千年俳優


僕が二度目に女神様にしたお願いは、美鶴をひとりにしない事だった。
お人好しだなんだと美鶴本人によく言われたものだけれど、ここまでくれば流石に自分でもそう思う。だけれど、お人好しでも迷惑でも、この願いは叶えたかった。
僕達は確かに子どもで生きた年数はちっぽけだ。知らないことも分からないことも納得いかないことも沢山あって、何が一番いい答えなのかだって自信を持って答えられなくて、それでも、その時の僕に出来る最大のことをしたかったのだ。千年もひとりで過ごそうとする友達を助けたかった。

まあ、ひとりにしないなんて曖昧な願いごとが、こんな風に叶うだなんて全然思わなかったんだけれども。





何度目かとかそういう具体的な記憶はない。ついでに言うと前回生きた「僕」がどう生きてどう死んだのかなんて記憶ももやもやとしていて、そのおかげで何百年と生きているのに勉強はしなきゃだし女の子との関係もかっこよくいったりしない。
それはともかく、美鶴は現世に生きていて、僕も美鶴と同じ頃に生まれては一生を過ごすことを繰り返している。きっと、次のハルネラが起こって美鶴の「本体」が解放されるまで。辛いとは思わないけれども随分と不思議な立ち位置だなあ、と、元凶ではあるけれども感慨深くなったりするのだ。
そして今回は、何だか知らないけれどもやたらと妙なことになっている。



「たか子と、温泉行ってきた」

至極嬉しそうな美鶴の報告に、どんな顔をすべきか判断がつかなくて、へえ、とだけ返してポテトを摘む。今日は美鶴の奢りなので皮付きのちょっとお高いポテトとバーガーだ。ファーストフードに変わりないのは、お互いの歳格好云々の問題を抜きにしてもお互いが好きだからである。体にいいとか悪いとかそういうのはまだ考える年じゃないのだ。あと二十年もすれば違うのだろうけれども。

「良かったね。アヤちゃんとも上手くいってるし、今のおばさんとの仲もいいみたいだし、美鶴が気に入る女の子までいるなんて」
「アヤが幸せなら別にいいと思ってたんだけどな」
「アヤちゃんが結婚するたびに泣くくせに何言ってるんだよ」
「お前もだろ」

母さんが再婚したりなんだりの話だろう。うぐぅ、と唸って反論を諦め炭酸を啜り物理的に口を塞ぐ。母親の幸せそうな再婚を見て泣かない息子なんているのか、いやいないだろうと己の中で結論づけた。

僕らは幼なじみだったり転校生だったり隣の学校のライバルだったり、ともかくは毎度のように学生のうちにこうして再会しては友達になる。今の話をしたり、昔の話をしたりもするし幻界の現状についてだって話す。今回は五つも歳が離れているので会うのは少し難しいが、母校が同じだったり美鶴の通う高校が地元密着系の催しを開催していたりで顔を合わせることは結構あった。だから年上の仲のいいお兄さんがいても違和感がないので、正直面倒なイベントも捨てたもんじゃない。
美鶴の執念か、僕の母親や彼の保護者は違う人であったりするのに、彼の妹はいつも変わらずアヤちゃんだ。名前が違うこともあったけれども一目でアヤちゃんだと分かる。喜んだらいいのか引いたらいいのか判断がつかないままでも何度も会っていればとりあえずは慣れるものだ。大人の対応というやつだ。

「今までは彼女の話なんてしなかったのに珍しいね。僕が惚気けたらいっつもあからさまに本読みだしたりしてたのに」

傷を抉るのは、他人からではなくて自分からすれば浅く済む。そんなことばかりはこの転生のなかで学んで身についたことだ。
美鶴の彼女の正体を知っている僕はできる限り自然に笑うように心がけながらそう口に出した。それも長く続けられる気がしないものでハンバーガーを頬張って誤魔化すがそんな心配要らかったらしく、その容姿を存分に利用している美鶴が外聞も気にすることなくにこりと笑う。隣で談笑していた女子高生のグループが全員固まってしまってゲームのストップのようになってしまっているけれども当事者はそれに気付く様子もない。帰りがちょっと怖い。

「なんていうのかな、許されてるみたいな気持ちになるんだ。心が安らぐって感じか」
「大学生のくせにもう癒し求めてんのかよ」
「実年齢考えれば当然だろ?」
「美鶴は初対面からアレだったからなぁ」
「うるさい。ともかく、彼女と、たか子といるとすごく落ち着く」

分かりやすく幸せそうな顔に、そっかと相槌ばかりを打ってまたハンバーガーに頼る。もう半分もないのでこの手は時期に使えなくなるだろう。
今回は、僕も美鶴もすごく幸せになれているんだ。僕の母さんは好きな人が早く出来たみたいだし、美鶴もアヤちゃんと離れずに叔母さんのところで穏やかに過ごしている。一時期は目も当てられないくらいに荒れていたから心配したけれど。
……そういえば、あれの原因は何だったんだろう。
ある意味一番近くでお互いを見てきた訳だけれども、美鶴がそちらの方面に荒れたのなんてあれが初めてだった。顔は綺麗でモテていたけども本人が冷めていたので、今まではそういった悪そうな遊びに手を出すことはなかったのだ。

「美鶴って、そんなに女好きじゃなかったよね。その割にはあの、あれだったっていうか、その」
「もうしない」
「へえ」

これ以上踏み込むなという視線をビシバシ寄越す美鶴は怖い。どうやら地雷のようだ、それも殺傷能力がやたらと高そうな。
美鶴がしないと言うのなら、まあ、もう懲りたのだか彼女一筋に決めたのだかしたのだろう。その彼女が色々とあるのだけれども。

「彼女さん、傷付けるのだけはしちゃダメだよ」
「妙に気にするな。お前、会ったことあったか?」
「無いけどさ。本当に好きなら大事にしてあげなよ」

バリューセットをほとんど食べ尽くして、辛うじて残っていたジュースを啜ることで美鶴から目を逸らしながらそう告げた。悲しいことにお互いの癖だとかはこれ以上ないほど把握しているので、僕に後ろめたいことがあるのは何となく察せられてるんだろう。それでなくとも美鶴は頭がいいし。思い込むと視野がバステぐらい狭まるけども。
お互いに黙り込んでしまったせいで中途半端な間が空いて、間を取り持つ物も尽きていた。今日は勉強を口実に家を出てきたのだけれども、高校の初っ端なんてそんなに難しいことをやったりしない。苦手把握のためのテストだとかばかりだ。
ぽちぽちと携帯を触っていた美鶴が何気ないように、「叔母さんうちにいるみたいだし、俺のとこで勉強するか?」と訊いてきた。塾に行く理由もなくなって、二人で会いたいって旨を伝えてもそりゃあ会う機会なんかなくて、だからとても嬉しいお誘いだ。彼女が美鶴と温泉に行ったなんて事実を知らなければ。

「んー……今日はいいよ。図書館で本も借りたいし」
「借りたってどうせ寝るだけだろ?」
「読解力つけた方がいいって言われてるからだよ!まあ……寝ちゃうけど」
「仕方ないな、俺が亘でも読めそうなの選んでやるか」
「なんで偉そうなんだよ」

あ、今彼女のことを考えてるんだな。
上機嫌に笑う様子でそれが分かってしまって、苦いものを飲むように席を立ってトレイを持った。



17.1.29

bkm

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