交換日記くらいの気持ちだったよね
「美鶴の気持ちが分からないいいいいいい!」

ああああ!と叫びながら頭を抱えて感情表現すれど、奈々花にこの絶望的な気持ちは伝わらない。のんびりとコーヒーカップを傾けた彼女は、「あんた、伊達メガネも似合いそうだよね」という今度の週末のコーディネートに関しての話題を口にする。いや確かに奈々花の見立てはかわいいけれど。やだこれほんとに私?とか定番の反応して毎回私も楽しんでるけども。
そもそも毎週末会うことが当たり前みたいにメールがきて、平日はばれるのが恐ろしいのもあり会えないからとしっかり断りを入れてしまってから増えたメールの内容は些細な近況報告だったりくだらない討論だったりがちまちま続いて一日を通してやりとりしていたりするし完全に二重生活に入っている。まあ性格設定が「不二子」とはだいぶ違うし、年下として振る舞っているのでなんとか使い分けていられるけれども。
だがしかし罪悪感がすごい。あの美鶴の甘い顔だとかを散々向けられたあとに何でもない顔で帰ってくる美鶴を迎えるのが辛い。いや、よく見れば上機嫌なんだけれども。
いやいやそれよりも大きな問題があるのだ。というか事件があったのだ。

「で、美鶴くんとキスした感想はどうなのよ」
「まだ!未遂です!」
「この調子じゃ近いうちに、ねえ?生徒さん問題も片付いてないしねえ?」
「うわあああ掘り返さないでええええ」

あのときにきっぱりさっぱりと返事できればよかったのだが、なんだかモテ期ショックでうやむやにしてしまったのがいけなかった。
週明けの三谷くんの授業の日、はっきりと受験だとかと大人の事情で断ろうと思っていたのだが彼に先手を取られてしまったのだ。「もし受かったら、返事をください」なんて曇りなき眼で言われてみればいい、絶対に条件を飲んでしまうから。
さらに昨日には美鶴とのデートでなんかいい感じの雰囲気になってしまって、あろうことか、夜道、しかも道端でキスされかけるという事件は起きるし。明日は三谷くんの授業だし。今日こそ昼まで寝ているつもりだったのにこうして朝から友人宅で叫ぶ羽目に陥っている。

「美鶴くんとするの嫌なの?昔はしてたって言ってたくせにさ」
「ぷにぷにほっぺの幼児にしないでいられるの、奈々花は」
「覚えがないわあ」
「そもそも今回は口だからね、しかも大学生だからね!抵抗感あるわ!」
「やっちゃえば消えるって!」
「やめてえええ扉開けないでえええぇ」
「止めたときの言い訳が恥ずかしいから、だっけ?あんた今何歳?あ、女子高生だったねー怪しまれないねー」
「やめて抉らないでええええぇ」

何も解決はしていなくとも叫んですっきりはしたので、はあ、と脱力して机に伏せる。嘘つくの辛い。いやちょっと不二子からたか子への切り換えに慣れつつあるのが辛い。怖い。
美鶴用の携帯を開けば今何してるのなんてありきたりなメールが来ていて、友達の家で遊んだいるとこればかりは本当のことを送る。その一部始終を眺めていた友人はといえば「乙女寄りの顔になってるよー」などと恐ろしい感想を述べるもので、新たなダメージに再び伏せながらクッキーをかじった。甘いもの旨い。

「そもそもあんたはどう思ってるの?」
「チョコチップうめえ」
「そうそうそれさ、ほろ苦さがまた……じゃねえよ。キス問題だよ。美鶴くんとキスできんの?」
「いや、私は保護者だし」
「血縁どれだけ遠いと思ってんの。ほぼ他人よ、自立間近な大学生なんてとくにさ」
「いや、おむつの中身も見てるし」
「幼馴染みなんて定番でしょ」

今まで上げていた前提をことごとく否定されてから、改めて考えてみる。
キスをするということは、恋愛対象としてみれるかという問題に直結しているだろう。幸い友人は明け透けに話すし偏見も打ち破ってなきゃギャルなんてやれるかという男らしいところもあるし、私は素直に意見を言える。どんな答えでもそうかの一言で済ませてしまえるのだろう。
キス、あの美鶴と。
昨日の帰り道での、繋いでいた手と静かに寄せられた顔を思い出してみる。慣れたように顔を少し傾けて、肩を抱かれて、状況判断が追い付いてすぐに腕を突っ張った。どうして突っ張ったりなんてしたんだっけか。反射でしてしまったから分からない。
うううう、と悩んでいるとバイブが響き、暗くなる前に気をつけて帰って、という気遣う内容のメールにまた気が迷う。どうなりたいのか私は。

「奈々花、美鶴が優しいよぅ……」
「重症ねえ。キスしちゃえばはっきりするのに」
「いやいやいや」

もう一度頭を机に打ち付けて伏せた。そろそろ石頭に磨きがかかりそうである。










「ただいまぁー」
「おかえり。なにその間延びした挨拶」
「人生の岐路にある女の重々しい嘆きよ」
「はあ」
「……うん、今のは私が悪かった。せめて突っ込んで欲しかった」

たか子との予定もないからか今日は一日家にいたらしい。リビングで悠々と読書していた美鶴がひとつ伸びをして携帯を見る。恐らくはたか子からの帰りましたメールの確認だろう。最寄り駅で送っておいたものだ。少し頬を緩めた美鶴がおもむろに立ち上がり、キッチンに立ちおい、と声を掛ける。

「休みくらい手伝う。夕飯なに?」
「ふおっ?え、ええとしょうが焼き、浸けといたのあるから」
「なら俺でも作れるな」
「あとシーザーサラダとキャベツの千切りと味噌汁とナムルとココット」
「全部やらせるつもりか」
「半分お願いします!」

冷蔵庫を物色する美鶴に急かされるように上着を脱ぎ部屋着になるために自室に入る。律儀な子だから食事の準備を手伝ってくれることはよくあるけれども、率先してやってくれるのは少し珍しい。
ベーコンを炒める彼の隣でレタスやらを洗いながら、奈々花の言っていたことから連想して質問してみる。あんまり悩みすぎて本人に直接訊きたくなったともいう。

「ねえ美鶴、彼女でもできた?」

また避けられて終わりだろうかと思ったけれども、意外にも機嫌のいい美鶴は多少渋ったくらいで口を開く。ちょっと笑ってさえいる。夜道で見た甘いあの顔である。

「うん、いい子だよ」
「……機嫌いいと思えば、分かりやすいんだからまあ」
「そういうの恥ずかしいからやめろって」

不穏な空気が漂うこともなく、無事に作り終えた合作夕食も和気あいあいと食しひとりで風呂に入って気付いた。

そういえばそもそも私達まだ付き合ってねえよ。



14.12.21

bkm

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