これで中学生なんだぜ?


「別れようと思うんだ」
「その話何回目だっけ?」
「……こ、今度こそ、美鶴が女性依存にも恐怖症にもならないような滑らかな別れ話を切り出しましょうぞ」
「具体的には?」
「……病気で会えないとか」
「設定とか病院とかしっかり練らないと美鶴くんは疑うよね」
「引越しとか」
「遠恋とか好きそうだよ美鶴くん」
「……協力してよ!」
「してるしてる。それより今週末どうする?スクール系でいい?」

という電話を菜々花としたのはつい先日で、もう、思いついた瞬間にでもそれを実行すべきだったのだと三谷くんの顔を見つめながら思う。

駅前。
待ち合わせの定番、時計の前。たか子の格好で、微妙に時間が余ったものだからとりあえずはたか子専用の携帯を開いて時間を潰す。ストラップすら美鶴の選んだもので、と言うかお揃いで、見る度にだいぶダメージを受けていたものだがそれにも多少慣れた。多少。
時事をチェックしてこれは受験に使えるだろうかと考えていて、「芦川先生?」という呼びかけにあっさり振り向いてしまった。普段の動きやすさ重視の格好ではなくひらひらふわふわくるくるした格好で。
聞き覚えのある声はやはり三谷くんで、振り向いた格好のまま固まってしまった。比較的冷静らしい三谷くんがおもむろに携帯を取り出し、どこかに掛ける。私だった。仕事用の携帯のバイブに飛び上がり、それでも動けないままお互い見つめ合う。
さすがは理系三谷くん、証拠の裏付けもするなんて隙がない。そして私の逃げ道がない。

「………」
「……あの、先生、」
「先生ってダレデス?」
「先生、片言で目をそらされたらほとんど自供です」

そう宣言した三谷くんは明らかに確信を持っている。意味もなくごめんなさいと謝り倒したくなったが、その前に手に持っていた携帯からの着信に弱りに弱った精神が悲鳴をあげて飛び上がった。美鶴さんの到着である。
今向かっている、との電話に上の空で答えながら三谷くんに向かって後で、と口パクで伝える。どうにか理解してもらえたようで頷く様子を確認してから美鶴の向かってくるであろう方に足を向けたが遅かった。眩しいご容姿を見間違えるはずもなく、美鶴が真っ直ぐに人とぶつかることもなくこちらへと歩み寄ってくる。駆け寄って駅のホームへと背中を押して離脱をはかるが、ああ、これは見られたなと諦め半分である。なんせ人生初のコスプレ時に甥っ子に会う程の運だ。コスプレ時に教え子に会ってしまっても何も違和感はない。そして、そのままデートするところを見られても。






授業の前日はもちろん落ち着かなくて、美鶴に不信がられたけれどもいつも通りだと言い張ったら納得された。解せぬ。ついでに事情を伏せたままアヤちゃんに電話して「よく分かんないけど頑張って!」と無理くり応援してもらい、どうにか早朝の授業に挑んだ。いざ授業が始まればいつも通りに対応できるもので、心中で自画自賛しながら丸をつけてバツをつけてと手を動かす。三谷くんも少し落ち着かない様子だがそれでもいつも通りにプリントやら問題集やらに取り掛かってくれるので安心だ。

そもそも、告白されたとはいえ三谷くんとはなんともないのだし、むしろ綺麗に断る口実ができただけ問題がシンプルになったんじゃなかろうか。成績ないし受験に響いてしまったら講師として最低だけれども、勉強に没頭して忘れるという手もある。そうなれば私は担当を外れてしっかりこっそり応援させていただくだけだ。
いや、確かにかなり年下とはいえしっかりした子だしもとから私にはもったいない物件だ。私なんかよりもしっかりした、嘘でがんじがらめにならない同年代の可愛い子と青春するべきなのだ。あ、でも美鶴の友達してるくらいだから基本的に年上が好きなのだろうか。それにしても私のようなやつはいかんだろう、うん。
ペンが止まったのを横目に確認し、よいしょーと机に乗り上げるようにしてプリントを回収する。三谷くんの視線が顔に突き刺さるのを感じるが、ともかくは採点だ。授業だ。お仕事なのだから邪念は捨てる。
きっかり一時間の授業を終え、つまずいた箇所を重点的に宿題を作って手渡す。前回の採点済みのそれも渡し、さて、と構えた。邪念がスキップして帰ってきた気分だ。

