トライアングルダー



どうして、こうなったのだろう。

昔はそんなこと考えずに突っ走っていたはずなのに、最近になってよくそう思うようになった。
きっと嘘をついてしまってからだ。分不相応にも、嘘で何かが好転すると思ってしまってからだ。そうそう上手くいくはずなんてないのに、結果的には美鶴が女遊びを辞めて真面目にしたからまぁ……いやここにも爆弾はあるけれども。

「推しカプじゃない……」
「ま、まあまあ、ほらアヤちゃん浴衣似合ってるよ!晴れて良かったよね!」
「ショタおねに代わりないけどさ?いやこれはこれで鉄板の題材か……いやでも本命じゃないんだよなぁー」
「アヤちゃーん髪やってくれると嬉しいなー」
「やるけどねー?でもねー?」

久しぶりに帰ってきたアヤちゃんに背を向けるように椅子に座り直せば、櫛で重力に逆らうように髪を逆立てられる。ああだこうだと着込んだ浴衣に相応しく、アップでまとめてくれるらしい。


ゴールデンウィークにも関わらず夏日の今日は、毎年恒例の地元の祭りがある。例年なら浴衣なんて寒々しいもの着込めないが、三谷くんも来るし彼と私こと不二子がお付き合いを始めたと知ったアヤちゃんが大層はしゃぎながら浴衣を引っ張り出してきてくだすったのだ。
女の子って怖い、そんなことをしみじみ感じつつ昨夜の布団内での尋問を思い出し、もろもろに後悔を募らせる。

そうなのだ。よく考えたら三谷くんとの年の離れ方がえげつないし、高校生と社会人という字面がもう犯罪臭くてあれだ。女子高生コスプレのが隣に並んで違和感なさそうなものだけれども、美鶴にたか子の姿では会わないと決めたし出来ればたか子になること自体二度としたくない。ならば社会人として堂々と付き合えばいいのだけれども、いくら童顔が自慢の私といえども字面だけではなく絵面までやばい。ならダブルデートすればいいじゃないとさらさらと予定を決めたアヤちゃんに皆が引っ張られての祭り参加だが、昨夜具体的に話してからの彼女の悔しがり方が尋常じゃない。持ち手の鋭利な櫛ですら必殺仕事人の様相を醸してくれている。

「はい、できた」
「流石仕事人。いい出来で」
「いえいえあたくしはまだまだ……」

謙遜する仕事人に後ろを向いてくれるよう促して、夜会巻きセットを活用しながら彼女の髪もアップにしてスプレーで固めた。たか子で髪を弄るのを覚えたとはいえ、現役女子高生の手腕になど叶うはずもないからこその専用道具という選択である。

「はぁー、お兄ちゃんと叔母さんのツーショット撮るからね、あたし。ポーズ宜しく」
「ぶれないね!」
「でもさぁ、なんで三谷くんなの?」

昨夜は省いたはずの説明だけで睡眠時間が削れてしまい、その当たりについての言及は確かに無かった。でも今訊いちゃう?と苦笑しつつ「好きになってくれたからかなぁ」と応える。

「やばい叔母さんがデキル女っぽい!」
「アヤちゃん今すぐ私を殴って。殴りづらいなら先に殴るからともかく殴って」
「少年漫画にジョブチェン!よしこーい!」

髪を崩さない程度にクロスカウンターごっこをしていれば美鶴からの催促メールが届き、ふたりで文句を言いながら細々とした準備を終える。
アヤちゃんプロデュースで待ち合わせは神社手前のコンビニだ。歩いて行ける範囲だし、特別感の薄い馴染みの祭りなのに状況が状況のためにだいぶマニアックな気分である。
セット浴衣の下駄をカラコロ鳴らしながらアスファルトを歩けば、コンビニの駐車場でたむろしていたらしい男子ふたりがぱっとこちらを向く。聞いて驚けこのふたり、「私」の元カレと今カレである。特殊すぎる。

「遅い」
「もー、お兄ちゃんなんでモテるのかなー!こんなに横暴なのにー!」
「ねー、待ち合わせ時間には間に合ってるしー、ね、三谷くん」
「へぁ?」

私とアヤちゃんの圧に押されたのか、三谷くんがとても気の抜けた声で返事をする。その視線がめっちゃ私を見ているものだから、少女漫画かよ、と突っ込みたくなるが私が発言する前にアヤちゃんが「ええ反応するやないか……」とスマホのシャッターを切る。欲望に忠実な姿勢は好ましいけれども、うん、アヤちゃん結構雑食だな。

「じゃあまあ行こっか?」
「さっき露店あったよね、たこ焼き買ってこうよおばさん!」
「俺買いますよ」
「彼氏、だもんな。任せる」
「おおう……」

私たちがいない間に、如何様なやり取りがあったのだろうか。計り知れないものが含まれているのをじわりと感じた。重い。
数歩先を行く三谷くんがたこ焼きを二パック購入する様子を見守りながら、いつもと変わらない兄妹と道端で待つ。祭り会場の神社まではまだ少し距離があるけれども、露店も浴衣のお客さんもちらほらと目に入る。どうやらこの陽気に当てられて浴衣を引っ張り出した人はなかなかに多いらしい。例年なら短パン小僧以外はヤンキーくらいしか肌を出していない時期だというのに、有難いのか異常気象に戦けばいいのか。いや若い私は喜ぶべきであろうか。

