もう恋なんてしないなんて言いたい


「不二子さん?」

考え事から強制的に意識を戻して、なあに、と向かいの三谷くんへと笑いかける。ぼんやりとしていたからか頭の文字は変に声が裏返った。実に恥ずかしい。
取り繕うようにへらへら笑いつつ、手元のストローを口に含む。氷が溶けた炭酸はどうにもやり切れない味しかしない。もう私を投影してるんじゃないのかと無駄に責めたくなるほどだ。

「ごめんごめん、ぼーっとしちゃってた」
「お仕事忙しかったんですか?」
「き、禁則事項です」
「この時期だと試験多いですもんね、なるほど」
「ぐぅ」
「忙しさくらいなら顧客情報とか、そういうのきっと大丈夫ですよ」

ふにゃりと笑った三谷くんは一旦仕舞っておいたメニュー表を広げ、疲れてるなら甘いものかな、とデザートを私のために物色し始める。私のためだなんて言わないあたりが育ちの良さを窺わせた。きっとお母さんにもそうして気を使ってきたのだろう。三谷くんならスパダリだってきっとなれる。
メインを少なめに食べていたのもバレていたので、そこそこボリュームのあるやつを頼む三谷くんに「食べ切れるかなぁ」とついぼやけば余ったら俺が食べますよ、の保険付き。流石だ。
結局到着した白玉パフェは半分以上が三谷くんの胃袋に収まることになり、心配ばかり掛けてしまう私の態度のせいで今日は早々にお開きとなった。それにどこかほっとしながら、自宅に直行はせずにそこそこ手前の駅で降りる。輝かしきたか子デビューの地である。奈々花に会うわけでもないけれども、そこそこ馴染みの場所なので散策にはちょうどいいのだ。
デートで緊張するのは、普通。ふたりきりでどぎまぎするのも、普通だろう。帰りにほっとして脱力するのだって緊張してた反動なのだから普通だろうけれども。
何となく釈然としない気持ちを抱えたまま、あてどなく歩いては店を覗く。
騒いだりはしゃいだりするのは年とか関係なく楽しい、楽しい、のだけれども。










「つ、つっかれた……」
「不二子さん、大丈夫……?ご飯どうする……?」
「なんか、買ってきちゃおっかぁ」
「わーい!ピザでいい?M四枚かな?」
「アヤちゃんおまかせセットでー……」
「おけー!」

いつもなら寮帰りのアヤちゃんに手料理を振る舞う努力はしている、しているけれども今日の精神疲労の度合い的に楽してもいいという気分になったのでぐでぐでしてもいいということだと私の何かが判断したんだから仕方ない。

「不二子さん大丈夫?膝枕する?お兄ちゃんが」
「なんでだよ」
「うーん……アリか?」
「検討するな」

ぺちりとアヤちゃんの頭が叩かれたのを横目に見つつ、先程までの失敗の羅列を思い出す。なんというか、バイト時代からやらかしていた事のオンパレードを再現したというか、誤魔化すことが上手くなってしまっただけにいっそ地味なミスの数が増え続け、叱責よりも心配の声ばかり頂く有様だった。せっかくアヤちゃんが帰ってきているというのにこの調子なのもじわじわと堪える。

「そんなところで転がってるくらいなら部屋で寝てろよ。ピザ来たら起こすし」
「美鶴が優しいとか、私本当に駄目に見えるんだね……」
「お兄ちゃんも大丈夫?おばさんと寝る?」
「だから俺を枕扱いするな、アヤ」
「うーん、膝までかなぁ」
「何の判断基準か言ってみろ」

兄妹の優しさ的なものが身に染みていれば目に入るところに置いていた携帯がメールの着信を告げる光り方をする。そういえばサイレントだったかともろもろの操作をするためロックを解除すれば、見えるのはメール文。なんてことはない文面なのだけれども、アイコンを確認して撃沈した。ただ、彼氏からメールが来ただけ、なのだけれども。
三谷くんにもアヤちゃんにも変に気を使って欲しくはない。やだー彼氏からメールーといつもの調子で声を上げながらいつもの調子の文面を考える。ここで職場のようなミスは出来ない、慎重に、でもいつものように。たか子として使っていた体力よ今こちらに配分されてくれ。

