これが、いわゆるやけぼっくい

美鶴が帰らなくなりました。

数回くらいならもう大人だものね、付き合いとかあるよねオバサン寂しい!と叫ぶだけで済んだのだけれど、一週間、一ヶ月と顔を合わせる回数が明らかに減って、なおかつそれが継続しているのだ。
いや、帰ってきているし買出しだとかは行ってくれるしそうそう不自然じゃないのだ。ただ、朝はちょっとしたハンバーガーみたいな、ささっと作れるようなものを適当に詰めて行くし夜も遅く帰ってレンチンだったりお友達の家に泊まったりが増えてて、確実に顔を合わせたり話す時間が減らされている。おはようとかおかえりだとかの挨拶はするから顔を合わせることが皆無だとかではないのだけれども、少し雑談していた時間をばっさり切り捨てられた状態は寂しいじゃないか。今話題のキャラ弁とか用意しちゃうぞ、朝さり気なく渡して海苔とかゴマとかで「牛乳、豚肉、しょうゆ」とかあからさまな伝言メッセージ見せびらかしてやるぞ。家庭的アピールも出来て一石二鳥なんだぞ、とか。考えるだけなら色々ともやもやとしているのだけれども。

「おはよ。寄るとこあるから出るな」
「おはよ美鶴。はい朝ごはん。あと、今日早く帰っておいで」
「宮本の家で論文書くから泊まりになるかも」
「三谷くん以外にも泊めてくれるようなお友達が……!いやじゃなくてね、話そう、ちゃんと」
「……ごめん、論文の期限もあるしもう少ししたらでいい?」

この会話、今朝方のものだ。顔は合わせてだけれども、あまり目を見た覚えもない。諦めておにぎらずをスタンバイしていたから朝ごはんを手渡すことは出来たけども、コミュニケーションを取れた気はしない。辛い。寂しい構って欲しい。これが子離れ出来ない親の心理か。





「奈々花、美鶴が巣立ちそうだよぅー……」
「あんたも悩みが尽きないねぇ」
「実質一人暮らしとか初めてで夜中にホラーゲームするのくせになりそうよぅ」
「元気じゃん」
「他にすることないし」

いやあるよね、と突っ込まれた言葉はあちらに流しておいて、改めて人様のテーブルに額を擦り付ける。
奈々花にはたか子と美鶴が別れたことだとかを話しているし、寮生活のアヤちゃんに「美鶴最近おかしいけど心当たりある?」とストレートに訊いてみたけどもいつものことでしょとなかなか残酷に切り捨てられ、ともかく愚痴りたければ奈々花の家と決めているところもある私は守秘義務なんぞくそくらえと愚痴りに愚痴った。流石に三谷くんの話は伏せて、とりあえず今週した美鶴との一番長い会話が今朝のやつなもので、寂しさが増しただけである。
ぐずりと鼻を啜れば「やだ、泣いてるの?」と奈々花に引かれ、胸を抑えて苦しんでみた。流された。

「でも、いいことなんじゃないの?前みたいに女遊びしてる訳じゃないんだし」
「だから心配なんじゃないっすかー、発散しないで溜め込んだら、そのまま、こう、ともかく駄目な気がして」
「でもあんたは親じゃないんだよ」

できないこともあるでしょうとずばり言われて、顔を伏せっぱなしのままうーうー唸った。
そうだよ姉弟の方が自然に通るくらいには歳が近いよ。子どもの気持ちならよーく分かるよ、成人してるけど私だって大人とも言いきれない。だからそこそこ共感しながら過ごせていたつもりだ。
でも、もう、大学生の美鶴の考えていることが、これっぽっちも分からない。いや避けられていることくらいは分かるか。
どうして避けられてるのか、どうしたら少し前みたいに話せるか、全然分からない。
もう、私と暮らさなくてもいいと思っているのだろうか。
このまま別々に暮らして、親子でもない私たちは会う機会すら消えるんだろうか。

