みかんなぼくら


「なんだよ紳士かよ抱けよー!」
「いや抱かれなかったんでしょ、女子高生とのお泊まりデートで」
「一回えっちしたら彼が冷たくなるとかそれにちょっと賭けてたんだけどね!普通に怖いよね!震えちゃうよね!ノーメイク見られたくなかったから真っ暗だったし余計にね!」
「まあ、女遊び激しいって聞いてたからその可能性高かったことはあれだけどねぇ」
「怖いならやらないって!それでも男か!嬉しい!」
「それで?なんもしなかったの?」
「少しずつ慣れてこうって、ベロチュー……」
「あらあらあらぁ」
「うっ、ううう、ダメ無理恥ずかしい」

もとから抱きしめていたクッションに顔を押し付け、窒息寸前までその状態で耐える。いや無理だ。何がどうと言えないが無理だ。

件のお泊まり会は普通にきれいな旅館で、ご飯も美味しく頂きでかいお風呂も楽しく満喫させて頂いた。
で、だ。当然のように隙間なく並べ敷かれた布団、普通を装ってお互い布団に入ったけども、まあ、カップルが泊まりに行けばそういう空気にもなる。そこで上の通りに震えだしてしまった私を上のごとくなだめた美鶴が上のような行動で締めくくったわけだ、喪女でも知ってる、これ紳士的な対応だ。多少手は出されたけれどもなんかもう些細だ。

「普通に観光ポイント回ってきた結果がこちらになります……」
「普通にお土産だ……ありがとー」

お土産屋さんであらあら可愛いカップルさんねーと冷やかされつつ味見しまくった末に決めてきたものだ、外れではないだろう。たか子の存在を知っている奈々花くらいにしか渡す相手もいない曰く付きのお土産なもので、無駄に中身にはこだわらせてもらった。
それはさておき、だ。

「たか子みたいな無口かつ照れ屋かつあっちNGの女の子なんて、本当、どこが良くて一緒にいるんだろう……」
「肝心なところを濁すあたりに喪女臭が、ねえ」
「おうふ」

純愛という言葉がこれ程似合わない高校生はいるだろうかという青春を過ごしていた美鶴が、この体たらくである。どれかと言うとお姉さん向け少女漫画のような、年齢制限が付きそうないざこざで学校に呼ばれもしたくらいだ。いつ包丁が出てくるだろうかとひやひやしたものだ。
そんな美鶴が無理やり手を出したりしないくらい、別れたくないと思ってくれてるのだ、たか子には。
けれどもこんなことを続けるのには限界がある。嘘なんて、いつか終わらせられなければバレるしかないのだから、美鶴に知られたくないのなら私が終わらせなければいけない。別れたくなくても、どんなに円満で幸せそうに見えても別れないと。

「どうしたら別れられるかな……出来ればたか子のせいで、尚且つ美鶴が女性にトラウマ持たなそうで、たか子に弱音なんて言えなくなるような理由ないっすか」
「んなもんこの世に存在するのか」
「ちょっとでも弱音吐かれたら私はまたポンコツになるぞ、自信ある」
「なに、不二子は別れたくないの?」

不二子は別れたいに決まっているのだけれども、たか子は幸せなので別れたくなどない。最近になると演技通り越して人格が違うかのような気持ちで接していたものでこういったことを考えると見事に脳内が二分されはじめるから困った。

「別れたく……」

どちらとも言いきれずに、奈々花の趣味全開のお洒落テーブルに頭を沈める。ぽんぽんと慰めるような感触が訪れたのに、ちょっとほろりとした。こんな酷い話を親身に聞いてくれる友達がいてよかった……あれ、発端は奈々花の制服だったっけ、あれ、私はこの感情をどこにぶつけたらいいの。












「何ぼんやりしてるんだ」

目の前に差し出されたアイスキャンディに驚き、驚き過ぎ、仰け反ってバランスを崩して倒れかけた。
何とも間抜けな反応をしてしまったもので、当然のようにアイスキャンディで片手の塞がった美鶴が片手間かつ呆れ顔全開で背中を支えてくれる。転倒は免れたもののなんとなく不服で、ありがとうと言いつつ睨みつけてみた。鼻で笑われて終わった。