「そういえばお兄ちゃん、最近怪しい匂いしないよね」
「は?匂い?」
「うん。彼女いないでしょ、今」

ちらりと液晶画面の向こうへと目を向ければ、にこにこと機嫌の良さそうなアヤちゃんに苦虫をしっかり噛み砕いたかのような美鶴、という難しい局面だったので大人しくメールへと視線を戻した。

「……しばらくはいい」
「へえー?本命できた?」
「フられた」
「詳しく」
「乗るな迫るな下りろ」

物理的に迫られて狼狽える美鶴に笑い、途切れることなくメールのやりとりをしているうちにピザが届き、数週間ぶりの三人での食事はやたらと賑やかに、ほぼアヤちゃんの独壇場となり恋愛相談なのか尋問なのか判断の難しい会話で盛り上がり、さて寝ようかと我が家の末っ子と共に布団に入れば「それで、悩み事?」とさらりと掘り返された。うん、アヤちゃんがそう簡単に逃がしてくれないのは知ってた。

「はーいじゃあいつものやりますねー」
「病院風かな?」
「それで今日はどうしました?」
「ノってきたね?」
「だって、おばさん訊かなきゃ言わないじゃない」
「あー……そこは似ちゃったのかねぇ」
「三人ともね。で、三谷くんと上手くいってない?」
「うん?」
「やっぱりそうなんだね、なるほどなるほど」

思わず勢いで寝返りをうちアヤちゃんを凝視すれども、変に納得した表情が薄暗闇に浮かぶばかりだ。そんなに態度に出てたろうかと恐怖すればこちらもころりと転がった彼女が「お兄ちゃんは気付いてないと思うよ」と親指を立てて見せた。安心したらいいのかとても微妙なところだ。それにしても、医者に妹に探偵にとコロコロ顔を変えているアヤちゃんはたいそう楽しそうである。だけれども頼っていいのかはだいぶ怪しい、いや、三谷くんの歳に一番近いのは彼女だし是非その視点での意見は欲しいけれども探偵目線は違うような気がする。

「やっぱり歳の差気になっちゃう系?おばさんだって若いけどさ、うち体育会系ではないし」
「べべべ別に平気だし!カラオケの後にボーリング行けるし!」
「遊ぶのも大事だよね!うーん、でも違うのかぁ……じゃあお金の事とか?」
「うーん、年上として払うとこは払ってるけどお昼代とかは奢ってもらってるし」
「あ、それおいしくてイイネ!」
「お、おう」

素早く文字を打ち込んだアヤちゃんがまたすぐ滑らかに身を乗り出すのにほんのりと恐怖を感じながら、他愛ない、手を繋いだ話だとかを根掘り葉掘り訊かれる。お仕事の立場上あれなのでたか子ほど大っぴらに「カップル」らしいことは出来ず、照れていたかと思えば大胆に腕を組んだりするわりにすぐ照れる三谷くんの話をする間も赤面する私を囃し立てる。

「ふふふー、恋バナだねぇ」
「……あら、本当だ、恋バナだこれ」

うっかり彼女の望んでいた展開を突っ走っていることに気付けば、こんなにもうんうん唸っているのだってそう悪いものじゃないんじゃないかと思えてくるものだ。全部を全部話したりは出来ないけれどもこれはまさしく恋バナで、なら、私は恋をしていると言えるはずで、それらはこの兄弟にきっと喜ばしいことで。
きっと正しく物事が進んでいるはずなのに、いや、だからだろうか。重い気持ちのままため息を枕に押し付ける。