「お待たせしました、はい」
「あ、みんなで写真撮ろうよ」
「このタイミングで言うなよ」
「ハイ寄ってー、おばさんたこ焼き持つ?」
「持つ持つー」
「………」

仏頂面まじりとはいえはしゃいだ写真も撮れたことだし、本家様への「健全に遊んでいます」主張もバッチリである。しつこいようだが中身はともかく。
それじゃあ行こうか、となれば四人横に並んで歩くわけにもいかず、二人ずつ前後に分かれるように自然と組むわけで。アヤちゃんの素早い立ち位置移動により前に芦川兄妹、後ろに私と三谷くんという「さぁ話せ」と背中から滲んでいるオーラを感じながら、カラコロと下駄を鳴らし歩く。

「あの、俺、迷惑でしたよね。家族水入らずのところに入り込んじゃって」
「いやいやー?」
「でも、俺も不二子さんと祭り来たかったから嬉しいや」
「ひぃやあ」
「あっははは、手繋ぎましょう」

最近の若い子怖い、顔真っ赤なくせにしっかりやることはやりおる。しかもその様子をアヤちゃんがごく自然に盗撮している。
四人で遊ぼうと誘ったはずなのに、ほとんど前後の二組ずつに分かれて楽しんだ祭りは、今までで一番の疲労感だった。花火までしっかり人混みに揉まれながら観覧し、なけなしの保護者パワーを発揮して三谷くんを送っていってから帰ろうとすれば、当然のように駅には美鶴がいるし。「アンタ、一応女だろ」とか鼻で笑いながら自宅までの距離を並んで歩くことになるし。

「アヤちゃんと先帰ったよね?何でいるの」
「だから、叔母さんの保護」
「逃げたペットみたいに言うね?」
「あとアヤが心配だから迎えに行けって煩いからな」
「そっちが本音だね?」
「あと焼き鳥食いたい」
「まだ食うの?エンゲル指数こぇえー」
「祭りの焼き鳥って高いのに不味いよな、特にここの」
「なら食うなよぉー」

駄目だ、会話が楽すぎる。
花火が終わって自治体以外は解散モードでも、売り切ろうとしてか声を張り上げる出店はそこらにあって、パックに詰めて暫く放置されていそうな焼き鳥屋もすぐに見つかった。三人分購入し、一本ずつ抜き取って歩きながら食べた。家までは片道二十分ほど、人通りも多く危険な気はそんなにしない。なんて言えばアヤちゃんに壮絶に叱られるのだろうけれども。

たか子との別れ話の時を思い出してしまう。不二子のことを好きだと言っていた。それなのに今はいつもと変わらない様子で、三谷くんと私があーだこーだいちゃついていてもいつも通りの美鶴だった。そういえば、たか子に告白するのを聞かなければ私も気付きようがなかったのだ。いまさら態度が変わる訳もないということだろう。
予想外に美味しかったねぎまのタレを食べ終えて、あと家までは半分ほど。帰ればきっとアヤちゃんから質問責めにされるだろうなぁと覚悟を決めながらひとり苦笑する。隣の美鶴は胡乱げに私を見やって「何笑ってるんだよ、きも」といつも通りの毒を吐いた。切れ味抜群で辛い。

「思い出し笑い?そんなに今日楽しかったのか」
「学生の頃の様だったね……気持ちだけはね……」
「花火の頃にはバテてたよな、おばさん」
「若人のテンション辛い」
「高校生と付き合っといて何言ってんだか」

軽口らしく軽快だった口調が、その一言だけほんの少し重く聞こえた。たか子があれを聞かなければ気付けなかったくらい僅かに。
それに反応を返すのは不二子らしくはなくて、だよねぇ、と適当に返答して携帯を見る。顔を見たら変に反応してしまいそうだった。
三谷くんからのありがとうメールが届いていて、マメだなぁ、と和む。美鶴は自然に黙ってしまった。家まで、あと五分ほど。















「っしゃあああ!」

雄叫びと共に振ったバットはボールに掠りもせず、ベンチ待機の三谷くんが声を上げて笑うのが聞こえる。うるせぇ私の失敗がそんなに楽しいか、そういう気持ちを込めてそちらを睨もうとすれば「次来ますよ!腰落として!」というアドバイスが飛ぶ。慌てて前を見ればマシンが片足を上げる人影を写していて、アドバイスの通りに腰を落として次のボールを待つ。人影がこちらにボールを投げる、映像に合わせてボールが出る。

「ふんんん!」
「あ!当たった!」

ほんの少しの手応えに安心しつつ、またバットを構える。背中に声援を送られつつ次こそは当てようと……いやこれしんどい。運動不足がビシバシ迫ってくる。
上がる息をどうにか整えながら、どうしてこうなった、と口癖のように思った。



