ダークサイドへようこそ

「ただいま不二子さあああん!」
「アヤちゃあああん!おかえり久し振りいいい!」
「これお土産のバウムクーヘンー!お兄ちゃんお茶淹れてー!」
「何でだよ」
「不二子さんに渡すものまだあるから!」

お土産の紙袋を掲げたアヤちゃんはばしりと、長旅の疲れも感じさせない綺麗な仁王立ちで美鶴に紙袋を託した。文句を言うのを諦めたらしい美鶴はしぶしぶといった感じを全面に出しながらキッチンへと向かったので、アヤちゃんの荷物のなかで一番大きいものを抱えて中に招き入れる。玄関先でいつまでも抱き合っていたらお土産も堪能できないし。
ありがとうございます!と元気に頭を下げたアヤちゃんはリュックを下ろしながらスニーカーを脱いで、これまた元気に小走りでリビングに向かった。まあ対して長い廊下でもないのだけれども。





「アヤちゃん、元気でやってた?ちゃんと食べてる?同室の子とも上手くいってる?」
「不二子さんてば、電話でもその話ばっかりじゃない。大丈夫だよ。夜な夜なお菓子を分け合う仲です」
「夜に食うと太るぞ」
「お兄ちゃんは人のこと言ってないでもっと太るべきなの!」

きゃあきゃあとじゃれあう兄妹を微笑ましく眺めながら、保護者宛のプリントに目を通していく。

アヤちゃんは美鶴とは違う女子高への進学を自分で決めて、寮だとかの手続きも出来る限りひとりでして決めたものだ。今思えばそれがこの人当たりのいい子の反抗期で、年の近い保護者への反発だったのだろう。帰ってくれば変わりなく接してくれるとてもいい子だ。連休が少しでもあれば帰ってきてくれる、とてもできたいい子だ。
学校行事の報告の写真をじっとり眺め、美鶴にも渡しながらようやくお土産に手をつける。お兄ちゃんには見せなくていいのに!と膨れるアヤちゃんににやりと笑って見せてから、「文化祭行きたかったなー」とぼやいた。

「女子高の文化祭なんてあれだよ、餓えたメスライオンが縄張りに獲物が来るの待ってるような感じだから保護者は来ないもんだって」
「ねえなんか不穏だけどどういうことなの」
「それより今日不二子さんと一緒に寝てもいい?」
「高校生にもなって?」
「お兄ちゃんは男だから入れませんー!」
「え?美鶴も一緒でもいいのよ!」
「メスライオンと寝るのは危険だからな、遠慮する」

そんなことばっかり言うからー!と怒るアヤちゃんも華麗に受け流し、ひとりさっさと就寝準備を済ませた美鶴がおやすみと言い残してさっさと自室へと引っ込んでしまった。いつもよりも大分早い時間帯だ。
学校が終わってすぐに出たと言っていたのだからアヤちゃんだって早く寝るべきだとは思うけれども、旅行のテンションになってしまっている彼女は寝れるテンションではない。まあ、連休初日なのだから夜更かししたっていいのだが。仕事も休みだし。
シャンプー変えたことだとかドライヤーの出力が下がってることだとか久しぶりに帰ったからこその話題でわあわあ騒いで、布団を二組敷いて寝る準備を終えたのは結局日付が変わってからだった。疲れはたまっているはずだけどももちろん眠れる様子はない。
私も隣に人がいる寝床というのが久しぶりで照れ臭く、顔を合わせるたびに無駄にくふくふ笑ってしまって寝付けない。電気ばかりは消したけれども、瞼が自然に下りるのはまだまだ先だろう。

「ねえ不二子さん、もしかして彼氏できたの?」
「え、いやいやなんで」
「だって前はあんなに携帯いじらなかったじゃない、それに二台持ちみたいだし、メールがきてすぐに返信するし?」

にやにやと肘で詰め寄るアヤちゃんは完璧に修学旅行で恋話を掘り下げる例のあれである。いやいやそんなものじゃあ、と言い逃れを図るが「あれは友達とメールする顔じゃないよ?」と宣言されて顔が熱くなる。いやいや、彼氏みたいとか奈々花にも言われたけどもそんないやいや。だって私あいつの添い寝とかしてやった仲だし。強いて言うなら年の離れた弟だし。そもそも私はこういう色恋話が苦手すぎて駄目なのだ。聞く分にはいいんだけれども巻き込まれるのは駄目なのだ、やたらと照れてしまう。

「いやいや、アヤちゃんは嫌でしょ、私に彼氏がいるとか、そもそも私みたいなのが浮かれてぽわぽわするのとか」
「あたしはいいと思うよ。ていうか、あたし達がいるからって恋愛しないのはないと思うの」

思わぬ言葉に照れ隠しで布団に埋めていた顔をアヤちゃんに向ければ、にこにこといつものように笑いながら枕を抱えてこちらを見ている。

「不二子さんだって女の子だもん。あたしもたくさん恋バナしたいし、一緒に悩んだりしたいし、不二子さんがっていうか叔母さんが恋したって応援するよ」
「アヤちゃん私そろそろ泣きそう」
「それにあたし、不二子さんが枯れ専でもショタ属性でもデブ専でも平気だから。むしろマイナーな方が燃えるよね。ていうか萌えって相対的に一般的に幸せと遠ければ遠いほど際立って尊いよね」
「あ、アヤちゃん?」
「あたし気付くのが遅かったんだけど、お兄ちゃんって優良物件だったと思うの。オネショタって年の差はもちろんだけど一時期しか成り立たないじゃない。それにお兄ちゃんって同年代の男子と比べても大人っぽいし、可能性はあったよね。ていうかおいしいよね」
「アヤちゃあああああん」

うふふふ、と続く話の内容にもうついていける気がしない。叔母さん別の意味で泣きそう。
あれ、こんな子だったっけ、いや恋バナは好きだったけれどももっとキャッとした感じのやつだったはずだ。なんかさっきやたらと専門用語みたいなの聞こえたけどどういうことなの。
ねえ、彼氏ってどんな人?サディストでもいいよ?とこちらの布団に入って責めてくるアヤちゃんにどうごまかすべきか、おやすみメールのお返しだろう震動を両手で包んで押さえながら必死に考えた。



14.10.26

bkm

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