「やだわー、私、こんなに人間関係で悩んだの初めて……」
「いうてあたし達兄妹とおばさんの関係ほど複雑なのは滅多にないよ!」
「それな」

いわばハードモードな家庭環境を取り上げられてしまえばなんかもう怖いものなんてない気がする。今の家族が幸せなら、不二子にとって乗り越えられない壁なんてないような気がしなくもないのだ。

「ねえねえ、亘くんに合わせて疲れたんなら今度のデートはおばさんのホームでしようよ!」
「なるほど、年相応の大人のデートを……いやどこ行ったらいいのか全く思いつかないどうしようアヤちゃん」
「大丈夫、明日はゆーっくり寝たかったからいっぱい話す時間あるから。プラン練りまくってあげる!」

含み笑いするアヤちゃんも可愛いなぁ、と現実逃避しつつ、根が理系の彼女とそこそこえげつなく議論を重ねて。







「今日はさ、私が三谷くんをリードしたげよう!年上だしね!」

ぴっと人差し指を立てて宣言すれば、ニコニコとした三谷くんが遠慮がちに「おー!」とそれらしい合いの手を入れてくれる。まあ前日にメールでその旨は伝えていたので、とても今更な宣言であるのは否めないけれども。いや気分的にだいぶ違う。選手宣誓だいじ。
今までも全て任せていた訳でもないが、ともかくは三谷くんと一緒に過ごして違和感のない場所は彼が慣れている場所だろうと結構頼ってきた。最近の息苦しさが若作りの結果だとして、これで改善の兆しがあるならいい。ずっとどちらかに合わせ続けるのはきっと辛いし、どちらも楽なやり方を見つけられればきっと大丈夫だ。
少し大人びた服装をした三谷くんと少し流行りを意識した服装の私が手を繋ぐ。友達に借りました、とはにかむ彼に私も借り物だと堂々とカミングアウトした。持つべきものは服飾に興味のある友である。
アヤちゃんとの壮絶な会議により決まったデートプラン、それはずばり街プラだ。ちょっと離れた街に行き駅前でもプラっプラしてれば何かしらの催しをやっているしコストもまあまあ掛からない。彼氏らしく奢りたがる三谷くんにだって私の良心にだって優しい。目撃されたって話しかけられたって知らないふりをして押し通せばなんとかなるだろう。
ちょっと離れた駅前で現地集合、遅れた待ったの定番やり取りよりも先にうっかり私が選手宣誓。服装にちょっとつられたというか、まあ、楽しければいいだろう。

「じゃあ、とりあえずあっち行こう。なんかイベントやってるっぽいってさっき調べたら出てきたんだよね」
「へへへ、それ、リードですか?」
「リードだし。曖昧模糊としていてもリードだし」
「あ、インストアライブの記事電車でみましたよ」
「え、どこ?行こうか?」

ええと、と携帯で探し始める三谷くんの横に並び、やたらと読みづらい字体の記事をじ、と見つめる。画面を操作していた指が止まっていたので気になって横を見れば、思っていたよりも近くに三谷くんの顔があった。まあ、塾生だったらギリあるかなというくらいの距離だ。恋人同士だったとしても当然くらいといえる距離だ。一度視線を外した三谷くんがぐぃと唇を噛み締めるのを間近で見つめて、その顔がとても自然に私へと寄るのを見る。
何か考える前に、体が動いて彼から離れた。

「ビル中だね。時間あるしお茶しばいたろか?」
「……え、あ、どこの人ですか不二子さん」
「しばくって結局どういう意味なんだろ?」
「知らないで使っていいんですか先生……」

先程までと何も変わらない会話をして、じゃあとりあえずそのビルに行こうかなんて話しながら、気まずさのあまりに三谷くんの顔を見れなかった。
どうして私は避けたんだろう。どうして普通に話そうとしてしまうんだろう。どうして、三谷くんは、こんな私といて楽しそうで悲しそうな顔をしているんだろう。私がリードすれば上手く行くはずだったのに、なんだろう、このぎこちなさは。今日でこのぎこちなさを無くしたかったはずなのに。



18.07.28


bkm

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