クマっちゃった、なんつって


「よーし休憩しよっか!来てすぐだけど!」
「うっうっ、よかった、私のせいで三谷くんがうちと疎遠になったらお腹切るとこだった……」
「包丁なら二階の売り場だからこの辺りはないよ?ほら、休もう?」
「アヤさん、売り場把握してるんだね……」

はは、と なんとも言えない笑い声を漏らす三谷くんを引き連れ、無残にも涙目になった私を引き摺るアヤちゃんが適当な喫茶店へと入る。
てきぱきと座る席までアヤちゃんに指定され、涙も引っ込みメニューを覗けるようになって三者三様に注文を済ませた。
私のせいで美鶴と三谷くんが疎遠になったら、と思い至ったのは振られた日の晩で、女遊びをしなくなった美鶴の交友関係が違う意味で心配で男友達の名前だって数人しか知らない。一応は美鶴とアヤちゃんの保護者な私はそのあたりも管轄しているというか単純に気になるというか、責任がすごそうというか。
私の嘘の末に出た謎の勢いで彼らの仲が拗れでもしてしまったら、本当に、彼らに合わせる顔がなくなるところだった。

おやつにピザとパフェを注文する若い胃袋に囲まれ、二人がきゃぴきゃぴと一口ずつシェアする様子を見守っていたら多少落ち着いてきた。たか子なら馴染めたかなーと微笑ましく見守っていれば、アヤちゃんからの強制あーんを食らってしまい少し実年齢分のダメージは負ったけれども。

「じゃあ作戦会議ね、お兄ちゃんの資格祝いについてなのですが。亘さんは何をプレゼントしたら喜ぶと思う?」
「うーん……誘ってもらってからずっと考えてたんだけど、やっぱり実用的なのがいいかなとは思うんだ。いつものよりちょっといいやつとか」
「まぁねえ。お兄ちゃん、アクセサリーとか貰っても断ってたしなー。それか私に横流し」
「確かに美鶴ってごちゃごちゃしないよね、モテるのに」
「だよね。モテてるのに」
「……なんか俺、遠回しに傷付きそうです……」
「亘さんは隠れガチが多そうだよね」
「分かる」
「え、それ喜んでいいやつですか?」

わちゃわちゃと話しながら食事を済ませて、とりあえずはモールを一周してみようかと話がまとまる。この場にいないけれども我々の共通項である美鶴が、失恋してから大人しいかと思えばさくっと空き時間で資格を取っていた。それ学部違うやん、とかの常識はこの兄妹に通用したことがないので触れないでおく。
最近少し揉めていたから、と、仲直りの印なんて可愛いものじゃないけれども集まって話す機会くらいは欲しくて、ならプレゼントでも一緒に選ぼうよなんて明るすぎるアヤちゃんの提案に乗っかって集まってみたはいいものの。三人寄ればなんとやら、案は浮かぶけれどもどれもいまいちぴんとこない。普通にこの面子での買い物は楽しい。何をあげても小馬鹿にしながら喜ぶ想像が出来てしまうのがまた悔しくて、それすら三人の共通認識でさらに悩む。

「いっそクリスマスプレゼントみたいにみんなで持ち寄ろう?美鶴に目の前で開けてもらってベストオブプレゼント決めてもらおう?」
「優勝したらどうします?」
「えーと……駄菓子詰め合わせ!」
「えー……」
「亘さんのそんな呆れた顔初めて見た!」
「おばさんショック!泣いちゃう」
「え、えぇー……」

上限額を決めるというさらにらしいルールを足して、一時間後にフードコートで落ち合う約束をして別れて、全員が無事買い物できたことを確かめあってから帰路につく。もちろん私は駄菓子の不二子セレクションも購入済みだ。保護者として賞品代くらいは出さねば。プレゼントよりも時間を掛けて選んでしまった程の力作である。誰にも言えない尽力だけれども。








数日後、粘ったけれども三谷くんはともかくアヤちゃんの予定はなんともならず、美鶴と遊びに来た三谷くんと私でサプライズ開封式を行った。ラッピングした三つのプレゼントを抱える仏頂面の美鶴は壮観で、本家に送る用とアヤちゃんにリアルタイムで送る用とで執拗に撮影すればスパンと頭を叩かれた。
ともかくはプレゼントも渡せて、当たり前のように三谷くんをまたねと送り出せて、アヤちゃんも帰ったら選んだプレゼントを使う美鶴を撮るのだと張り切っていた。ちなみに彼女の選んだプレゼントは伊達メガネだ。明らかに彼女の願望の見えるそれに美鶴は真顔になっていた。喜びたいのに微妙に喜べていない様子は、はたから見ればだいぶ楽しいものだったけれども。三谷くんは流行りのペンケースと学生らしくも実用的で、結局不二子セレクション駄菓子詰め合わせは三谷くんのものとなった。私からのプレゼントである判子セットはとてつもなく微妙な顔をされてしまい最下位である。実用的なのに、ちょっといいやつなのに。朱肉いらずの私が欲しかったやつなのに。