まず、どうなるのが最善か考えないと。
そう思って何とか作った休日はひとりになるための時間にはあてがわれず、何故か三谷くんとのデートが入ってしまった。なんでだ、方針決めちゃおうとしてたんじゃないのか、と頭を抱えてもどうしようもなく。
年の差問題については「おばさんまだまだ若いんだから大丈夫!私服のワタルくんと一緒なら全然お似合いだったよ!」とのアヤちゃんのお墨付きを頂いたのでいいとしても精神面がごちゃごちゃである。そしてどこに出かけるのかも決まらずグダグダである。前日の夜にお互い行きたい場所を聞き合い、譲り合い、高校生のデートとは如何なるものか真面目に検討してとりあえずでバッティングセンターになった。爽やかだ。爽やかだけれども肩が悲鳴を上げている。高校生ってどこで遊ぶの?と訊いた私のせいだぞ昨日の私どうしてくれる。

「ん?あれ、終わり?」
「はい、交代ですね」

成果はともかくいい汗をかいた、と額を拭い、網の 間を縫ってベンチへと戻る。ハイタッチのつもりで上げた手はしっかり意志が伝わったようで、小テストで満点を取れたかのような笑顔の三谷くんがパシンと応えてくれた。メールではがっつり遠慮が見えたが、体を動かしているからかあんまり気まずい空気は流れない。さすが若者の定番デートスポット。
自販機で買っておいたスポーツドリンクに口を付けつつ網越しに三谷くんを見る。さすが現役高校生(二ヶ月)、構えが様になっている。モザイクのような画素の人影が振りかぶり、機械からボールが出る。ぐっと三谷くんがタイミングを図るように腰を落とす。

「三谷くん頑張れー!」
「……へっあっ、ありがとうござ、」
「あっ」
「あっー……」

ベタか。ベッタベタなのか。
応援した途端にへにゃっとした三谷くんは、打つのか返事するのか私を見るのかはっきりしないうちにボールを見送ることとなった。照れ笑いをした三谷くんが改めて前に構えて、気持ちを入れ替えるようにんんん、と咳払いをする。可愛いなぁ、と声に出さないよう思いながら見守っていれば、それでもこちらを意識しているのがビシバシ伝わる様子で振りかぶる。おお、掠った。次は前に飛び、安定してキィンと小気味いい音が響くようになる。見てるだけとかつまんなくないだろかという危惧は危惧で終わり、戻ってきた三谷くんの緊張がすっかり解れた笑顔に手を差し出す。当然のように上がった彼の手と、少し強すぎるぐらいのハイタッチをした。

さて、次はどうしようか。
そんな話題ですら弾み、無計画に映画館を覗き、結局観るのを諦めてファーストフード店に入る。教え子と会うとあれがあれなのでちょっと奥まった席について、冷やかした映画の話をして笑う。
あ、デートしてる。美鶴さんの隅々までエスコートするやつじゃなくて、本当に高校生らしい、若々しいやつ。
三谷くんが追加でポテトを頼んでいる間に冷静になった頭がそんなことを考え出して、ひとり悶え苦しんだ以外はたいそう楽しいデートだった。
尽きない話題にはしゃぎ倒して、三谷くんがちらりと時計を見るのに合わせて店を出る。きっと二人暮らしのお母さんが帰る時間か、夕食を準備し始める時間が来たのだろう。私も休みの日はこれくらいから作り貯めて置いたりするので何となく分かる。

「そろそろ夕方だね。帰ろっか」
「あ、送ります」
「いやいや、私が送るよ」
「いやいやいや、か、彼女を送るのが彼氏の役目ですから」
「いやいやいやいや、年上だからね」
「でも、彼女ですもん」

もうこれ彼女って言葉の響きを楽しむのがメインなんじゃないだろか、と疑うほどに彼女を連呼する三谷くん。そしてフラッシュバックする祭りの時の美鶴の態度。とてつもなく複雑な気分になって、遠慮合戦を中止して思わず苦虫を噛み潰した顔を自覚しつつ隠し損ねてしまった。頬を赤くして主張していた三谷くんだって流石に気付いてしまったようだ。ゆるんでいた表情が端からすぅと冷えていくのが分かって、それを引き止めたくて放り出されていた彼の手を取る。

「うん、せっかくだし送ってもらっちゃおうかなぁ。でも途中まででいいよ」
「じゃあ、最寄り駅まで付いていきますね」

炬燵を持ち上げたみたい、とアホのような比喩を連想しながら、ひやりと入り込んだ違和感を追い出すため話題を探す。さっきまでは何を話していたろうか。学校?私の仕事?さっき通った犬?どれなら彼は楽しく笑ってくれるんだろうか。

「手、繋いで帰るとか、すごい久しぶりです」
「よし、帰ったらお母様と繋いでみようか」
「えー!嫌ですよ!」

ほんの少し白々しさを残して、会話はらしいものに戻った。けれどもこれが正しいのか分からなくて少し息苦しい。嘘をついている時のように息苦しい。どうしてだろう。


18.01.25


bkm

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