連絡が出来ないのなら買えばいいじゃない



「……どうしよう奈々花」
「そりゃあ行くしかないでしょ?断るにしろなんにしろさ」
「絶対面白がってるよね」
「当たり前じゃない」

そもそも現在の体勢からしておかしいのだ。
相談という名目で遊びに友人宅を訪れたはずだというのに当の友人は私の髪をふわっふわに巻いているし、首が動かせないながら周りを見ればなんだか見覚えのある制服が一揃い詰まれているし、メイク道具もそばに置かれていてなんというか余念がない。そうして周りを見渡すうちに頭が動いてしまったらしく「ちょっとやりづらいから動かないでよ!」と理不尽に頭の位置を戻された。目の前に配置された鏡越しに友人の顔を伺えばそりゃあもう楽しそうである。恐ろしいくらいである。

「いやさー、私、女兄弟欲しかったんだよね。髪巻いたりとか服のシェアとか楽しそうだなーって」
「そうだねー、楽しそうだねー今現在」
「もともと不二子は普段地味だと思ってたんだよ。ほら手間かければこんなに可愛くなるのにさー」
「いやいやその手間と睡眠どちらかを取れと言われれば私は迷わず睡眠を取る女よ」
「それくらい知ってるわ」

そもそも短いスカートだとかひらひらしたブラウスだとかは隙だらけに思えて仕方がないのだ。家事をするにも仕事をするにも動きやすい方がいいに決まっている、という心情のもと、私はこんなひらひらを避けてきたというのに。
あれよあれよという間に先週とは違い編み込みだとかでやたら手の込んだ髪型にされメイクで目を拡張され、しっかり先週のような女子高生が出来上がったのを見届けて頭を抱えた。髪が崩れるでしょバカ!と友人に叱られたけれども多目に見てもらいたい。というか、おかしいだろう。同居人とデートするためにこんなメイクしてスカート短くして待ち合わせして。いやそんなことは先週から気付いていたけれどもね。あのとき一回きりだと思ったからこそだけれどね。

「今日こそお別れを伝えてこんなコスプレやめてやるー!」
「はいはいコスプレって認めちゃったね。っつうかまるで彼女だねその態度」
「彼女……?」
「いや固まんないでよ」
「彼女……」

一緒に暮らしている親戚とはいえど、血の繋がりなんてほとんどないようなもので。
同じく一時期一緒に住んでいた美鶴の妹のアヤちゃんとは離れた今でも連絡を取り合ったり三人で遊びにいくような仲だけれども、美鶴と二人暮らしの今はなんというか、下らない話なら絶えたことはない。けれども、彼女。あの顔はいいけれど配慮だとか気遣いからは遠いところにいるつんけんした、デレる時はあれど分かりづらくて翌日にそういえばあれは慰めてくれてたのかとようやく気付くくらいに不器用なあの美鶴の、彼女。

「ないわー」
「もったいない、美鶴くんだってもう大学生なんだし成績もいいんだし、顔もいいんだし今が買いだと思うんだけどなー」
「私は一応保護者なの。あの子に負担かけさせないで暮らしてもらうのが役目なの。手なんて出せるか!」
「デートはしてるんだけどね」
「ああああああ!」
「それに恋愛なんて自由にしないと意味ないでしょー、ほら時間いいの?」
「うわああああ!行ってきます!」
「いってらっしゃあーい、頑張ってね!」

何を頑張れと、と詰問するだけの時間の余裕もない。こればかりは走りやすくて助かる借り物のスニーカーを荒々しく履き、待ち合わせ場所へと急いだ。連絡先を知らないというのはこんなにも不便なのかと嘆きつつ。





「俺と付き合って」

どうしてこうなった。
どうにか遅刻を免れて滑らかに美鶴と合流し、その際に私の髪に触って「前と違うんだ、可愛い」などと不意打ちをされたダメージから回復するためにも近場のファーストフード店に入って腹も膨れてきた頃。
いつ別れを切り出そうかと考えていた矢先、そんなひとことを頂いてしまいまたしてもポテトを詰まらせた。もうこれは呪いだろうか。こんなことをしている私を諫めているんだろうかなんて思ってしまう。
炭酸でデンプンの塊を流しながら首をかしげて、どうにか誤魔化す方法を考えたけれどもいい案なんてそんなぽいぽい出るはずもない。ちらりと向かいの椅子に座る美鶴をうかがえば、まあ、こちらをじっと見つめているわけで。

