一キロ減って二キロ増えました

奈々花に注文を出して、できるだけ男ウケするような、けれども清楚系でできるだけ落ち着いた服装を選んでもらった。ひらひらするスカートに合わせて髪もいつも以上にふわふわにセットしてもらって、メイクもきつくないような尚かつウォータープルーフにしてもらう。いざ、私の指定のそこそこ賑やかな喫茶店に向かい、そこそこ早めに着いたのでキャラメルモカを頼んで縮こまる。時間を確認しようと携帯を取り出して、美鶴さんとお揃いのストラップを目に入れてしまってセルフで撃沈した。

私は今日、美鶴さんに別れ話を切り出そうと思う。
三谷くんから美鶴の交友関係が落ち着いたことも聞き出したし、たか子とのお付き合いは清いものだ。別れ方でこじれなければきっといい思い出として、女遊びとしてではなく真面目な出来事として、好ましいものとして残るだろう。そうして小姑に優しい、なおかつ美鶴に相応しい出来る女の子と正しいお付き合いをしてゴールするべきなのだ。私なんぞ踏み台にでもジャンプ台にでも喜んでなろう。

「ごめん、待たせたね」
「ううん。大丈夫です、よ」

待ち合わせ時間の八分前に現れた美鶴さんは少々荒っぽい足で隅のこの席まで来て、注文してきたらしいアイスコーヒーとトレイをこれはものすごく静かにテーブルに置く。私が啜っていたカップを見て払わせてしまったね、と眉を顰める様子に律義だなぁと苦笑し、急に切り出すなんて味気ないことも出来ずに一先ずは楽しもうと近況の話をしようと口を開く。
が、いつものように美鶴さんが一枚上手なのだ。

「今日の服似合ってる。髪もアップにしたんだ」
「あ、ありがとうございます……」

いつもたか子に見せる甘ったるい顔に、罪悪感からもう泣きそうになった。










「私なんて最低な女なのよぅー……トーストは七割で焦がすし、仕事遅いし、得意科目片寄ってるし、」
「酒が入ると面倒になるしね」

ううう、と美鶴からのとどめに撃沈し、かろうじて上がっていた顔を腕の中に埋める。だが酒は離さない。これもダメ女の見本のようだがここで離したら私を慰めてくれるものがなくなってしまうじゃないか。
鬱々とした気持ちのままに柿ピーを摘み、もそもそと咀嚼してからまたチューハイを傾ける。呆れ声の美鶴はそれでもとめようともせず、けれども立ち去るでもなく、私の向かいに座って単価高めのカナッペをサクサク食べている。こんなへたれ具合だろうとも私は彼の保護者なもので、いくら大学生にジョブチェンジしたとはいえお酒を飲ませる気はない。なので彼の手元にあるのはコーヒーである。単価高めのドリップ式のやつである。付き合ってくれるだけありがたいしカナッペを量産してくれるので文句は言えない。

「また塾でやらかした?それともプライベート?」
「ねえ、なんで半笑いなの」
「他人の不幸は?」
「蜜の味ー」
「まあ、ツマミ好きだしいいんだけど。おばさんは太るよ」
「やけ食いにまでカロリー持ち込まないで!」
「酒ってそのままカロリーの塊って言うらしいな」

ううう、と唸っておいてまたチューハイを傾け、チーズと桃の乗っかったクラッカーをサクサク食べる。誰だオリーブオイルまでかけたヤツは美味しい。

「あー、幸せ……」
「ずいぶんせこい幸せだな?」
「私はこれくらいでいいの。これ以上を望んじゃあ分不相応でお腹がブクブクになりますよ」
「ああ……」
「ねえその視線やめよう?お腹凝視するのやめよう?」

