あたりだな、アヤには悪いけど」
「さりげなく罵ったよね今、いや慣れてるけどね。アヤちゃんだって喜ぶよ。迎えに行ってあげたりできるでしょ?」

そもそも罵ることは多けれど美鶴が自発的な提案をするのはものすごく少ない。しかも費用は使わずに貯めていた遺産で、合宿は県外の山中にする、ともう検討しまくったらしい意見が次々と出てくる。だいぶ前から考えていたのだろう。大きくなったなぁ……と無駄に涙腺がゆるみそうになったが堪えた。危なく卒業式ぐらい泣くところだった。

「で、今日は予定あんの」
「ない!だがトイレットペーパーもない!」
「買い物ね。付き合う」
「じゃあ夜は外で食べようか……ってあー、メイクしないと……」
「中学生に見えるらしいからな、しないと」
「その一言は絶対にいらないやつだよね」














もしかして。もしかしなくとも。
たか子と会うときは、まあ、いつもどこかしら嬉しそうな顔をしている美鶴だ。家ではだらけているくせにと言うわけにもいかないたか子に出来ることは驚くことで、正真正銘びっくりしたのでぽかんと目の前にとまった車を見た。

「免許とったんだ……」
「うん。先月とったばっかだけど実技の成績は良かったから」
「……えーと?」
「乗って。どこがいい?特にないならいつものところにするけど」

まさか美鶴の運転する車に初めて乗るのが、叔母ではなく彼女姿とは。
恐る恐る後部座席に乗り込もうとして、待ったをかけた美鶴によって眩い笑顔付きで助手席のドアを開かれ、ますますビクビクしながら鞄を抱えて乗り込んだ。

「シートベルト」
「あ、はい、えっと」

この歳で助手席に慣れていないとかうぶなことは言うつもりはない。ないのだけれども予想外というかキャパシティオーバーというかともかくはもたついてしまって、呆れた様子の美鶴が運転席から身を乗り出してベルトを掴んで差し込む。キス事件以来、さりげなく避けていた距離がものすごい勢いで縮まるのを体感しながら、鞄にしがみついてぷるぷるしてやり過ごした。その間やけに楽しそうな美鶴が腹立たしい。いやたか子だから突っ込みも言えないけれど。
かちりとしっかりシートベルトを固定して、去り際に私の髪を整えていくことも忘れない。なんだそのデレデレ具合はと内心叫びまくり、ようやく発進した車に不安感はない。
本当になんでも出来る子ねぇと成長を尊べばいいのか、やだ私の彼氏隙がねぇとときめけばいいのか図りかねて外を眺めていれば、あのさ、と美鶴が決意したように口を開く。

「外でキスするの嫌なら車ならいい?」
「え、ええ、いえあの」
「言わないとフェアじゃないだろ、それだけだから気にしないで。あ、今日は何時までいい?」

ああ、やっぱりもしかしなくとも。
気のせいであればといくら願おうと、美鶴が免許をとったのはたか子のためだった。
確かに避けるために、というか心の猶予を保つために言ったけれども、逃げ道を物理的に塞いでくると思うだろうかいや思わない。
車という個室に恐怖しながら過ごすのかと思うともう、これまでで最大級の危機感に襲われた。いや自業自得なのだけれども。逃げようと思うのが間違っているんだろうけれども。



15.04.11

bkm

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