事実は漫画よりもあかん

せっかくの連休、美鶴と私とアヤちゃんの三人で過ごしてなんやかんやキャッキャウフフしようと思っていたけれど。
「ごめんなさい、忙しくて帰れなくなっちゃった」という申し訳なさそうなアヤちゃんからの電話でその計画はなくなってしまって、なら俺もと美鶴まで予定を入れてしまったので私はがっつりと予定が空いてしまった。
うきうきと申請を出してしまったもので仕事を入れるのもなんかあれだ。友達と遊ぶのも考えて、なんとなくあれでそれも頭の中で却下して当日。連休の真ん中あたりにたか子としてのデートも入ってしまったし、予定を立てるのにはちょっと不便な様子なのだ。
よし、アヤちゃんの寮の偵察に行こう。
軽率にそんな選択をして、そこそこの荷物をまとめて片道一時間の一人旅を楽しみ、入学手続き以来の道を歩き寮母さんに差し入れをドカンと渡して部屋番号を最終確認し、アヤちゃんが部屋にいることを聞き出してから部屋に向かう。こういうサプライズは言ってしまっては台無しなので、もちろんアポなしである。

ノックもそこそこにドアを開け、「御用改めである!」とテンション高めに叫ぶ。人生で言いたいセリフのひとつを消化しつつ部屋を見渡せば見覚えのある間取りばかりが目に入り、御用改めが不発に終わったことを悟り肩を落とした。いや、言いたかっただけだからいいっちゃいいんだけど。後々後悔するのは見えていたし。
まあ、後悔できなかったことを後悔しても仕方がない。気持ちを切り替え、前に訪れた時とは違い生活感に溢れた部屋を改めて眺める。ふたり部屋なのでベッドは二段、前と右の壁にくっつけてある机は女の子らしく雑貨やらで飾られていてそこで個性が垣間見える。どうやらこの部屋を使っているふたりは片付けがちゃんとできるタイプのようだ。美鶴の部屋もさっぱりまとまっているし、血なんだろうかと自分のことを棚に上げて考えて、見覚えのある写真が飾られている側の机に歩み寄ってみる。隠し撮りかと言いたくなるほどレンズを見ていない美鶴にその手前でプリクラかと見紛うほど密着した私とアヤちゃん。やだわあこんなの飾ってるのぉと照れていたら、机に乗っかっているのもがふと視界に入り頬に手を当てた状態でつい固まった。

「ふうん……バレちゃったんだ」

背後から聞こえる声は聞き間違えるはずもなく、強ばった体を動かすこともできず、ただただ、迫る足音から逃げることもせず立っていた。
一歩、二歩、私まではあと、一歩ーーー

















「あー、絶対寿命縮んだ……五分は縮んだ……」
「もー、あたしもだよ。おばさんってばあんなに飛び上がるとは思わなかった!」

けらけら笑うアヤちゃんはたいそう楽しそうだが私は笑えない。驚かすつもりで驚かされたのだから、とても不満である。黙って来た私に非があるのは分かっているのでどうとも言えないのだけれども。
同室の友達は連休中帰省しているだとかで、転がるクッションや座布団は好きに使っていいと言われたが顔も知らない子のクッションを抱き潰すのは心苦しく、有り難く座椅子を使わせてもらいながら机からこちらを振り返るアヤちゃんを見上げる。
忙しい、という言葉通りに机から離れないアヤちゃんは手を動かしまくり、手土産その二である瓶入りプリンを贅沢にストロー飲みしている。その隣なんぞ栄養ドリンクにストローが刺さっていて、保護者である私じゃなくとも心配になる食生活がちらちら垣間見えてしまう。まあ、心配のあまり手伝おうかと声を掛けてしまった私も、折りたたみ式のテーブルで似たような状況に追い込まれているのだが。

「ごめんね、明日までにこれ終わらせなきゃなくてさ。再来週はイベントないから帰れるよー」
「……え、これ全部明日まで?夏休みの宿題の採点より終わり見えないよ?」
「信じるの。終わるの。終わった先には夢のような桃源郷に向かうの」
「どこかの宗教かな?」

うふふふふと空笑いを漏らす彼女から紙を受け取り、裏返してアイロンをぐいぐい掛ける。皺伸ばしではなく消しゴム代わりの作業だ。
そうして手元に積み上がった紙ーーもとい原稿を改めて並べ直し、眺める。先ほど勝手に机を見ていて見つけてしまったシーンだ。小学生くらいの男の子が、けっこう際どく女子高生に迫り口説くシーン。髪が少し長めでかわいい系の男の子にも、顎を掴まれ迫られている可愛い女の子にも若干の既視感があり、やはりダメージを受けてテーブルに突っ伏した。
なにがどうなったのなら、自分が同居人に口説かれイチャイチャする漫画を手伝うことになるのだろう。
見てはいけないものって家族の中にもあるんだね、と、当たり前のことを実感しながら追加で来たもう一枚を受取りながらしんみり思った。

「アイロン終わったらベタも手伝ってもらっていいかな?一緒にやれば早く終わるし楽しいし時間ができればペーパー作れるかもだし!」
「最後に欲望ダダ漏れてるね!」

ペーだかパー子だか知らないが私にとってよからぬことだってくらいは分かる。栄養ドリンク漬けの彼女の負担が増えることもだ。けれども目がキラキラ輝きまくっているアヤちゃんをとめる気も起きず、とりあえずは手元の原稿をページ順に並べ直した。
わあ、こんなこともあったね。おばちゃん歳なのか忘れてたよ。確かにこういう可愛い絵柄なら添い寝とか胸キュンエピソードに……いやあの床ドン正直恐怖しか感じなかったよ。もっとクレイジー感があったよ。口説かれてたんじゃなくて女遊びについて言及したシーンだもの。