「時間、大丈夫?ちょっとお話があるのですけども」
「来週から期末だから、どうせ自主勉の時間だしちょっと遅刻しても平気です。この間の、駅前のことですよね」

にこり、と告げられたことが余計に恐ろしい気がして口角が引き攣れそうだけども、意志の力でどうにか抑えて頷いて見せた。私は大人だ。少なくとも三谷くんよりは。いらない心配も迷惑も掛けたくないし嘘を積み重ねるつもりもない。
そもそも、不誠実だろう。私なんかに告白してくれた子なのだ。

「美鶴からは、何か聞いてるのかな」
「すごく好きな子が出来たって言ってました。あと、付き合ってるって」

早くもダメージに打ちひしがれそうになりながら、ええと、と言うべきことを確認する。そこまで知られてるのならもうほとんど話さなきゃないのだけれども。

友人との悪ふざけでいつもと違う服装、いわば変装で出かけたこと。運悪く美鶴と遭遇してしまったこと。バレなかった代わり、妙に気に入られてしまってそのままずるずると会い続け、お付き合いを始めるまでに至ったこと。

客観的に話してみるとそれこそ嘘臭い話だなあと他人事のような感想を持ちつつ説明を終えると、机に乗せていた二人分の指先を見つめていた三谷くんの目が持ち上げられて私を見る。熱いほどの視線に、美鶴の顔くらい甘ったるい視線とはまた違う感触がある。それでもそこには確かにくっきりとした自我が見て取れた。迷いまくりの私とは大違いだ。

「先生は美鶴の事どう思ってるんですか?一緒に住む親戚としてではなくて、ええと」
「付き合ってる方の私の気持ち、だよね」
「はい」

言葉も態度も真摯なのだから、お茶を濁すのは酷いだろう。
一晩中……まではいかなくともいつもよりは就寝が遅れた程には悩んで考えていたのだ。美鶴さんをたか子はどう思っているのか、不二子ならどうしてあげるのが正しいのか。

「別れなきゃと、思ってる。ひどいことしてるからね」
「好きなんですか、あいつのこと」
「異性としてじゃないんだ、きっと。優しくしてあげたいとは思うんだ」

たか子としては少し違うけれど、私としての本心はこれだ。
今のこれは正しくない。保護者ならば道を正して見せるのが義務だ。まだ若いからとか、そういって親類に大目に見てもらえていた時期ももう過ぎたのだ。
私には美鶴とアヤちゃんを幸せにする義務がある。普通を極めることが幸せだと言い切るつもりは無いけれど、嘘だらけの私に付き合わせるのは明らかに幸せから遠い。

「でも、美鶴って女性関係ゆるかった時期あるでしょ?って、あー、三谷くんに言うのも変だけど」
「いいえ、俺も少し訊いてましたし」
「……本当、二人の関係って謎が多いね」
「あはは……。ともかく、先生は本意じゃなく美鶴の彼女してるんですね」
「うん、そう、かな」
「なら、俺にもまだチャンスはありますね」

……うん?と首を捻って三谷くんに視線を向けるが、当の彼は腕時計に目を向けてげぇ、と心底嫌そうな声を上げる。自習時間があると言っても、流石に始業時間が迫っているのだろう。
荷物を乱雑に鞄に詰め込む三谷くんに慌てて今朝買っておいた菓子パンを渡すと、「ありがとうございます!」と軽快な学生らしいお礼とともにぐしゃりと鞄の隙間に収まる。あ、クリーム出たなと思いつつそれを見守り、私はそこまで時間が迫っちゃいないがつられて急いで身支度を整えて鍵を持つ。
いつものように下まで送ろうかと思ったがくるりと三谷くんが振り向き、にかりと笑って手を振った。

「今日もありがとうございました、行ってきます!」
「……いって、らっしゃい」

どうしてか授業開始時よりも男らしく見える背中を見送って、結局もやもやがたまったばかりで終わった対談に疲れてとりあえずアヤちゃんに電話して癒されようと決めた。



15.08.09

bkm

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