「……あかーん今日泊まるー」
「ホラーなんてやらないからね」
「二人で思う存分叫ぼうやー」
「カラオケでシャウトしてきなさい」

ともかくは泊めてくれるらしい彼女がさくさくとお菓子やチューハイを並べるのを眺めつつ、鞄に突っ込んでいた携帯を取り出す。あまりの寂しさで引っ張り出して充電した、別れた日以来ほっぽっていたたか子のほうの携帯だ。

「あれ、機種変した?」
「ううん、これはたか子の。プリ画像とか雑談とか詰まってますぜ」
「見る!見して!」

覗き込むようにする奈々花にも見えやすいように横に傾けてぽちぽちと画像を開くため操作していれば、画像を出す前からうげ、とひどい声が隣から漏れた。失礼である。

「美鶴が宇宙人に見えるのは元から黒目が大きくてだな?」
「違うわよ親バカ。この携帯、契約切れてないんじゃない?」
「えー、まっさか……あかんほんまや」

別れ話のあとに携帯を持ったままだとすぐ気付いたけれど、連絡するのも酷だし、用済みの携帯なんてあちらで解約してくれるだろうと踏んでいたのだ。消すには惜しいはにかみ美鶴だとか、照れ顔美鶴だとか、盛れた私の写真だとか、初々しい見ているだけでにやけるような写真だとかが詰まったそれを全部消すのもなんとなく嫌で、売ることも捨てる気も起きずに手元に置いていた。
けれどもまあ、充電すらせずに放っていたものだからメールも着信もなく、充電していたとして美鶴以外登録していない携帯は鳴り用もない。言い訳じゃないけれど、鳴らないのだから当然電波も通っていないと思い込んでしまっていた。
電波表記のしっかり出ている画面を眺めて、奈々花と顔を合わせて、静かに首を振られてまた項垂れた。

「……連絡とって、解約してくれるように促すか、携帯返さなきゃ……」
「はー、美鶴くんに限ってうっかりなんてないだろうしなぁ」
「たか子と別れてから結構ぼんやりしてるからなぁ、うっかりかも。……はぁー、なんてメールしよう」
「実家に帰ってますぅ、と、あとは携帯繋がっててびっくりしちゃった!とでも打っとけ。郵送でもいいけど住所とか偽造するのめんどいし、できれば会って渡す方がいいでしょ」
「ありがとう設定借りるっす……」

私よりも恋愛偏差値の高い奈々花の言葉を参考にしつつ、ぽちぽちと久方ぶりに携帯で文字を打ち込む。たか子としてメールを打つのも、たか子らしいはなしかたを考えるのも久しぶりで、自分自身のことだというのに打っては消して、探り探り文面を考えた。

久しぶり、元気でしたか?
急にごめんね、地元に戻ったら懐かしくなって、携帯見てみたらまだメールが打ててびっくりしました。このまま使うなんてできないので、解約か、これをお返ししたいです。

よし、こんなもんか。若さがない気もするがしょうがない。顔文字ならまだしも絵文字っておばちゃんには使いどころが分からんのよ。
素っ気ないくらいがちょうどいいだろうと早々にメールを送ってしまって、返信を待つ時間も辛いので改めて項垂れてうんうん唸っておいた。返信待ちがこんなに辛いなんて私女の子みたいじゃないか。

「まぁ、いざとなったら私も、」
「わっ、ごめん返信きた」

予想外の早さにおののきつつ、渋い顔の奈々花に謝りつつぶるぶる震えた携帯を開いて画面を開く。

会いたい

装飾も、句読点すらもない、らしいといえばらしい端的なメールだ。
ちょっとした長文を送り付けたというのにこんな、一目ですべて伝わるような端的な、不二子には言わない、たか子にだけ向けられた単純な我が儘だ。
ほとんど無意識に立ち上がり、その拍子に目に入った自分の服装がたか子にはどうしようもなく見えなくて慌てて奈々花に目を向ける。

