もういっかい!


目の前には美鶴の顔、いや私が座り込んでいるから少しだけ見上げる。距離を取りたくとも背中には壁しかなくて、むしろ体を押し付けようと身じろいではどこかしらが美鶴に触れそうになる。息までも掛かりそうで下を向けば、彼の膝が私の膝に割り入っているのが目に入ってしまいよほど生々しい風景に息を止めた。仕方なく横を向けば、彼が付いた肘と腕と、彼の長めの髪が否応なしに視界に入る。
壁ドンだ。紛うことなき壁ドン、しかも肘を壁に付く近い方のやつ。この場合仕掛け人と言うべきか主導者と言うべきか、ともかくはドンしてる方である美鶴までもどことなく気まずそうで、私も勿論気まずく思っているのにこの距離なもので。

「あ、アヤさん、まだですかー……?」
「まだ」
「……まだかアヤ」
「お兄ちゃんもうちょっと背中曲げて、俯く感じで」
「こうか?」
「ひえ……」
「いいねいいね、顎持ってみようか」
「こう、か、これで合ってるのかアヤ」
「ひえぇ……」
「次はもっと顔近付けて、不二子さんはそのまま反らして……もっと!初心な感じに!汚い手で触られたように!」
「ねえそれほんとにハッピーエンドになるの?バッド一直線じゃないの?」
「終わったか?」
「そのままちょっと待機で」

つまるところアヤ監督の指示の元、際どいポーズの撮影が続いている。
例のアレやそれやらのカミングアウトを、つまりは美鶴と恋人らしい関係に落ち着いたことをアヤちゃんに包み隠さず伝えれば、どうしてその場に居合わせなかったのかとちょっと驚くくらいに落ち込んだ彼女をつい二人で甘やかし、いつの間にやら彼女の漫画のモデルをするように約束をとりつけられていた。その上でどんなやりとりをしたのか根掘り葉掘り訊かれ、しかも私の発言は美鶴に確認を取られるし逆も言わずもがななお陰でアヤちゃんの手元には当事者以上に詳しくあの日の詳細が握られている。ここが地獄か、と熱すぎる顔を覆っていれば、何故か平気そうな美鶴に肩ぽんから励まされた。なんでや。なんで私だけ地獄にいるんだ彼氏だろここまで堕ちてこい。
そんな経緯の後の全員がゆっくり出来る連休だ。覚悟の上で臨んでいるモデル作業だけれども、うん、気まずい。とても気まずい。

「うん、無理矢理迫られてるとこはもういいかな。じゃあ次は抱き合って」
「ひえっ!」
「アヤ、あのな」
「次で終わるから。ここ終わったらお昼食べよ?今日カレーでしょ?早く食べたい!」
「お肉多めだよー!」
「やったー!よし早くハグして!」
「おう……」

カレーはハグに勝てなかったけれども、それでは非常に困るのだ。ぎしぎしと音がなりそうな程にぎこちなく美鶴が壁ドンから起き上がろうとするも、とっても珍しいうっかりドジで失敗して両肘壁ドンしてしまっている。わぁ顔近い。キスも簡単に出来そうだ。
たか子なら慣れてしまった距離も、不二子は残念ながら慣れていない。家族だと思って肩を組んだり抱きしめたりはなんの抵抗もなかったのに、恋だの愛だのを語らってしまったならばなんかもう初期設定になったRPGの主人公くらい無防備だ。そう思うのが私だけじゃないのが救いなのか、むしろ悪化の原因なのか。
実を隠そう、そんな話を美鶴としてから、恋人らしい接触は気恥ずかしくてお互い出来ずにいるのである。

か細い息のまま、目の前の美鶴が赤らんだ顔を極限まで背けようとしている。とても首が痛そうだ、そこすら赤いから何も隠せていないけれども。いやこの場合私からの距離を最大限に取りたいのか、どっちもか単なるパニックか。いやパニックだな。
あんまりに動揺している彼が目の前にいるものだから私自身はちょっと落ち着いてきてしまったじゃないか。悪態をつきたくとも聞き入れてくれる余裕もなさそうだ、ならばとあんまりに近いその体に手を回して抱き着く。手近な肩に顎を乗せれば、感無量といった表情のアヤちゃんがカメラと口を押さえて静かに喜んでいた。本望だ、本望だけどもちょっと私もしんどい。
抱き着く背中があまりに強ばっているから、妙な可愛らしさの感情に踊らされるままにその背中を撫でる。余計に強ばるのが手のひらに感じられて可笑しい。
両腕では抱えきれないくらい大きく育って、私を好きだと言ってくれた背中は、今が一番頼りない。けれどそれを知れたのは不二子だ。たか子とは違う気持ちで、背中を撫で続ける。少し力が抜けた頃に、いつの間にかうちに来ていたらしい三谷くんと美鶴越しに目が合って私も撃沈した。

「あ、亘さんも呼んだんだー。カレー足りるよね?」
「……あ、あの、アヤちゃんの手伝いに呼ばれて……帰った方がいいですか、これ」
「お兄ちゃんと絡んで欲しいからちょっと待ってね、ここだけ撮ったらいいから!あと上から一枚!」
「美鶴、振り返るなよ、絶対に振り返るなよ」
「……俺の命日は今日か……」
「美鶴ー!生きろー!」



19.06.01

bkm

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