昔から、美鶴は子どもらしくなかったものだ。テストの成績も良いし妹の面倒もみるし私があたふたしていれば呆れたように家計簿でも料理でも洗濯でも手を貸してくれるし、私なんかよりひとまわりも小さな頃から私を支えていた。物理的にも精神的にもそうしようとしてくれていた。今や私よりでかいし顔は綺麗系のくせに筋肉ちゃんと付けてるし。私がすっ転ぼうとも片手で支えられているし。
私じゃなくてたか子のような子を支えなさいよと思ってしまったら、どうしようもなく寂しくなってきたもので子どもの頃のように抱きついた。ひやりとするアイスを避け損ねて、首筋が冷たかったけれど一瞬で離れていく。

「アイス溶けるけど」
「……何味?」
「みかんとソーダ」
「私みかん」
「知ってる」

胴体の密着を避けるように距離を取っている美鶴が、そのくせしっかりと私の背中を支えている。私がぶら下がっているような状態なものだから背中も結構重いだろうに無理そうな様子もない。
ハグでストレス軽減とかなんとかいう論文もあったなぁ、なんてぼんやり考えてから、目を閉じて腕に力を込めた。たか子だったら、美鶴はどうするの。抱き返して笑ってキスでもするの。

「重いんだけど」
「うるせぇハグしないと私のストレスと不安の行き場がないんだよ!」
「そんな横暴な態度でストレスなどと言われても信憑性に欠けるので下りてください」
「丁重な対応辛い」

ぱっと手を離すけれども落とされることもなく、床に安置される。再び目の前に差し出されたみかん味のアイスキャンディをようやく受け取り、お得用の分かりやすくてシンプルな味にほっとする。こうして美鶴たち兄妹と暮らし始めた頃は何が何だか分からなくて、ひたすらお得用と書かれたものに食いつていたっけ。慣れた今ならもう少し値段のはるものを買ったっていいのだろうけれども、我が家の味はこのアイスだ。たか子は知らないだろう、安っぽい我が家の歴史だ。

ずっとこうだ。美鶴がたか子に甘えてから、たか子なら、たか子だったらばかり考えてしまう。私とたか子の一番の違いは美鶴の彼女かどうかということだ。たか子を羨んでしまうのなら、つまり私は、不二子でもたか子でも。

もう出ている答えについて考えたくなくて、露出してきたアイスの棒をガジガジと噛んでやった。ほんの少しは気晴らしになるようなならないような……。
私とは違い卑しく棒を噛んだりしない美鶴は華麗にゴミ箱にシュートし、苦笑して寛ぎつつこちらを見ている。何かしらの文句を告げられるかと思ったがそうでもないようだ、ならまあいいかと寛ぐため脱力する。

「言えない悩みか?」
「……幸せってなんだろう?」
「俺の意見が採用されると思えない悩みだな」
「自分で悩みます」
「一般的には、」
「あ、それでも言っちゃうんだ」
「家庭でも職場や学校でも大きな揉め事が起こらず、理解のある伴侶を得て結婚し健康で問題のない子どもを育ててその子どもの結婚式で号泣すること」
「美鶴の理想一周してめっちゃ高いな」
「一般的にはって言っただろ。独身で何にも縛られないのが幸せだってパターンもある。おばさんみたいに」
「最後!」

途中までは結構相談ぽかったというのに、皮肉を挟まないと喋れない体質なのだろうか。
というか、すらすらとこんなシミュレーションが出てきたくらいなのだから、美鶴の幸せというものもきっとさっきの例から外れないのだろう。穏やかな家庭、学校生活、結婚。他はともかく、たか子と付き合っている限りは絶対に最後は叶わない。たか子は実在しないから。
別れなければいけないんだ。こんな何気ない会話でそんな願いを知って、決意を固められたのだから相談したことにはきっと意味があって、アイスキャンディを食べ終わったというのにそれ以上に冷える胸は私が間違っていた証拠に思える。
ともかく、今、不二子は穏やかな家庭なら提供できる。しなきゃならない。

「結婚かぁ……アヤちゃんの式なら号泣する自信ある」
「俺もだ」
「美鶴のでも結局泣くかもなぁー」
「おばさんの……は自信ないから、手紙でどうにかしてくれない?BGMとか」
「そこはかとなくひどい……」

流石に顔を見れなくて、そっぽを向いたままお互いくすくす笑った。結婚なんて出来るか分からない架空の話なのに、当然存在する事柄として笑った。ほらどうだ、一般的に幸せそうなリビングだろう。


17.04.25

bkm

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