「今日は楽しかったねー」
「なあ、本当に俺を祝う気あったか?全員?」
「三谷くんのお母様にケーキのお礼しないと……駄菓子じゃだめだよね、菓子折り?うーんまだこの風習緊張する……」
「駄菓子の後に菓子折りはくどいだろ」
「おうふ」

美鶴へのプレゼントは無事買えたが、美鶴とお返し買い物を行く未来がちらりと見えて戦慄する。こうして経済とは回っていくのか……たいして大きくもない微々たる出費だけれども。
ささやかな祝いの席も片付けはそこそこ掛かり、ようやく全て片付けて落ち着いてからぽちぽちとメールしつつリビングでくつろぐ。とりあえず伊達メガネを外さないでいる彼をいくつか撮り、撮ってはアヤちゃんに送りその都度返ってくるリクエスト通りに美鶴に動いてもらう。その繰り返しが何となく滑稽でつい笑ってしまえば、意外にも美鶴は怒らずつられたように笑うばかりだった。不機嫌そうな顔と笑顔を往復しているのを見て、勝手に安心した。
包装紙まで個性の見える空箱を捨てようか悩んで端に避けながら、そういえばと思い出して鞄を漁る。

「忘れ物か?」
「なんでも私のうっかりに繋げようとしないでね?いや、忘れてたといえば忘れてたようなそうでもないようなものだけど」
「おやすみ」
「待って!もうちょっとで見つかるから!」

俄然興味を無くした美鶴が自室に引っ込みそうなのを何とか引き止めつつ、鞄の中から目的のものを見つけて息をつきながらそれを引っ張り出した。マグカップ片手に立ってこちらを見下ろしている美鶴にはばっちりと見えている。

「なんだそれ」
「ほら、三谷くんに優勝賞品あげたでしょ。駄菓子屋久しぶりすぎて楽しくてさぁ。ついくじとか引いてみたら一等だったんだよすごくない!」
「おやすみ。早く寝ろよ」
「優しさ挟まないで!」

はい、と掛け声と共に投げたものは滑らかに美鶴の手のひらに吸い込まれ、物珍しいものでも見たかのようにまじまじと眺めている。なんてことのない、一等の特別感も薄いような手のひらにすっぽり収まるクマのぬいぐるみだ。縫い糸が飛び出していたり左右の目の位置が怪しかったりするそれは真っ黒で直ぐに美鶴を連想した。クマと美鶴が似ているかといえばどこも似ていないけれども、彼が不審気に指先でぶら下げて観察している様はなかなか似合うじゃないかと可笑しくなって笑う。
それあげる、と、捨てられてもおかしくない子どもじみたぬいぐるみを指して言えば、一等出たのが嬉しかっただけだろうがと正確な分析の言葉で返される。図星なため唸るばかりの私を尻目に、美鶴はてきぱきと動きしかしクマは投げ返されてこない。おやすみ、とお互いにお決まりの挨拶をする頃になっても要らないと言われることも無く、忘れた頃になって薄汚れたそれが家の鍵に括りつけられているのを見てあぁ、彼は不二子のことが好きなのだなあ、とようやく納得がいった。それだけの出来事で、だからこそ一番しっくりと受け入れることが出来た。
受け入れて、だからどうしたらいいのかなんてなにも分からないままなのに。