「奈々花、ごめん、また服借りてもいい?」
「は?今?」
「美鶴に会ってくる。時間が時間だし、うん、すぐ戻ってきて返すから!お願い!」
「なんで今なの?明日とかでもいいでしょ」
「でも、あの美鶴が弱音送ってきたから」
「一回別れたのにわざわざ会う義理ないでしょ。今から行く意味、分かってる?」

別れたのに、会いたいなんて言われたくらいで会いに行く意味。
そりゃあおかしい状況だろう。私から振っておいて、もう会えないみたいなふわふわとした中身のない話をしておいて、あんなに好意を向けられていたのにその後音沙汰もなくて急に携帯を返すだなんてメールを送ってその上会いたいなんて言われてこんなに動揺して。
おかしいとは思いつつじっとしてはいられそうもなくて、携帯を握って返信を保留したまま奈々花に顔を向けた。たぶん顔面が大変なことになっているだろうが心境の方が大変なことになっているので仕方ない。

「私、会ってくる」
「……あーもー、根掘り葉掘り訊くからね」
「うっす!」
「髪巻いてつけまだけして、うーん、適当なワンピースでいいかな。ほら急ぐんだから後ろ向いて、メイクと返信しちゃいな」
「おう!」

今度の奈々花の顔は呆れ半分、悪ノリ半分といったところだろうか。
有無を言わさぬように今から行く旨を打ち込んで、どこにいるのか尋ねる文をすぐさま送る。ほんの少しの間を置いて届いた返信には駅からさほど遠くない公園で、これならすぐに行けるし帰れるなと安心した。





ヒールがやたらと高い靴をあてがわれてしまったものだから待ち合わせの場所に着くまでには足元がふらっふらで、奈々花の妥協しない姿勢を恨みつつ進入禁止のポールに手を置いて息を整えながら園内を見回した。
ちょっとひとりで出歩くのが不安になるような時間だ。薄暗いし人通りはあっても皆様ものすごい早足の方ばかりで、今更になって上ってきた不安にも押されてぞわりと焦りながら公園内に目を滑らせる。
雰囲気もなにもない、かろうじて遊具が点在していて自販機が一つだけあるようなわびしい公園だ。すぐに街灯の下に見覚えのある姿を見つけて、何も考えないままに走り出した。カクカクする足のため転びかけて、思わずしゃがんでしまえば「たか子!」という久しぶりに私を呼ぶ声が思っていたより近くから聞こえる。顔を上げるより早く美鶴に抱き締められて、久しぶりのその体温に体から力が抜けた。

「美鶴さん、あの、」
「会いたかった」

顔は見えないけれども湿った声が耳元に触れている。
不二子の前ではあんなに平気そうにしていたくせに、たか子の前ではこんなにもぐずぐすになってしまうのならもっと早くこうすればよかったのだ。こんなに追い詰めたのは私だ。追い詰めたのも、頼ってもらえるのも、こうして愛しいと思いながら抱きついてしまっているのも、私だ。

「なんか、いつもと違います、ね?」
「うるさい、もう余裕ない」

久しぶりに会っての久しぶりの会話がこれってどうなのだろう。
どう声を掛けようか悩んでいたことがバカバカしくなって、ついでに後悔しっぱなしの脳みそはどこかがずれたらしくて、くすくす笑ってしまいながら改めて彼の背中に手を回す。余裕のない美鶴さんだなんてたか子は初めて見るものだ。不二子だってめったに見れやしない。
時間がそこそこ遅くて、終電もそこそこ近いし夜は思っていたより寒いし美鶴さんの力加減がなかなか強いしで散々だ。散々だけれども、離れがたいと思ってしまうくらいには愛おしいのだ。

ああ、好きだなあと、素直に思ってしまった。保護者じゃなければ、こうできたのだろうかと思うくらいには。
苦しいくらいの腕の強さが嬉しいくらいには。



16.04.01

bkm

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