「その反応なら脈アリだな」
「いやそんな、ええと、今日会うのが二回目ですよ!」
「君と会うのが楽しいからじゃ駄目か?」
「や、駄目っていうか急過ぎます」

どこをどう好かれたのかが全くわからないけれど、ここでごめんなさい好みじゃないんですとか言うのも二回しか会ってないのに言うのもひどいしと墓穴を掘り進めることもできずに頭を抱える。
アヤちゃんから聞いてはいたのだ、美鶴はどこか異性との付き合い方が緩いと。だからって自分が口説かれるとは思わなかったけれども。注意しようにもおばさんに注意されても真実味なんてないだろうし、そもそも私が対して異性とのお付き合いの経験がないし。でも、美鶴の現状が悪いことは分かっている。どうにか変えてあげなければとは思っていた、いや、思っている。
ここまでなんとか考えて、はて、と思い当たった。今の私ならあれじゃないだろうか、第三者として忠告なりなんなり出来るんじゃない、これ。いやリスクだらけだけれども。
ちらりと向かいの美鶴を窺う。苦笑はしているけれども心配そうにこちらを見ていて、大丈夫か?と気遣う言葉だってくれて私の返事を待っている。

いい子なんだ。ちょっと訳ありでひねくれてて口も態度も悪いけれど。顔が良いことを自覚して使ってるところはあるけれど、寂しがりの子供なんだ。いくら大学生になったと言えどイコール大人であるはずもない、大人っぽい子が大人であるはずもない。
私にだけ、できないことをたか子ができれば。

……いや私でしかないしね。嘘とか苦手だし無理だろうね。背伸びしたら足を挫くだけだ、よし、断ろう。
決意を改めて固め、うつむけていた顔を上げ美鶴の目をまっすぐに見る。美鶴はどうしたの?と尋ねるように首をちょっと傾げて、話を促すように私を見かえしている。

「お友達からでお願いします」
「だと思った。連絡先訊いていいよね、友達なんだから」
「え、いや、私持ってなくて」

一緒に住んでるんだから携帯の機種から古びれかただとかもそりゃあもうはっきりばっちり分かるはずで、「この間のは友達の借りてて、とにかく携帯持ってないんです!」とどうにか逃げ道を探して話し続ける。いやこのまま自然消滅のように会わなくなるのが理想的なんだけど!うっかり美鶴の熱視線に負けてお友達なんて口走っちゃったけど!
しどろもどろに携帯がない理由を言っているうちにも顎に手を添えて考え事をしていた美鶴は、ひとつ頷くと食べ終わったトレイをまとめて「ちょっと付き合って」と立ち上がる。連絡先は諦めてくれたのだろうかと安心して、とにかくは付いていくため立ち上がった。
エスコートされるままに歩くうち最寄りの携帯ショップに入り、隣に座って待っているうちにもあれよあれよと契約が進んでゆき、美鶴って携帯持ってたよなあとのんびり食後のコーヒーを楽しんで店から出るころに事件は起きた。
無事受け取った少し前の機種を捧げ持った店員さんから出口で紙袋を受け取った美鶴は、そのまま滑らかに私に渡した。もちろん紙袋を。

「……なんでしょう、美鶴さん」
「友達なのに連絡出来なきゃ困るだろ」
「いや、でもこんな高価なもの」
「大して高くないよ。今日付き合ってくれたお礼だし」
「いや、でも料金とか」
「どうしても気になるなら来週なんか奢ってよ」

いやいや、それって来週も会うってことじゃないですか。というか携帯プレゼントって重いよ美鶴。さりげなくメアド登録済ませないで、自然消滅作戦が遠のくから、そんな嬉しそうに渡さないで。
断れない自分を呪いながら、とにかくは紙袋を受け取った。ここまでされて、受け取らないとか、ほら、ねえ。



14.06.24

bkm

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