明日はお互い予定もなく、睡眠時間を気にする必要もなくゆっくりと杯を傾ける。

別れ話は少し揉めて、けれども私の遠くに引っ越すというありきたりな嘘を信じてくれてとにかくは距離が欲しいというたか子のわがままを通す形でまとまった。
不二子はこの有様なのに、美鶴はといえばいつもより活きが悪いくらいでそうそう変わった様子はない。けれどもなんとなく落ち込んでんなぁというのは分かる。分かるけれどもつつくことも怖くてできないし、落ち込んでる?なんて訊いたりも私の演技力の問題で出来ないし、こうして久しぶりに二人でゆっくりするくらいしか私に選択肢はないのだ。別れたからといって騙していた事実が消える訳でもなく、美鶴が女遊びを止めた事実は残るし、三谷くんに若作りがバレたことも消えないし、ええと、頭がぼんやりしてきた。

「美鶴は、今、しあわせ?」
「……少し、遠いかな。幸せからは」
「そっか」
「太る予定もないし」

鼻で笑う声にろくに前も見ずにどついておいて、いつも通りに美鶴と話せていることに幸せを感じた。

ひどい話だ。
あんな風に甘ったるく話されるのがもうないと思えば恋しくなるんだから。全部が全部、私の都合だというのに。












暑い暑いとぼやいていたのにいつの間にか寒くなって、寒い寒いとぼやいているうちにもう年末だ。長期休暇だ帰省だ受験だとイベントが山のように押し寄せてくる。
たか子が別れたのは秋だったから、時期としては良かったのかもしれない。頭を悩ませるものが減ったという意味でだけだが。
教え子に教えている電話番号は相談やら愚痴やら合否やらの電話がひっきりなしに鳴っていて、実質教えている時間よりもお給料が発生しないこちらの対応の方が多いだろう。いや不安なのは分かるし電話するなとは言わないけれども。むしろ私なんかに愚痴って安心するなら私なんぞの睡眠時間は君たちにみつごうとも。合格してくれれば塾の宣伝にもなるので。

年末が過ぎれば受験ラッシュが本格化するもので、合否の報告の電話もたんまりである。一時期アルバイトを辞めて勉強に集中していた三谷くんのところも今日が合格発表で、同じ高校を受験した生徒からは着々と報告が届いているというのに三谷くんからはなかなか届かず、もしかしたら、と心配のあまり携帯を持っては置いてを事務室でひたすら繰り返している。まあ、こんな反応をしているのは私だけじゃない。この頃は同僚塾長一同こんなもんである。
あまりに落ち着かなくてコーヒーでも買おうかと立ち上がって、外にある自販機の前でようやく鳴った携帯を落としかけながら耳に当てる。小銭は落としたがまあ急がなくてもいいだろう。

「はい、芦川です」
「……先生、俺」

そこで区切れた声は電話越しじゃあ弾んでいることくらいしか伝わらず、合否も喜怒哀楽も図れない。
うん、と意味のない相槌を打ちながら小銭を拾い、深呼吸をするだけの間耳をすませる。少しすれば、先程のブレブレの弱そうな声ではなくしっかりした声が受話器から聞こえてきた。

「美鶴と別れたって聞きました」
「そっか、うん」
「……俺、第一志望受かりました!」
「おー!おめでとう!これで塾なんて来なくても……」
「先生。好きです」

喜色よりもよっぽど緊張をにじませて、すごく真摯な声が聞こえる。
めでたい日だというのに私なんぞを優先してしまうのか、この子は。
私なんて、もう三ヶ月も経っているのにまだたか子が抜けきっていないのか落ち込んでいるというのに。いや、三谷くんは私以上か。こんな私の返事を、一年近く待ってくれていたのだから。

「好きです、どんな先生でも、年上でも。だから、付き合ってください」

告白だけじゃない。どうしたいのかも、ちゃんと伝えてくれる。
私なんか、私なんて、私は、美鶴さんを捨てて。それなのに美鶴がそばで暮らしていてあんまりにいつも通りで、そのことに虚しくなって次の行動すらも取れなくてとりあえず仕事に打ち込んで、仕事を言い訳にして何もしないで何かを待って。
何か、ってなんだろう。私はどうなりたいんだろう。三谷くんには、こんなにもはっきり見えているのに。

私が黙っていても、催促の声も、言い訳も聞こえない。
本当に、いい子なのだ。

目を瞑って深呼吸をして、返事をするために口を開いた。


15.10.25



bkm

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