さよならとかが人生だ



「あの、おば様。今月の送金なんか多くないですか?」
「ああ、貴女も息抜きとか必要かと思って。あの子あれなんでしょ、友達出来たんでしょ?本家でも心配してたのよ、あんな事件に巻き込まれてあれね、ひねくれて育っちゃったんじゃないかってね、私達も貴女にあずけた手前遊びにも行けなくてそう育ったとも言われたら嫌だし、貴女も困るでしょ?せっかく友達出来たんなら遊びに行ったらどうかと思ってね、多めにおろしたの。ほらちょっと遠出して遊びに行ってもいいんじゃないの?アヤも美鶴もここ最近遊んでないって言ってたしね?貴方も仕事と美鶴との生活で疲れてるだろうし美鶴もいい加減勝手に遊ぶだろうし、どこか適当な遊園地にでも行ったらいいと思ってね」
「いえ、それならこちらで出しますから」
「気を使わなくていいのよ。あの子達のことみてもらってるお礼もあるんだから。あ、写真くらいは送りなさいね」
「いや、ちょっ……あぁー……」

プッと通話の切れる音を伝える無情なそれを耳に付けたまま、体をソファに投げ出して脱力する。

実家のそれまた総本山のおば様はいつもこうである。
本家で決まったことをさくさくと報告し、思いつくままにさくさく話を進めて用件が済んだと見えればさっくり話を終えてしまう。短気だというか無駄を嫌うというか、まあ、私のような分家の隅っこの人間なぞに割く時間はそう無いのだろう。
通帳にいつもよりも多くお金が入っていた謎は解けたしまぁ用は済んでいるのだけれども、うん、せめて拒否権とか意見を言う暇が欲しかった。いや美鶴の学費だとかを管理しているおば様にそんなことしたら後が怖いのだけれども。
いやいや、目下の問題はやたらと多かった送金の使い道である。

「ただいま。……トドにでもなるつもり」
「おかえり美鶴」
「……何かあったか」
「こんな時ばっかりイケメン振りかざす美鶴はいい子だよ」
「ああ、元気だな」

ほんの少し陰った声色はなりを潜め、いつもの調子でさくりと言い捨てた美鶴は横たわる私に構わずに自室へと直行してしまう。まぁ、毎月同じ日に彼の「扶養」のためのお金が入るのだからそれ関連だというのは分かるだろう。お礼の電話はほとんど義務だし、安否確認だとかもろもろあるのだ。どんなにおば様が苦手だろうとも。
外れちゃいないし否定もしないでおいて、何やら買い込んできたらしい美鶴がガサゴソとコンビニ袋を言わせながら戻ったのを目の端で確認しつつ、嫌々ながら口を開いた。

「美鶴、今月の空いてる日に遊園地行くよー」
「分かった」
「ですよね、ん、あれ。嫌じゃないの」
「なんで?」

冷蔵庫に向かい合う後ろ姿では顔は見えないけれども、声は明らかに笑っている。
あれ、人混みとか小馬鹿にするタイプだったよね、修学旅行に行ってきた感想が「煩かった」だったものね。それなのに煩さレベルでいえば最上級の場所である遊園地なんて即答で断られると思っていたのにこれいかに。

「アヤにも訊いとけよ、こういうのに煩いんだから」
「あ、うん、そりゃあもちろん」
「俺は今週末以外は空いてるから。じゃ、バイト行ってくる」
「お、おう行ってらっしゃい」

美鶴が上着を引っ掴んで玄関を出る姿を見送り、しばらくしてからも腑に落ちなくて見送った時と同じ姿勢のまま首を傾げた。
まあいいか。色々気にせず遊んでくるのが正解のはずだから。












「やって来ました水族館!」
「何年ぶりだろうねおばさん!」
「俺まですいません……」
「気にしないで、合格祝いと証拠写真のためだから!」
「本当に気にしなくていいからな。もう写真撮ったし気にせず帰ってもいいし」
「美鶴がフルスロットルで三谷くんをいじっている……」

そしてそのいじりを朗らかに笑って躱す三谷くんの慣れた様子に、美鶴の友人になるためには様々なスキルを必要とすることを改めて実感した。隣のアヤちゃんも同様のようである。「あのお兄ちゃんに友達……しかもしっかりした友達……!」とありありと書かれた顔をしてスマホを向けるアヤちゃんはともかく、いじられ続ける三谷くんまでもがなかなかに楽しそうな顔をしているのは意外だ。意外だけどもこういうのは楽しんだもん勝ちだと思っているのでおばさんは満足である。

さて。遊園地に行くには時間がかかり過ぎるものでテーマパークに変わりはないだろうと水族館に到着したはいいけれども、正直下調べもなにもしていない。私は兄妹+友人に添えられただけの保護者なもので写真さえ撮りまくってお土産買いまくれば満足だ。よって予定なんて立てているはずもなく、とりあえず入場時に貰ったパンフレットを眺めようかとカバンを漁ろうと手を突っ込んだところ腕ごと確保されて叶わなかった。何事かと腕を掴んで阻止しやがった美鶴に目を向ければ、しれっとそのまま歩き出す。

「道順に行く前に、ちょうどペンギンショーあるからそっち行くぞ」
「あたし餌あげたい!お兄ちゃん荷物任せていい?」
「そもそもこんなにいらないだろ、何入ってるんだよ」
「はあ?女の子にそんなこと言う?」
「アヤさん、俺が持つね。荷物いる時気にしないで言って」
「……三谷くん、なんでお兄ちゃんの友達やってるの?こんなに常識あるのに」