「あ、その日ね、あたし二人がいつキスするのかなってドキドキしながら寝たふりしてたんだ。懐かしいよねぇー」
「そんな雰囲気違う。あれ威嚇。私怖かった」
「あははカタコトー」

朗らかにペンを走らせる彼女にいっそ怯え、プリンをすすった。プリンおいしい。癒される。
小休止に入ったのか振り向いたアヤちゃんも同じようにプリンをすすりつつ、あのね、と少し硬い声色で切り出す。

「あたしねえ、さっきおばさんに嫌われるんじゃないかって怖かったんだ」
「うん?」
「こういうの描いてるの、気持ち悪いかなって。お世話になってるのにこんなふうに扱ってるなんて恩を仇で返してるみたいじゃない」
「そうなの?私可愛くなってるしむしろちょっと嬉しいけど」
「えー?おばさんは可愛いよ!」
「よせやい」

きゃぴきゃぴと話してからまたお互い机に向き直り、お互いの分担に戻る。少し間を置いて「ありがと」と小さな声が聞こえて、こういうところは美鶴そっくりだなと思って笑ってしまった。























相変わらず凶悪な丈のスカートにも慣れつつ、慣れない髪型にむずむずしながらアイスを掬う。十代が主な客層の店にこんなに馴染める私のメイクマジックすごい。
どうしてひとりアイスをキメているのかといえば、美鶴とのデートの待ち合わせで私がここを指定したのだ。期間限定という言葉に逆らえる甘党がいようか。
それはともかく、どんな顔で美鶴に会うかが問題なのである。少しでも考える時間を確保し、どうにかしてたか子として覚悟とかキャラとかを固めておきたい。

不二子の意気地がへにゃへにゃなために別れ話はなかったことにされ、むしろお互い打ち解けてしまって、現状たか子と美鶴は今までで一番良好な関係を築いている。気負っていたボディタッチが甘えてのものだと思えば嬉しくなるし、キスも、うん、あれだ、恥ずかし嬉しい。外で会うのは相変わらず怖いけれどドライブデートで遠出すればそんなに怖くもないというか、楽しい。
アヤちゃんの描いた漫画のように、甘ったるくて幸せなことばかりなのだ、たか子は。不二子とはあまりに違う生活に耳キーンなるわなんて考えて、むなしくなってアイスを口に追加する。キャラメル美味しい。

「たか子」
「あ、美鶴さんは一個ですか?」
「不二子は三段か……体冷えないか?」
「うっ……美味しいからいいんです」

待たせた、と席に座る美鶴さんに私が早く来たかった旨を伝え、高さに明らかに差のあるそれを急いで口に入れる。急がなくていいからと笑う美鶴さんはなんとも嬉しそうである。あれだ、うさぎに餌をあげるときみたいなやつだ。

「今日は俺の行きたいところでいい?」
「はい。どこですか?」
「内緒。ほら溶けてるぞ」
「え、わっ!」

ポップな色と定番の色が混ざりあってなんだかすごいグラデーションになっているアイスをかっ込み、並んで歩いて駐車場に行きいつものように美鶴さんの車の助手席に乗り込む。もろちんスカートを直すのも忘れない。なんかもう不二子のままでもしてしまいそうなくらい慣れてしまった動作だ。
内緒、と言われてしまったからには行き先を訊くこともできず、けれどもそれを楽しく思いながら彼に目を向ける。思っていたより楽しそうな顔の美鶴さんはなんだよとかぼやきながら車を発進させた。添えておくと私の頭を撫でてからである。自然にやってのけるなんてタラシはすごい。

「受験勉強進んでる?」
「え、えへへ、とりあえずは」
「俺、家庭教師のバイトしたことあるから何なら教えるけど」
「い、いいえ!むしろ集中できなくなっちゃいます」
「それ、喜んでいいやつ?」
「うー……はい」

なんて浮ついた内容の会話だろうかとにやけそうになりながら、家庭教師、の単語に過剰な反応を返さないようにと精神を集中する。最悪たか子に不二子を紹介しようだなんて流れになったら私は本当にどうしたらいいか分からなくなってしまう。それに、美鶴さんに教えてもらうにしても場所とかどうするんだ。またもや不二子とたか子が顔を合わせるべき機会が生まれてしまう。

そもそも、美鶴は彼女と小母の私がそっくりなことはどう捉えているんだろうか、と、今更なことに気付いてひとりで驚く。別れ話騒動だとかでそれどころではなかったけれど、その前から美鶴さんは小母には触れなかった。思えば初対面(たか子)の時の何してんの発言くらいだ。
保護者と同じ顔と付き合ってキスしてと、恥ずかしいのだろうか。いやそもそも同じ顔と付き合っていて違和感ないんだろうか。私が言えた話じゃないけども。
訊いていいものかとまた悶々と悩んでいるうち、秘密にされていた目的地についたようで滑らかに停車した車から降りる。手を繋いでちょっくら歩いて、着いたのは街角によくある旅行会社。あ、あれ。

「サプライズしたかったけど忙しいだろ?」
「へ、ひゃい?」
「今度の連休は俺と旅行行こう。頑張ってるたか子にご褒美あげる」
「…………と、泊まりですか」
「うん、泊まり。お前は真面目だから二日くらい休んでちょうどなの」

アヤちゃんの原稿が頭の中を駆け巡りつつ、隣に立つ幸せそうな顔の美鶴さんを見上げる。私はどんな顔だろうか……確実に茹だるくらいには真っ赤だろう。
少なくとも美鶴さんは、小母と瓜二つの彼女とお泊まりデートに行けるくらいには抵抗がないらしい。助けてアヤちゃん漫画みたいなことになってる。



16.07.07

bkm

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