プラナリアに私はなりたい
リビングは掃除機をかけてコロコロした、グラスも使っていなかったちょっと立派なやつを引っ張り出した、クッションカバーも取り替えた、炊飯器ケーキに生クリームを添えればちょっと立派に見えるし、あとはええと、緑茶麦茶コーヒー紅茶もカバーできる。ありがとう母よ、要らないなんていったけど要るわあのおもてなしセット。

友達を連れてきてもいいかという美鶴からの初めての申告に対しての準備は万端だ。
一人暮らしを始めてすぐに美鶴とアヤちゃんが飛び込んできたものだが、小学生のくせに美鶴は友達をついに呼ばなかった。アヤちゃんはさすがというかなんというか五人くらいを呼んでまた外に遊びに行ったりだとかとっても社交的だっただけに心配したものだ。成績が良いだけにあれとかそれとか。
中学高校と外出はあれど彼女すら呼ぶこともなく、大学生になってついに呼ぶとはまあ、人生分からないものである。というか楽しくてにやにやしてしまうものである。なんというか感無量というか、あれだ、娘が彼氏を連れてくる気持ちってこんなだろうかという感じだ。
迎えにいくと言って出ていった美鶴を待つ間がこれまた落ち着かず、テレビ付近のどことも言えないお土産類を並べ直してみる。身長順……いや、ここはやはり物語を作って貝殻の傍には女の子を配置して反対側にサンタ的なものを?そうするとこの色黒マッチョとカバはどうするべきか。もう乗せてやろうか。やだ、戦えそうになってきたわ。

「ただいま」
「えっちょっ……いらっしゃい!早かったね!」
「迎えに行っただけだから。……何でこけし握ってるんだよ」
「………。意外と手のひらに馴染むんだなこれが。それより、お友達は?」

とってもうろんそうな顔をした美鶴は追求しないことにしたようで、軽く後ろを振り向いて道を譲るように端に避ける。ひょこりと美鶴の後ろから顔を覗かせた客人は、こんにちはと言うのを失敗してポカンと口を開けている。私も同じようにいらっしゃい、と言いかけたのを失敗し、開いた口が塞がらない状態でお客様を見つめた。

「……いらっしゃい、ええと、三谷くん……だよね?」
「お邪魔します、えーと……芦川先生?」
「……知り合いだったのか」

ポカン顔二人組の状況を正確に汲み取ってくれた美鶴が明らかに興味津々といった様子で頷き、とりあえずは私のことを乱雑に紹介する。「前から話してた親戚の同居人」くらいの雑さである。

「おばさん、こいつはまあ、知ってるだろうけど友達の三谷亘。年がだいぶ離れてるけど」
「先生、えーと、お邪魔してます」
「ああ、うんいらっしゃい……まああ、こんなこともあるんだねえ」
「僕も驚きました……」
「ああ、おばさんの生徒なのか」
「そうそう、特別授業の子」

それにしても、こいつ友達いるんだろうかと疑っていればまさか中学生の子を連れてくるとは。
首を傾げて経緯を妄想してみていると「なに考えてんだよ」と郵便物で頭を叩かれ、部屋に引っ込むのを諦めたらしい美鶴がリビングに座ってしまった。それに倣うように三谷くんも美鶴の隣のソファに座ってしまったので、まあいいかとお茶をテーブルに並べる準備をする。

「三谷くん、お茶でいいかな?」
「あ、お構い無く」
「こいつはサイダーとかがいいんじゃないか」
「美鶴!あ、えと、お茶でお願いします!」
「分かりましたー。じゃあ美鶴はサイダーね」
「コーヒーで」
「ここはお茶で合わせるところでしょうよ!もう!」

控えめな三谷くんの笑い声も聞こえたことだし、危惧していたほど緊迫した空気にはならずに済みそうだ。ちゃきちゃきホイップを添えたケーキの皿とカップを盆にのせてリビングに運べば、携帯ゲーム機を構えた二人が楽しそうに(当社比)頭を付き合わせている。本当に友達なのだなあと改めて実感し、邪魔になる気配も無さそうなので遠慮なく斜め向かいに座ってテレビを眺めた。

「何か訊かないの?歳の差とか色々ありそうだけど」

区切れが良いのか同時に顔を上げた二人がお茶に口を付けている合間に、美鶴がさりげなくぶっこんだ質問を投げてくる。だがこちとらぼんやりテレビを見るばかりじゃないのだ。一応は現状だとかを把握して、余裕たっぷりで答えられるように準備ならできている。告白されている手前格好悪いところは見せられないだろう。

「友達に年齢は関係ないでしょう。確かに経緯とかは職業柄気にはなるけども、今の二人が楽しそうならそれで満足です。まあ改めて三谷くん、こいつのことよろしくね!気難しいし面倒だけど悪いやつじゃないから!私が保障するから!」
「いや、それは不安しか残らないだろ」
「なんで!どこが!」
「供述内容と保証人の信憑性」
「ほーらめんどくさい!」
「いや、慣れてますから」
「年下にこんなこと言わせちゃってどうするの!いやむしろ三谷くんくらいしっかりしてないと美鶴の友人なんて務まらないの……?」
「義務化するな。変な疑問口に出すな」
「お世話になってるのは僕の方ですよ!先生にもよくしてもらってるし、今日美鶴にわがまま言ってお家に伺わせて貰ったくらいですし」

