はいおしまい!







「好きだよ」

好きなの、なんてシンプルすぎてどうともとれてしまいそうな言葉に、採点するなら花丸の返事が返ってくる。ただただからかうみたいに。にこりと笑う顔は隙がなくいつも通りだ。いつも通り過ぎる、むしろいつもより灰汁がないのではないだろうか。
言外にだけれど他意はないと極端にアピールしてくる言葉に、かっと血が上って「違うよね」と言ってしまう。同じように誤魔化してしまえば今まで通りだというのに、ああもうと頭を掻きむしってなかったことにしたがるたか子の残骸をどうにか飼い慣らして、ちゃんと向き合おうとする私が踏ん張っている。今逃したら、たぶん美鶴はしっかりきっちりと逃げ切ることだろう。あの時の三谷くんじゃないけれど、あの危うさよりよっぽど頑な過ぎて難易度が高そうな気配だけれども、今逃がしちゃ駄目だ。それを理解出来るくらいには美鶴のいろんな顔を見てきた。

「ね、どういう風に好きなの?」
「そんなこと訊く空気だったか、今まで?」

茶化し眉を上げて見せる美鶴が、話はおしまいと言わんばかりにドアに手をかける。慌てて伸ばした手はぎりぎりで美鶴のシャツを掴むけれども体勢が悪かった。
どうにか離さずに踏ん張ろうとすればするほど、崩れたバランスはどうしようもなく体は傾く。ふぎゃあと悲鳴を上げながら両手を掴むのに使ったまま床に倒れる覚悟をして目を瞑る。ここで抱きとめて貰えたりしたらときめいたかもしれない、だが現実では妙に踏ん張った美鶴のおかげで思ったより床が遠くて腰だけを強打したという事実が残ったばかりである。普通に痛い。でも、ともかくは美鶴が自室に引っ込むのは防いだし、尊い犠牲だ腰は。

「危な、っていうか普通に痛い!美鶴待て、待ってよ!」
「手より口を先に出せばいいだろ」
「いやそうしたら美鶴普通に出てって寝ちゃうでしょ」
「離せ。おやすみ」
「いたっ、ちょ、今指離したら結局ぶつから!顔もいっちゃうから!」

腰と指だけで体を支え、ぷらっぷらハンモックのように揺れている状態だというのに容赦なく指を引き剥がそうとされるものだからさらに揺れるし指は疲れるし美鶴は私を虐める現状がちょっと楽しそうだしでだいぶ混乱気味だ。さっきの会話を流そうとしてる気配はもちろんのことあるし。
逃げられてしまったら、きっとこの先ずっと誤魔化し続けられてしまう。もしかしたらこの家にも、私にも寄り付かなくなってしまうかもしれない。嫌だ、どうしても嫌だ、寂しい、悲しい、辛い。あたしだって、私だって好きなのに。
衝動的に手を離せば、当然のように顔面から床に落ちる。ごつりと派手な音がなったもので流石に美鶴も立ち去らず、心配か義務か分からないけれども私の様子でも窺っているらしかった。嬉しいけれども、ついでにちょちょいっと起こして欲しかった。

「私はね、離れたくないくらい好きだと思ってるよ」

しっかり目を合わせながらそう伝えた。
けれども美鶴の顔は変わらず呆れたようなもののまま、しかもひたすらに無言だ。何でだろうかと考えて、先程の自分の発言を振り返る。あれ。

「……なんか、子離れ出来ない親っぽくない……?」
「そうとも聞き取れるな」
「え、じゃあ撫で撫でしたいくらい好きだよ」
「子ども扱いだろ、それ完全に」
「アヤちゃんとは別ベクトルと言えなくもない」
「言い切れよ、というかアヤは特別に決まってるだろ」
「美鶴も特別だし」
「ますます親にしか聞こえないだろ」
「あー、えー……満更でもないけど!違うの!違くないけど!」

美鶴が部屋を出ないことを確信してから、どうにかこうにか説得の言葉を捻り出すために視線を逸らして考える。逃げるのをやめてくれたからって油断ならない。私の言葉に納得がいかなければ、簡単になかったことにされるだろう。いやどうだろう、たか子の時は全部正面から受け止めてくれていたし、それを不二子に当てはめるのも何となく嫌だし苦しいし、でもこの気持ちもないと多分こうやって美鶴と話そうとは思わなかった。美鶴が私のことを大切に思ってくれているなんて分からなかった。今日までの嘘は全部ダメなものでも間違っただけのものでもなかった。
だから今、嘘じゃないことを言いたい。聞いて欲しい。ずっと嘘をついていた美鶴に。

「私も、好きだよ」

美鶴が突っ立ったまま俯く。腰を強打して動けない私からすらも顔が窺えないくらいに。
かと思えば唐突にしゃがみこみ、力が入らないかのように腕を投げ出して、そのくせ頑なに顔は膝に埋めている。その反応というのは伝わっているのかいないのか。