……私が想定していた以上に、同行者様方はこの小旅行を楽しみにしていたようである。
わあきゃあとそこらの親子連れよりもよほどはしゃぎ声を上げる四人に囲まれて、本来は結構静かであるはずの水族館を闊歩する。つられて大きくなってしまいそうな声を抑えつつにやにやした。
なんだこれ、幸せである。


ペンギンの餌やりに道順のままの展示、小規模ながらあるアトラクションにと意外にも見るところは沢山あるものである。フードコートは混んでいるし、とりあえずやたらとデカいメリーゴーランドへと向かったアヤちゃんと美鶴を激写してやろうとカメラを構えて、「荷物持ちましょうか?」と隣から声を掛けられたことでようやく二人きりになったことに気付いた。あれである。三谷くんと話す機会は実はあれがあれした事件以来である。
気が付いてしまえばそれまでは平気だったのに気まずくなるもので、にこやかに手を振るアヤちゃんを写真に収めつつも意識は美鶴になにやらジェスチャーを送る三谷くんに集まってしまう。いや確かに話すべきことは沢山あって、それらは美鶴たち兄妹には聞かれたくはないものだ。

「今日はわざわざごめんね、入学準備とか大丈夫?」
「母さんと買いに行ったりしたからもうほとんど終わりました。だから嬉しかったんですよ。芦川先生に誘われて。生徒と先生、じゃないんだなぁって」
「お、おう」

へにゃりと隙だらけで笑う三谷くんはたいそうとろけていらっしゃる。そこまで喜ばれてしまえばまあ、私ですらこれは恋愛的な嬉しさだろうというのが理解出来て、照れくささだとか罪悪感だとかで唸りつつ顔を覆った。

あの日、私は断る事をしなかった。
けれども肯定するには気持ちが固まっていなくて、否定するにも美鶴と別れたこともあって現在フリーだ。いや別れたのはたか子だけど。
ともかくは真剣に向き合うためにも、「お友達から」というとっても卑怯で大人らしい返答をしていたのだ。先生としての私は多少は猫を被っているし、お友達ともなれば三谷くんのようなしっかりした子はだらしのない不二子に愛想を尽かして現実を見るかもしれない。同年代のテレビや音楽の話の合うきらきらした女の子に目を向けて、輝かしい高校生活を送れるかもしれない。それでももし私なんぞがいいと言ってくれるなら、それもいいだろうか、なんてことも考えてしまっていた。なんだかんだ言って「たか子」は幸せだったのだ。美鶴が好きになったたか子はもう必要ないけれど、たか子のように恋愛してみるのもいいかな、と思っているのだ。相手が生徒とか首を括りたくなるような状況だけれども。
ぐるぐる回りながら笑顔で手を振るアヤちゃんを眺めながら、その後ろから真顔で手を振る美鶴にどうしてこうも違うのだろうとため息をはく。不二子とたか子の話である。

「三谷くん、美鶴とたか子の話してたんだよね?」
「ああ、まあ、だいぶ惚気てましたね」
「うっ、」
「先生、気を確かに……!」
「いや、うん、ちょっと意外だっただけだし、惚気とかそういうの私には言わなかったから……」
「その反動は俺に来てたみたいですね」
「ぐっ……訊きたいけど訊けない……!」

訊かない方がいいですねと朗らかに笑う三谷くんに絶望しつつ、奈々花以外にたか子の話ができる安心感で脱力する。
力が抜けた後になって緊張していたことを自覚したりするものだから不便である。私に告白してくれた人にする話ではないかもしれないが、うん、溜まっているのだから大目に見てほしい。
変装時の服とか髪とかについて訊かれて素直に借りていた事を答えたりしていれば、メリーゴーランドついでに屋台に走る二人が見えて待っているべきだろうと判断して写真を確認する。うん、年相応か羽目を外し気味の写真ばかりだ。おば様も満足なさるだろう。

「あの、」
「うん、なーに?」

ぽちぽちと残念な写真を削る作業をしていれば、珍しく歯切れの悪い調子の三谷くんの声が掛かる。何か困る事でもあったろうかと目を上げて、頬を赤らめつつしっかとこちらを見据える彼と目が合った。反らせようもなく、気付かれないように息を詰めてから言葉を促すように見返す。

「今度は、二人きりで出掛けませんか?芦川先……芦川さんが良ければですけど」
「お、おうそうだね。でも三谷くんが落ち着いてからだよ?高校デビューなりするにしろ心構えと設定が大事だからね。私みたいにやっつけでやっちゃ駄目だよ。すぐにボロでる」
「ははっ、気をつけます」

にっかと笑う様子は年相応だ。
運ぶの手伝って来ますね、と荷物を置いて小走りに美鶴兄妹のもとへ走る後ろ姿を見送って、時間差で熱くなった顔に軽くビンタした。三谷くん絶対私より恋愛テク身につけてらっしゃる。このタイミングで次のお誘いとはこんにゃろう。
軽食をたんまりと買い込んで抱える三人のシルエットも写真に収めて、たか子のとは違う幸せににやつく。美鶴も、アヤちゃんも三谷くんも楽しそうだ。私も楽しい。おば様に嘘偽りなく楽しかったことを伝えてお土産を持っていけるのだから幸せなことだ。
幸せだからいいのだ。たか子のように女らしくなくとも。




16.02.19



bkm

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