にこにこと話に入る三谷くんに裏はなさそうで、本当に友達なのだなあとじんわり胸のあたりが温かくなる。美鶴がようやく家に連れてこれた友達は少し変則的だけれども、しっかりとした信頼関係があるのだ。経緯だとかは二の次でいい、むしろ聞けなくてもいい。女関係だとかも落ち着いているようだし、きっと今は幸せなんだろう。
二人の邪魔になるかと思い自室に引っ込もうとしたが、美鶴の不遜なおかわりの声だとか参考書をみて欲しいという三谷くんの呼び掛けにより結局夕方までリビングにいるはめになってしまった。いや楽しかったけれどもそれでいいのか。たか子に引きずられて精神まで幼く……いや変わりないか。
お母様と二人暮らしだというのは仕事上聞いていたので、夕食を作るために早めに帰るという三谷くんを送るように美鶴を促す。塾講師としてはもろもろあるために送ってはあげられないのだ。
美鶴が上着を取りに退室してようやくこれって二人きりなんじゃねえのと思い至り勝手に気まずさを感じる。告白をされた子と自宅で二人きり、とか、どうしたらいいものか。いや、自然にしていればいいのだろうけれども、自然ってなんだ。一人の時のようにだらけるのも違うしここで講師の顔をするのもおかしいし。

「先生って、家だとちょっと違う感じですね」
「そりゃあね。お仕事柄気合い入れてピシッとしないと、方々からこっぴどく叱られちゃうからねぇ」
「俺はどっちもいいと思うけどなあ」
「誉めても何も出ないよ!」
「お菓子差し出してますよ!ふふ、本当……来てよかった」

声のトーンが変わったことにつられて反らしていた顔を戻すと、告白の日のように大人の顔をした三谷くんがいた。
強い罪悪感に駆られて口を開いたけれども、何らかの言葉を言う前に美鶴が戻ってきた。一瞬怪訝そうな顔をして、バス間に合わなくなるぞ、という呆れ声を掛けてくれる。二人とも気を付けてね!と玄関先まで見送り、一人になった玄関で一旦しゃがみこんだ。
よくよく考えれば、一歩間違えれば修羅場にもなり得た状況だったのだ、先程までの空気は。彼氏と告白してくれた異性が同じ部屋に居たのだから。
私の嘘のせいで……と自己嫌悪に陥りそうになるがそれがなくとも生徒に告白されたのだった。嘘のことを抜いてもだいぶ面倒な問題である。
いっそ、分離したい。三つくらいに分離できれば不二子にもたか子にもなれるし仕事も楽になるのに……。
……クローンならいけるだろうか。くそう、苦手だからって科学から遠退いていたことをこんなに悔やむ日が来ることになろうとは。

ともかく、いつまでも玄関に座り込んでいるわけにもいかないだろう。食器洗いや自室に追いやっていた小物をリビングに戻す作業などやることは多い。どーっこいしょっと重ーい掛け声を一つ上げて、気合いを入れて立ちあがった。















「美鶴さんは、私のどのあたりがいいんでしょうか」

意を決しての切腹のごとき覚悟の質問を、公園のベンチという中途半端に人目のある場所でドカンとしてしまう。薄暗くなり始めた夕方という人の少ない時間だけれども、週末だ。どうしてもそこそこ居る。
ちらりと向けられる視線は感じるけれども目立っているという感覚はなく、まあ、普通である。どれかと言えば微笑ましいみたいなやつだ。私もメイクを落とせばそちら側なのですよ、などとしょうもないことを考えながら待っていれば、うん、と考えをまとめたらしい美鶴が口を開く。

「結構ずぼらなところ。顔。服のセンス。しゃべり方。笑いかた。食べるとき笑うところ。ヒールの靴に慣れてないとこ。少し遠慮がちなところ。俺と居るときあまり携帯みないとこ、」
「ごめんなさいもういいです」

まだまだ拷問の如く続きそうな気配を察知し、美鶴のジャケットの袖口を掴んで必死に止める。顔を見るのも無理だ。羞恥のあまり美鶴の袖を掴んだままうつむいて首を振れば、もういいのか?と優しげな声が降ってきたが顔は絶対笑っている。なんか雰囲気で分かる。
掴んでいた腕を取られ、ネイルを撫でるように弄り始める。奈々花の自信作らしい。こんな細かい気遣いまで見てるものかと疑っていたが、なんか気に入られたみたいだよやったね奈々花。私はいたたまれないよ奈々花。

「どれも付き合わなきゃ分かんなかったことだな」
「つ、付き合……」
「こんなに会ってくれるんだから脈アリだろ?」

それは毎回勝手に待ってる宣言するからだとか会ったら会ったで美鶴がやたら楽しそうな顔見せてくれるし……!とまで考えてこれは仕方ないわと納得する。だって不二子にはあんな顔してくれないし、こうやって遊んだりすること自体あんまりなったものだから私も楽しんでたし……あれこれ危なくないか。どれかと言えばアウトじゃないか。
恥ずかしいし反論できないしでフラストレーションの発散のためにうーうー唸っていれば、ネイルを触るのに飽きたのか手が解放されて「なあ、」と話しかけられる。何の気なしに顔を上げて、とてもさりげなく頬を固定されて視界が暗くなる。唇が温かくなってそうかー冷えてたのかーなんて思考を逸らそうとして失敗した。
たか子は一線を越えてしまいました。



15.01.24

bkm

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