「キスもハグもしたい好きだよ」
「……うん」
「うんってなんだよ返答として不十分でしょうが」
「うん」
「えーそれ聞こえてる?適当に返事して誤魔化そうとか……」

真面目に聞いてくれないと困る、と言いかけてやめる。
相変わらず長めの髪に埋もれる耳を発掘するため、彼の髪を耳に掛けてあげながら続きを言おうとしていたのだ。ついでに頬でも見えてくれれば顔色くらいは確認できるしとの下心からの行為で、それは成功したというかなんというか。
指が髪に触れた瞬間、ちら、と窺うように美鶴の目が私を見る。批難する目じゃなくて、嫌悪の目でもなくて、たか子に向けていたのかそれよりも熱い情の篭った目で。視線を合わせたまま、うん、と笑う。とろとろと、ただ幸せそうに。

「うん」
「……うん、しか言えないの?」
「うん。いい」

そっかあ、なんて返事をして、急に可笑しくてたまらなくなって笑う。いや、可笑しいんじゃなくて、嬉しいのか。美鶴がこんなにも耐えられないくらいに喜んでくれたのが嬉しいのか。
髪に潜らせていた手をそのまま彼の頬に当てる。見た目よりも熱くて、また笑ってしまった。











「遅刻した、ふへへへ、多分これ私の奢りコースだな……」

仕事と授業の時間がぽっかり空くところを見つけて、ならお互い都合のいい駅のあたりで昼食を食べようと美鶴と約束したのはまだいい。いいのだけれどもまさか生徒に捕まってしかも妙に盛り上がってしまって抜けるに抜けられなくなるなんて予想しようがない。
以前なら適当に食べて、とか冷凍食品多めの弁当だとかを渡したりしていたけれども中途半端に気恥しい関係になったもので、顔を合わせる機会は増やしたい。いや家でも会うけれどもなんかそれだと完全に今までと変わりないというかメリハリというか刺激が足りないというか。
ともかくは外でのご飯の約束、適当な待ち合わせの場所指定をしていたのだけれども。
改札を通り小走りで出口付近を探せば見慣れた黒ずくめを見つけて、駆け寄ろうとして戸惑う。見慣れた仏頂面ではなく、傍に立つ女性に少し笑って、満更でもない様子で話し込んでいる。女性はこちらに背を向けているから顔は見えないけれども、ボディタッチだとか楽しそうな雰囲気だとかは伝わってきて。たか子似もとい不二子似の人とでも出会ってしまってはいないかとまで考えてから、思い切り足を踏み出した。
私は美鶴の彼女なもので、叔母としての口出し以上のことが出来るようになったもので。

「ごめん!待たせちゃったよね!」

彼女らしく彼女らしく、と頭で唱えながら美鶴に抱きつく。ナンパだか逆ナンだか知らないがこちらは紆余曲折を経ておるぞ、会って数分の女に引けを取らないはず、と勢いを殺さないまま声を掛けて、抱きついた状態のまま後ろを振り返って、撃沈した。

「やぁだ、こんなカレシ待たせてたのは不二子だったの」
「菜々花かぁ……そっかこの駅……あー」
「ふーん、上手くいったんだね。そんな腕組んだり、ふぅーん」
「まあ、話してた彼女はこれなんですけど」
「これ言うなよぉ」
「へえー、ふーん?」

美鶴と仲良さげに話していたのは菜々花だった。そりゃあ知り合いと会ったら話すよね。私の遅刻で時間あるだろうしね。まさか待ってる私が話題らしくて、こんなふうににやにや見つめられる羽目になるなんて思わなかったよね。
先程までの自分の勢いが恥ずかしすぎて顔も上げられず、美鶴の肩に顔を押し付けたまま粘っていればぽんぽんと雑に慰められ、余計に恥ずかしくなっているうちにも感慨深げな菜々花の声は聞こえっぱなしで、後で詳しく話しなさいよとの言葉を残してから満足げに去っていく。
菜々花が立ち去ったらしいことを確信してから顔を上げれば、今度は美鶴がにやにやとからかう気しかない顔をして私を見下ろしていた。

「……何言いたいのかハッキリして」
「いいのか?」
「やっぱりやめてくださいお腹が空きましたお店に向かいましょう」
「はいはい。どこに行く?」

今度は適度な距離を保ちながら、ラーメンだハンバーガーだのとお互い食べたいものを挙げ連ね、あの日制服を着て歩いてしまった駅前を足早に通り過ぎた。言えないことは飲み込んで、言いたいことを沢山重ねていくために。

「そういえばアヤからメール来て、言ったから」
「ひえ……」
「後で二人に聞きたいことがあるから、今度の休みはどっちも休みの日にする、だと」
「ひええ……尋問だ……」
「今更だ」
「悟ってる……」



19.04.01.

bkm

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