「……ヤウズ君、」

洗濯機の前に立っている彼の名前を控えめに呼ぶ。
ヤウズ君は、洗濯機のボタンを押してからこっちを向いた。音が鳴って、洗濯機はまわり始める。

「どうした、なまえ?」
「……いやあの、薬ってどこにあるっけ?」
「薬?」

いぶかしげな顔をしたヤウズ君。

「どうかしたか?」
「えぇっと……」

何となく言葉を濁す。
何だかさっきから頭とお腹が痛いのだ。風邪かもしれないけど、そう言ったらヤウズ君余計な心配しそうだし……。

「……ちょっと、お腹が痛くて、」
「熱は!」
「え、ない……と思うけど」

体温を測るという概念が無かったため、自信のない口調になる。そういえば、ちょっと熱い気がしてきた。
すると、彼はどこから出したのか体温計を私に押し付けて、部屋を出ていく。

「測っとけよ」
「あ、うん」

とりあえず、ソファーに座って体温計を脇に挟む。でも風邪ひくことなんてほとんど無かったし、熱はないと思うんだけどなぁ。
ぼーっとしていると、ヤウズ君が戻ってくる。

「ほら飲め」
「えっ、はや」

一分経たないくらいだったよ……。
体温計を挟んだまま、薬と水が入ったコップを受け取った。
二錠手のひらに出して、水で飲み込む。

「熱はどうだった?」

そう訊かれた直後に、体温計が鳴った。脇から取りだし、数字を見る。
…………38.0度。

「…………微熱かな?」
「……見せろ」
「……」

目線を泳がしてしまったのが悪かったのか。
あっけなく体温計は奪われ、彼の手の中へ。
しまった。おかしいな、これでも反射神経は良いはずなのに。
体温計を睨み付けるヤウズ君を見ながら、背中に嫌な汗が流れる。

「……微熱どころじゃねぇだろこれ!」
「……すいませんごめんなさい」
「寝てろ!」
「えっ」

抵抗する暇もなく、ひょいと抱き抱えられる。
いや、お姫様抱っことかそういう乙女チックなのじゃなくて、肩の上に抱えられてる感じ。うわわ、バランス取りにくい。
それにしてもヤウズ君って細いのに、よくこんなこと出来るなぁ。

ぼんやりそんなことを考えていると、そっと降ろされた。ベッドに着いたらしい。
そしてまたまた抵抗する暇もなく、掛け布団を体に掛けられる。

「ちゃんと寝てろよ」
「……はーい」

心配性なヤウズ君を見送り、仰向けのまま天井を見つめた。
私が寝てるってことは、今日はヤウズ君が家事全部しなくちゃいけないんだよね……。
洗濯物に食事に掃除まで。うぅ、申し訳ない。
明日、いつもより私の仕事増やそう、うん。

……薬を飲んだからか、眠気が襲ってきた。
まだ頭とお腹痛いし、することもないから逆らわずに眠ることにした。



「…………ん……」

ひやり、と額に当てられた冷たい感触に目を開ける。はっきりしない視界に、瞬きを数回すれば少しクリアになった。
私の顔を覗き込んでいるのはヤウズ君。額に触れているのは、彼の手のひららしい。
ということを何となく理解し、覚醒しない頭で名前を呼ぶ。

「……ヤウズ君……?」
「っ、あぁ、わりぃ」

私が起きたことに気付き、彼は額から手を離す。
ひんやりしてて気持ち良かったんだけどなぁ。でも、寝たからか少し楽になった気がする。

「……どうだ?」
「結構楽になったよ」
「そうか」

ほ、と息をついたヤウズ君。
体を起こそうとすれば、まだ寝てろと言われてベッドに逆戻り。
ヤウズ君を見上げたら、ぶっきらぼうに彼は呟いた。

「……なまえ。何か食いてぇの、あるか」
「え?」
「作るか買うかするけど」

ヤウズ君って、本当に優しいと思う。
初めて会った時と比べたら、かなり変わった。良い意味で。
思わず笑顔をつくれば、彼は何だよと言わんばかりに眉を寄せた。

「特に食べたいのはないかな」
「でも何か食ったほうが、良いんじゃねぇの?」
「ううん、いいよ」

多分、看病をしたことなんて無いんだろう。
それでも手探りで、それをやってくれるヤウズ君に、一つワガママを言ってみる。

「ヤウズ君、」
「うん?」
「ここにいて?」

そう言うと、拍子抜けしたような顔をした。
もう一度笑って右手を彼に伸ばせば、遠慮がちに左手で握ってくれた。

「……こんなことで良いのか?」
「うん。風邪をひいたときは、これが一番の薬なんだよ」

ふぅんと呟いたヤウズ君の手から、温もりが伝わってくる。
風邪をひいたとき、何より心細いのは私だけではないだろう。近くに誰かがいれば、安心する。
手を握れば握り返してくれただけで、ほっとして熱が下がった気がした。



140910
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