いつからだろう。
薄汚れてどこにでも持ち歩かれたらしいクマを見つけてから、そればかり考えている。
たか子を好きになったのは不二子に似ているからだと言っていた。ならたか子と会う前からそうなのだろう。けれどそんな素振りがあった記憶はなくて、今までだってここ最近だって分からなかった。似合わないクマのキーホルダーだとか、大学生になって同居なんてやめられる状況なのにまだ居てくれることだとか、家族ともとれるあやふやな裏付けだけしか私の手元にはないのに、心のどこかではその事実を納得している。
何年、隠しているのだろう。そんなに長く隠し続けて、苦しくないのだろうか。あの女遊びは家族を好きになるのを諦めようとした痕跡だろうか、なのにたか子を好きになって遊ぶのをやめるなんて結構間抜けな話じゃないだろうか。
いつから悩んでいるんだろう、どうして気付けなかったんだろう、知った私はどうしたらいいんだろう。女遊びをやめた美鶴は、抱えたものが重すぎて潰れてひまわないだろうか。発散もなにも出来ないように追い込んだのは私だというのに、悩んで、なにも答えが出ないで、狼狽えて、またとりあえず悩んでいる。
血の繋がりは微かだ、一緒に過ごした年月は家族と言えるかもしれないけれども事実ただの親戚だ。離れようと思えばきっとあとかたもなく消えることだって私たちは出来てしまう。アヤちゃんだってただいまと言って帰ってきてくれるけれどもお嫁に行っちゃえば帰ってこないじゃないと姑気分でもダメージを受けつつある。
私が一人になるのが不安だからいるのだろうか、と考えてそれが一番しっくりときた。折を見てさくっと去りそうなところがまたしっくりである。
なんだかんだ優しいなあ、そんな感想を抱いて、疑問はいつも区切れる。私からじゃなにか決断できるはずもない。嘘をついてこれを知ってしまった私に出来るのは、なにを求められても笑って応えるくらいだろう。それが美鶴の出した結論なら。私は正しくはないことをしまくってしまったんだから。まあ楽しかったのは確かだし罪滅ぼしとしても妥当だと思いたい。
ただ、美鶴が今以上に幸せそうじゃなくなるのは嫌だなあ、と、漠然と思うのだ。間違っていると分かる決断だったらどうしようかと、また悩む。また結論が出ずに諦める。

たか子と美鶴の写真が多いのは、今までの彼女が写真を喜んでいたからだろう。
それを思うと複雑な気持ちにもなるけれども、電話も出来ない携帯電話でできる写真鑑賞はアルバムを眺める気持ちにしかならないからちょうど良かったかもしれない。美鶴に見つかったらしどろもどろになる自信があるので、自室限定のアルバムだけれども。
我が家でももちろん数冊のアルバムはあるし、アヤちゃんもあちらで撮影して印刷したのやら何やら持ってきてどんどん追加しているし写真は増える一方だ。美鶴の表情はといえばぶっすり不機嫌そうだったり皮肉でも言いそうに笑っていたり、普通に楽しそうに笑っているようなのばかりだ。対してたか子アルバムはといえば、お互いはにかんだ写真から距離が近いもの、思い切り引き寄せられているものからお互いにぎこちないものと遡る。共通して、どこか幸せそうなのが滲み出ているのが私には分かる。何年も一緒に暮らしているのだから当たり前だ。けれど、だからどうすれば、ああもう寝よう。
携帯をもそもそと見つからなさそうな場所に仕舞い直し、さて寝るかとベッド上からベッドの中へと移動しかけたところで、自室にキレのいいノックの音がきっちり響く。はーいと冷静に返事をしようとして「へぁーい」と裏返った声になる。動揺してるのが見破られようともなにをしてたかなんて分かりようもないし、うん、それでも普通に恥ずかしい。返事さえあれば遠慮なく開けられるドアに、いつもの遠慮のない家族の顔をした美鶴、「明日はバイトがなくなったから夕食は帰って食べるから」と暮らすには重要な情報の共有。私は遅いかもと言えばひとつくらいなら惣菜を買ってくると似合わないお言葉に、思わず少し笑う。似合わないクマを鞄に忍ばせてお惣菜の入った袋を抱える美鶴が見れないなんて、少し残念だ。

「うっわ相変わらず似合わないだろうねー」
「惣菜が似合うのなんて叔母さんくらいだろ」
「美鶴にとって似合わないを極めたキャラ弁持たせてやろうか!」
「何時間掛かるんだ?徹夜か?」
「ぐうぅ……」

睨めつけるように見上げるも、仁王立ちの美鶴はいつも通り小馬鹿にて笑った顔である。たか子との写真を眺めていたからか落差で余計に悔しがっていれば、小馬鹿から鼻で笑った表情にたか子に見せていたような柔らかさを見つけてしまって、それを見てしまえばきっと同じ感情なんだろうと繋がってしまう。今まで見つけられなかったその柔らかさは、今までも不二子に晒されていたのだろうか。
小さな頃からひねくれている美鶴のとても幸せそうな顔。
考えてたことがぽろっと口から零れる。

「美鶴って私のこと好きなの?」
「え」
「あっ」
「え?」
「あっ」



19.01.20

bkm

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